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「一体どうなってるんだグリューン! それに今の声というか電子音は? 女神様の声じゃなくなっているんだけど……」
俺の肩に飛び乗り、高々と鼻を立ち昇る焔のように上に向けるグリューン。
ちっちっちといつものように三本の指の1本を立てて、唇の端を誇らしげに上げる。
その小さい体に纏う魔力が消える前とは明らかに違う。
トカゲにこういう表現も変だとは思うだが、保水性分をたっぷり含んだような肌が艶々で、輝くような光沢を放っている。
「さっすが太古の創元の火の遺物だぜ……魔力の上昇量が半端ねぇ! ふひひひひひ……それぞれの魔力も軒並み上昇しているはず。よっく目ん玉こじ開けて、自分の魔力量図り直してみろぃ!」
グリューンの言葉に自分の身に起こっていたあることにようやく気付く。
全身を覆う水の膜にでも覆われたような魔力の膜。
それは飲み込んだ魔力茸が胃で消化され、小腸であっという間に分解され、全身を駆け巡り……心の臓や筋肉、指先が血管迄行き渡るような満たされていく感覚だ。
「トラジ、なんだこれは! 魔力が溢れてくるぞ」
ベルガの驚愕の声が自分の中で感じている認識に拍車をかける。
「この魔力の高鳴り。女神の声が身近に聞こえるようだわ」
両手を弾むような胸の前で組み、放心状態でつぶやくフィリナ。
その湧き上がる魔力で首から下がったペンダントが緩やかに揺れるようだった。
「体の奥から魔力が膨れ上がるの……すごい快感で頭がどうにかなっちゃいそう。まさか、直接食べることで更に魔力上昇が見込めるだなんて!」
碧色の瞳が更なる光沢を帯び、上気した頬が魔力という快楽にあえぐように燃え上がる。
「感じるんだ。包丁を通して大きな影がこの先にいることを。これは春の精霊だけじゃないぞ」
それはこの場に居る全員が感じていたこと。
目を閉じて手を伸ばそうと意識するだけでその息遣いや、大地を鳴動させるように動かす腕や脚、揺するような尻尾の動き。
四肢の動きの隅々までをも全身で直感できるようだ。
『――お前たちは誰だ』
はっきりと聴こえたその声。
その地響きにも似た唸り。洞窟の入り口の時とは比較にすらならない。まるで耳に拡声器を取り付けたかのようだ。
今なら分かる、この先に居る大きな存在を。
ホワイトドラゴン。
そしてその体躯を包むような妖しくグロテスクな影を認識する。
ベルガを包み込んでいたものと性質的には同じもの。
古の時代より連なる、妖艶なる魔の力だ。
『この閉ざされた雪を溶かすような、大いなる熱を思い起こすほどの魔力を感じる』
その大きくも静かな声。
この広間の先、細く長く続く通路に更に奥から響いてくる、大地の鳴動。
ベルガが背に担いだ粉砕の大斧を握りしめる。
両手に力が入り、腕の筋肉が大幅に隆起する。
「ホワイトドラゴン。相対するしかないのか」
「ちょっと待ってよ。このまま魔力を保ったままヒサメ軍を挟み撃ちにしたほうが手っ取り早くない? わざわざせっかく高まった魔力をドラゴンと戦って消耗させるなんて愚の骨頂よ」
エレノールの言いたいことはわかるんだ。
効率だけを重視するのなら間違いではないのかもしれない。
でも。俺は春の精霊の言葉を聞いてしまった。
だからそれを棚上げにして、自分のことだけを優先するなんて、そんなことできるわけがないじゃないか。
「エレノール。これは俺の我が儘かもしれない」
神の包丁、焔刃を抜き放つ。
いつもよりも大きな焔が、その刃に纏われる。
包丁から伝わる魔力量が桁違いに多い。
焔の剣として形作られた刃も、今までよりも長く太い。
エレノールの碧の眼が大きく広げられた。
「春の精霊とドラゴンを助けたい。それが兄さん、ヒサメの思惑通りだったとしてもだ。分からないけど、俺の手の中にある神の包丁は何かを倒すためじゃなくて、正すために焔が導いてくれているんじゃないかって。そう勝手に思ったんだ」
導きの為の焔。
それは迷える船の方向を定めるかのように、暗き大海を照らし出す灯台のように。
師匠は後悔していたのかもしれないと、ふとそんなことが頭の片隅を過った。
だから握り直せって俺に言ったんじゃないか。
「そうね。逃げるわけにはいかないわ。この先の春の精霊とドラゴンを解き放とう。それはシャウザ・ニーク様の言葉にもつながるわ」
「ひひひ。それに魔力茸は喰ってから時間が経てば経つほど、より体に馴染んでいくんだぜ。制限時間はあれど、なるべく溜め込んでおいた方がいい」
神官であるフィリナに全く迷いはない。
ベルガも片目をつぶりウィンク。グリューンがガッツポーズ。
しぶしぶ頷くエレノール。
この物語の始まり。凍える世界の根幹。凍りの包丁と春の精霊とドラゴンと。答えはおそらくこの先にある。
俺達四人と1匹は狭い通路に迷いなく入っていく。
通路はヒトひとりがやっと通れるほどの狭さ。100メートルほど緩やかな坂道になっている通路を登り、急に開けた場所に出た!




