星流人
視点はフィリナへ。なぜ彼女たちがこの雪原の地域に至ったのか。
この物語はトラジだけのものではないのだ。
「神の包丁、という言葉を聞いたことがあるな。フィリナ・ルーセント」
厳かな声が、聖堂の空気を震わせた。
聖アルベルト教会の高司祭、グラーチス・ヒューグラン。
教会内の最高位のひとりであり、同時にアルベルト拳聖流の継承者。
まっさらな白衣の上から拳帯を締め、細いようでいてしなやかな筋肉が保たれたその姿。僧侶というより戦士にしか見えない。
師と自分との果てしなく遠い力の差に、目がくらむ思いがした。
「はい、御師様。幼い頃から聞かされているおとぎ話の中で……何百年ごとに一度現れるという、神の理を宿した包丁の伝承として」
「ふむ。神機とも伝わっておるな」
その言葉が、静寂の中に流れ落ちる。
御師様はわたしを気遣ってか、笑顔を向けてくれる。
短髪でニコリと笑うと目が細くなり、一瞬穏やかな表情になる。
そんな師の笑顔が好きだった。
「神の……七包丁」
この世の理を示す、七つあるといわれる神器の総称。
聖アルベルト教会内にも一本存在するとも言われているが、確かめたものはいない。
いや……確かめようとして帰ってきたものはいないと聞いている。
公然たる秘密。
それはファルナート王国最大規模の宗教集団としての闇でもあった。
「神託が下った」
グラーチスの瞳に、聖堂の燭光が映る。
「六陸連合共和国の『古きものたち』のお告げだ。焔刃という名の神器が我が国内で目覚めるというものだ」
「焔刃……」
六陸連合共和国の古きものたち。
伝承者として伝わる、エリュハルト12柱神の末裔とも呼ばれるもの達が住まう場所。
「神の包丁は星流人とともに現れる。協力できるならよし。できぬなら――消せ。かの神器は我らに必要なものなのだ」
低く、確かな命令が神殿内に響いた。それは耳の奥にこだまし、何度も頭の中を駆け巡る。
星流人――それは異世界からこのエリュハルトに流れ着いたものを指す言葉。
もちろんそれはおとぎ話の中だけの話だとわたしは信じていた。
わたしの拳が御師様から押し出されるような多大なる魔力に触れ、小さく震えた。
「……聖アルベルトの御心のままに」
わたしは両の拳を体の前で叩きつけるようにして合わせる。
それは密命を受けたものが、上位の者に示す復唱の合図でもあった。
✛ ✛ ✛
「フィリナ。今の見た?」
その場に倒れ込んだトラジの持つ神の包丁から発せられる、類稀なる焔の魔力の渦。それを感じとり、エレノールは尖った耳をピピンと張り、嬉々とした笑みを浮かべる。
使い魔である猫のミンミが寒そうにカバンの中でごそごそと動いている。
そんな彼女の頭を、わたしは諫めるように軽く小突いた。
エルフ――魔導を扱う事に秀でた、長命の種族。
この惑星エリュハルトでは至極当たり前に目にする。
無造作に肩まで伸ばされた彼女の金髪が、雪の斜面を流れる強風に揺れている。
そしてエレノールが熱心に見入っているもの。
わたしはもう一度、赤く脈打つような神機に視線を向ける。
「なんて美しいの……」
思わず口から出てしまった。
ケイブベアの分厚い表皮をいとも簡単に切り裂いた燃え盛る刃の軌跡。それはうねるような魔力として、目の中に焼き付いている。
それを操っていた、倒れた黒髪の青年の姿。
思ったよりも幼い表情。
この着ている服は何かしら。真っ白の滑々した触り心地はまるで上質の絹のよう。こんなに薄いのにとても暖かそう。
フィリナにはそれが地球におけるダウンジャケットというものだということは、もちろん分からない。
トクットクッと豊かな胸の鼓動が早まり、緊張の渦が全身を駆け巡る。
「これが焔刃。伝承にある『創元の火』に似ているわ」
エレノールは切れ長の瞳の端をわたしに向けた。
彼女の魔力が変質し始めるのを感じる。
瞳の奥が大きく開かれ、まるで若々しい葉っぱのような濃い緑色に染まっていく。
『異常覚知――異能発動』
わたしはこれまでの旅で何度かエレノールの異能を見ていた。
魔導協会でも唯一無二とされる、魔力の波動を認知として感じ取る能力だ。
「ふふふ、感じる。この魔力量は……魔道具の域を簡単に超えてる。さいっこう! ゾックゾクする。しかも鑑定付加のオマケ付き。はぁああぁ……」
エレノールの言葉の最後に続く、火照るような吐息。
わたしはうんざりして目を逸らす。
彼女は魔力について別の感覚を持ち合わせている。
より強い魔力に触れることで、それを快楽として感じるというもの。
魔道具の収集癖がある彼女にとって、それは生きる悦びそのものだった。
「こんなところで性癖垂れ流すのはやめてくれない?」
あえて性癖って言ってやった。
間違いなく病気よ、病気。
頬をぷくっと膨らませて、エレノールはまるで無邪気な子供のような怒りかたをする。エルフってこういうことすると幼く見えてしまって、彼女が自分より何歳も上だってことを忘れてしまう。
(魔導師は理解できないわね……そして、この男の人も)
フィリナは眉を寄せ、そっと拳に力を込めた。エレノールは包丁に意識を集中していて気付かない。聖堂で聞いた師の声が耳の奥を叩く。
(今なら消せるのよ。今なら!)
グラーチスの命令を果たすなら、この場で葬るべき。
そうすれば神の包丁だけでも教会の庇護のもと、魔王レイカへの切り札として持つ事ができる。
だが……フィリナの手が震える。
(あの焔の美しさが目に焼き付いて離れない)
瞼の裏に浮かぶ雪原を赤く染めた、あの焔の軌跡。
迷いの心がゆっくりと頭の中に広がっていく。
無抵抗のものの命を奪う?
そんな気持ちが心を揺さぶった。
拳に込めた力が、少しずつ抜けていく。
その緊張に破るように奇妙な声が雪原に響いた。
「なんか食いもんねぇか? 相棒が腹減って倒れちまったんだ!」
✛ ✛ ✛
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次もフィリナ視点で話が続きます。




