魔王
この異世界、惑星エリュハルトは中央に大きな大陸がある。それはリーンハウゼン大陸と言われ、そこの西端の王国が現在トラジたちの物語となっている場所、ファルナート王国である。
そこから東に進み大河を挟むと、獣人の国ダーゼルハイム。
更にその先にエルフたちや導術士達の都と称された、大魔導国家アルカゼルファが存在する。
魔導師が最後に行きつく場所。
エルフの郷としても名高いこの風光明媚であった地域。
その国は今、変貌の一途を辿っていた。
ひとりの稀有なる魔力の持主の突然の出現によって。
全ては魔都と化してしまい、今や昔の面影はほとんど存在しないとさえ噂されている。
しかし、奇妙な秩序は存在していた。
その紫の髪を携えた美少年によって、あっという間に魔導国家は制圧され、奇妙な眷属が都市内を闊歩するようになった。
姿形はフィーム族と大しては変わらない。しかし体より溢れる魔力の源泉は地の底よりこぼれ出る魔の属性に寄ったものたち。
その眷属の名を【魔人】といった。
世界を支える十二柱神とは根本的に成り立ちが違う神たちを信仰する異形のものたち。
もちろん彼らには知性があった。
復讐心が糧だった。
遥か過去。神々の時代にこの地より追いやられ、天神ダルバの力の及ばない地で辛酸を舐めてきた冥々たる血に刻まれた記憶。
それが魔王を呼び起こしたのだ。
魔王は自らが所持していた一本の包丁を掲げた。
かの『創元の火』により生み出された最初の二振りのうちの一つとされる凶大な力。
その名を『絶対模倣』と呼ばれた神々の刃。
「うんうん。面白いよ。ボクにとってある意味理想的な展開になりつつあると思わないかい? ボクの信頼足るカルア・ルーシア聞いているかい?」
以前は魔導の限りを尽くし、煌びやかな王座であったであろうそれは、今は血で汚れ、城内が蠢くナニカで埋め尽くされ、どくんどくんと脈動を繰り返している。
城自体が生きて呼吸をしている闇の眷属であるかのようだ。
蠢く玉座に片膝を組むようにして座っている少年。
そう、見た目は美しい。この世のものとは思えないほどの美貌を蓄えた華奢な姿。年のころは15歳くらいにしか見えない。
しかし、その赤き瞳の輝きは幾星霜を経てきたかのように胡乱に霞む。
その為か、笑いながらもどこか無表情な輝きが表情に滲む。
その者の名は……
魔王レイカ・ヴィルカス。
その本人であった。
カルア・ルーシアと言われた女戦士は、レイカより更に下方――この玉座の間の床にひざまずき、頭を深く、深く下げていた。
腰に下がった黒き大剣がしなるように唸り声を上げる。
その横、ガチャガチャとフルプレイトメイルを鳴らしながら、腕を組み、主君であり少年を見据えている壮年の男。それはどことなくしなやかな虎を連想させる。
綺麗に揃えられた茶色の毛並みがプレイトメイルの間から見える皮膚から露出している。
「レイカ様。して、かの地はヒサメなる新参者に任していて問題ないのでしょうか。よろしければ我が斧にて、かの地を一瞬で平定してご覧に入れましょうぞ」
「ふ。獣が知性までをも上回ったか。ビゼス・ダストートス」
レイカよりカルアと呼ばれた妖艶の美女。
彼女は五月蠅そうに自分の隣に立っている獣人の男を眺めながら、強い言葉で貶める。
ビリビリと王座の間に迸る強大な魔力。
その場にいる異形のもの達がひれ伏すように縮こまり、平伏する。
「ふふふ。ビゼス。それではつまらないじゃないか。そうだよ、あっという間なんて味がないよ。わかるかい。言っている意味が」
魔王の玉座の背もたれ。
小さな縞々の、地球で言うならばジャケットのような服を着こみ、しっかりとネクタイまで絞めている二足歩行のそれ。
丸い奇妙に愛嬌のあるサングラスをかけて、レイカの肩に笑いながら飛び乗った。
「レイカは愉しみたいんだ! 壊すのは簡単、そうカンタンだ! 壊す前にはとことん遊ばないと損だろう。違うかい」
「流石だね。ボクの気持ちをエコルはいっちばん良く分かってくれているよ」
ニコニコと笑みを浮かべる。
しかしなにも笑っていないのだ。そう……何もだ。
彼はただ愉しみたかった。
いつか消える全ての為に、愉しみを皆に与えたかったのだ。
「創元の火は消え去る。もう少しだ。理を引き直そうよ。ボクの包丁があればそれができるんだ。理想とか絆とか、そんなものではなにもできないのさ。ボクが全てを救ってあげるよ。そう想わないかいカルア」
「全てはレイカ様のために。我は貴方様の全てであり、この命はレイカ様の為に存在致します」
かの魔導協会の俗物、ザックマーニャとは違うのだ……カルアの目が血走る。
鎧の金属が擦れ合い、震える音を響かせながら、ビゼスも平伏する。
「私も我が心の斧に誓いましょう。全てはレイカ様と共に。生きるも死ぬもすべては貴方の為であります」
「分かってくれて嬉しいよ。それでボクの創りし七倣刃の適合者は揃ったのかな」
七倣刃。
それは神の七包丁を模倣した、魔の眷属の力の総称でもあった。
「今しばらく、掛かるかと。適正も含め、なかなか容易ではございませぬ。しかし……」
「うん。美しいカルア。よく分かっているよ。続けて」
「それすらも愉しめと。そうおっしゃるのでしょう。レイカ様なら」
その言葉に満足げに頷くレイカ。
ビゼスは腕を組み、敢えて大きく聞こえるように舌打ちをする。
それをカルアは強烈に睨み倒し、レイカには微笑を振り撒く。
唇から愛が零れ落ちていた。
「時間を掛けていいよカルア。ボクもゆっくりと愉しむから。だってやっと……待ちに待った焔刃が現れたんだ。今潰すのは誰にでもできる。そうじゃないから人生は愉しいんじゃないかな」
そう言うと、この世にあるとは思えないほど整った表情で笑いかけた。
それはトラジとヒサメ。二人の運命を賭けて愉しむ歪んだ天秤が見えるかのようだった。




