魔力茸の炙り刺身
俺の手の中で、まるで魔力の花火が上がっているかのような、強い光を放つ茸。
「まさか……ここまでの代物とは思わんかったぞ」
「まるで極上の一品ね。魔力の爆弾とでも言えばいいのかしら」
ベルガとフィリナも手の中の光から目を離すことができずにいる。
それぐらい、あたたかく魅惑的な、密度の濃い魔力の滝。
広がるような純粋な力の洪水だ。
エレノールが喜びのあまりか、涙を流しそうになってしまっていた。
「魔力茸が光っているうちに早く胞子を採取しないと! このキノコは引き抜くとすぐに枯れてしまうの!」
そういえば女神様情報だとそんなことも言っていたな。
――胞子を保存することでも一定の効果が望めますが、高い導術の技術と希少な保存方法が求められます。
エレノールは背負っているカバンから、ガラス製のシリンダーのようなものを取り出し、少しでも胞子を入れようと四苦八苦していた。
あまりにも興奮して手が震えているんだろう。
俺は優しくそんなエレノールの手を握り、首を横に振った。
「何してんのトラジ! はやくしないと枯れちゃうって、聞いてなかったの?」
「あわてんなってエレノール。俺に任せろ」
声に信頼感を載せる。
エレノールなら分かるはずだ。
神の包丁から放たれる焔が全ての答えを示していた。
「焔刃が、力を貸してくれている……なんてあたたかいの」
「そうさ。女神さまを信じろなんて言わない。俺と焔刃を信じろ、ここまで一緒に命を賭けてきた絆を信じて欲しい」
俺の勝手な想像だけど。
今までのエレノールの言動を聞いてきて、女神信仰なんて信じていないんじゃないかって。魔力が全てみたいな、どこか冷めた現実的な視点。
それがエルフとしての思想なのか、エレノール独自のものなのかはわからないけど。
「トラジの直感を。お前との絆をワシも信じよう。お前にはそれだけの価値があると思っている」
ベルガが後押しする。フィリナの瞳の奥に強い光が宿る。
「神官ですから、女神様は信じて欲しいけどね。だけどそれはそれね。わたしもトラジを信じます。ここまで来れたのは間違いなく貴方のお陰だから」
「……もう! 分かったわよ」
そう言うと、エレノールは素直に俺の手の中に魔力茸を戻してくれた。
「ありがとうなエレノール。よし、では細工は流々仕上げを御覧じろだぜ」
まずは表面についた汚れを少しづつ丁寧にこそぎ取る。
水で洗うとキノコの美味しさが若干逃げてしまうので、洗わない方がベターだ。
そのまま包丁は使わずに、食べやすい大きさに手で割いていく。
バックの中から持ってきていた串を取り出す。
これはラベルク村で炙り焼きをやったときに使ったものだ。元々干し肉を刺して焼こうと思って持って来ていたんだ。
その串に割いた魔力茸を丁寧に刺していく。
自分の包丁を取り出して左手に持ち、魔力茸の刺さった串を持つ。
さぁここからはイメージ勝負!
包丁から発せられる熱を炭火焼きのような、じわじわキノコに熱が加わるような火加減にするように、意識を集中していく。
固唾を飲んで見入るエレノール。
「なんて魔力を練るの……トラジ」
つまりは舞茸の炙り焼きだ!
包丁の熱の強さを一定にして、なるべく均一にキノコに熱が入る様に動かしていく。神経を使うけど楽しい瞬間だ。焦げ付いたりしたら大変な事になる。
表面は香ばしく、中は水分を多少残してジューシーに、が基本。
「ものすごく良い薫り!」
「トラジ。これは間違いなく旨い、旨いやつだ!」
エレノールは自分がよだれを流している事に気付き、慌てて真紅のローブの袖で拭き取るのが見えて面白い。
そして焼き上がったキノコに、食堂のお姉様方が持たせてくれた塩をたっぷりと振りかける。本当は醤油が欲しいんだけどな。流石にそんな都合のいい調味料がエリュハルトにあるとも思えない。
「よし、一丁上がり! どうぞ召し上がれ」
炙られた茸から薫る、豊潤な魔力の証。
それは見たもの全てを魅了するような、駆ける生命の血潮。
焦げ目に塩の粒が映えるようにキラキラと輝いていて、食欲のそそる一品の完成だ。
「こ、これは、なんてことだ! トラジ、旨過ぎる!」
「あぁ、鼻を抜ける香りが、更に食欲をそそるわ……」
「め、めちゃくちゃ美味しい! こんな風に食べられるなんて信じられないわ……」
三人は一瞬で炙り魔力茸に夢中になったようだ。
吸い込まれるように腹の中に消えていく茸。
舌づつみを打つ音に、とろけるような笑顔。
「こりゃあ、旨いな! 思った通りに上質の舞茸だな。炙り焼きも旨いんだろうけど、米と合わせたらまた格別なんだろうな。はやくラベルク村に戻りたい」
残った最後の魔力茸を口に含み、その味を堪能する。
噛むほどに、更に匂いが口の中に立ち込め、無数の味わいが喉の奥に広がる。
それは無限の魔力のハーモニーが奏でられる瞬間だった。
俺は一瞬の恍惚とした感覚に包まれ、体が宙に浮きあがるかのような感覚を味わう。
『ピンポーン!』
その時、耳の奥に鳴り響いた聞き慣れない電子音。
魔力茸を味わっていた興奮が一瞬で覚めるくらい、はっきりと聴こえた。
まるでクイズ番組で正解を答えた時に鳴る、無機質なシステムの声に似ていた。
『焔刃充電百二十パーセント。現在のバージョンではホムラ顕現不可能です。一時的に機能を保全します』
機械音声のようなその平坦な声にその場の4人は顔を見合わせる。
いつも聞こえていていた女神シャウザ・ニークの声とは明らかに違う。
驚き、思考することが遮られ黙り込む。
いきなりボン! と音を立てて白い煙が上がった。
「おう、相棒待たせたな! みんなのアイドル、グリューン様が参上だぜ!」
さっきまで毒の泉の不快な匂いに姿を隠していた筈なのに。
燕尾服はどことなく艶々とした新品のような光沢を放ち、サングラスがギラリと強い光を放ったように見えた。




