食材感知
「そろそろヒサメ軍の本丸が近い。さすがに全軍が移動しているわけでは無いはずだ。気を引き締めていけ」
白い息を吐き出しながら、ベルガは大斧と荷物を担いで言い放った。白い尻尾が勢いよく地面の雪に振り下ろされる。
緊張が走る。グリューンもいつもよりは口数が少なげだ。
早山羊は近くの洞窟で待機させてきた。隠密行動には山羊の鳴き声は厳禁だ。
聖なる山の中腹に立つ。
雪景色は変わらずといったところだが、埋もれた樹木の様子が段々と変化し始めていて、ゴツゴツとして岩肌がその合間から見えるようになってきていた。
寒さが一段と強く感じる。『保温』の効果を更新し、いざという時の動きの妨げにならないように気を配る。
「周囲の様子を探ってみる」
自分の杖を静かに構えるエレノール。真紅のローブの裾が、彼女から溢れる魔力でゆらりと捲りあがる。
『魔の女王たるレイザムに命ずる。我にその知の理を教えたまえ』
やはり何度見ても魔導ってかっこいい。
もしかしたら異世界転生してきて、一番カッコいいと思ったのって、やっぱりこの詠唱をしている光景なのかもしれない。
『魔力感知……魔紋錬成完了。半径100メートル圏内の魔力の判別……解析まで30秒……25……10……』
急にコンピューターが情報を解析するような無機質な喋り口調となる。
短杖の先に光が集中し、エレノールの眉間に力が入る。
ミンミがバックから顔を出し、そんな彼女を心配そうに見上げている。
「まもん、れんせい?」
「魔導を唱える時に魔紋といわれる術式を形成するのだけど、それを総称して魔紋錬成というのよ。トラジには聞き慣れない言葉よね。まぁ、エレノールのは結構特殊だとは思うんだけど」
耳打ちするフィリナ。
「もう少し進むと広い場所に出る……ほとんど残っている部隊は居なさそうね。でも、その先を探ろうとすると……何かの力に邪魔されてうまく魔力を探れない」
杖の先の光が急速に輝きを失い、エレノールはがっくりと肩を落とす。
ベルガの表情が曇る。
「もしや凍りの魔道具……ヒサメがこの場に残っているというの?」
フィリナが自分の拳に無意識に魔力を込めた。
二人の不安げな表情。
魔力を練ることを諦めたのか、エレノールは素早く短杖を下ろした。
「おい相棒。たぶんお前なら似たようなことができると思うぜ」
俺の肩に乗ったグリューンが突然とんでもないことを言い出す。
腰にある神の包丁が温かみを増した。
「俺にできる? そんな、でも……いや、なんだろう。この感覚は……」
突き動かされるような衝動に押され、包丁を取り出し前方にかざす。
目を瞑り、自分の手の先に感じる温かみだけを意識するように。
ゆらりと強い魔力が包丁から立ち上る。
焔刃と彫られた銘が淡い光を発する。
グリューンが的を得たりと指を鳴らした。
『食材探知』
自分の頭の中に浮かんだ単語を吐き出す。それは小さな熱源となり、周囲の雪景色の中をやわらかく伝播していくようだ。
体の中からするりと魔力が抜けていく。
これは結構な力を使うんだな。後で何か食べないといけないな。
「この先に広い洞窟が口を開けている。洞窟の奥の方に何かとても旨そうな気配がするな……これはすごく瑞々しいキノコだ! 地面から生えているのか? これがエレノールの言っていた魔力茸なのかもしれないな」
一気に腹減りバロメーターが下がってきたのを感じて、慌てて集中を解く。
グリューンが会心の笑みを浮かべていた。
「トラジ! お前今、なにをしたんだ」
「うっそでしょ! 信じられない……」
「これが、神の包丁の力。女神シャウザ・ニークよ」
三人の目線が痛いくらいに突き刺さってくる。特にエレノールの嫉妬交じりの目線が怖すぎる。以前は包丁の力を使う度にうっとりした視線で見てきていたのに。あれはあれで嫌だったけど。
「いや、ただエレノールの真似をしてみただけなんだ。詳しいことはよく分からない。包丁から感じる温かみに身を任せたら、なんだか映像が浮かんできたんだ。もう少し近づけば詳しく調べられるような気がする」
「それで何となく使ってみたら、強い魔法が使えて、あたしよりも探れる範囲が広いと。もう今更驚かないけど」
「トラジの魔法って、もしかして食事関係ばかりじゃない? 元々が料理人ということが関係しているのだとは思うけど、エレノールの力とは使いどころが違う気がする」
フィリナの考察がたぶん正しいような気がする。
というか、食いしん坊女神さまの能力だからって事もあるのかもしれない。
「言われてみればそうかもしれないな。包丁由来だからではなくて、元々の自分の興味のある事が具現化されて力となっているってことか」
『食材を探せる魔法』か、俺らしいと言えばまさにその通りだ。
その魔法の力で、魔力茸の存在が確認された。
少なくとも、聖なる山の洞窟の中にその強力な食材が存在している。
「エレノールの言っていたことは間違っていなかったわけだな」
「何よトラジ! あんた元々あたしの言っていること疑っていたってこと?」
口を尖らせるようにして不平を唱えるエレノール。
その時だった。
『……ケテ』
遠くから何かが直接に耳に向かって囁きかけてくるような、微弱な電波のようなものが聞こえた気がした。
それを感じたのは俺だけではない。
フィリナが振り向く。ベルガが耳を震わせた。エレノールの動きが止まる。
神の包丁が手の中で真っ赤な光を放つ。
『……タスケテ』
「今度はハッキリと聞こえたわ」
フィリナの言葉にベルガとエレノールが頷く。
助けてと耳の中に響き渡った子供の様な淡い声。
「この声はニルフじゃねぇか! どうなってやがるんでぃ」
グリューンが言ったその言葉に、その場にいる俺以外の全員が驚きで凍り付いた。




