ランガンサンド
ここからが焔刃の見せどころだ。
腹に力を込めて、焔が全てを炙り、毒を清めるようなイメージを頭の中に創り出す。
もちろん生魚には毒はない。
それはフィリナやエレノールの常識を書き換えたように、兵士たちに魚を振舞った時のように。
心の中に根付いたイメージを大きく払拭をする為には、それを上回るくらいの想像力が必要ではないか。
俺の心の中の想いを悟ってか、勇気づけるような激しい炎が焔刃の刃先から発せられた。
それは藁に燃え移り、この凍てついた世界を一気に焦がし尽くすようだ。
「相棒。こりゃあいいぜ! この勢いがあればバッチリだぜぃ!」
グリューンがどこから取り出したのか、桜の模様がふんだんに描かれた小さな扇子を両手に持ち、えんやわんやと声援を送ってくる。
焔刃の焔が乾ききったワラに燃え移り、周囲にどよめきが伝わる。
兵士たちの大きな歓声。
村人一人一人の心に焔が灯り、寒々しい想いに光が宿るようだ。
俺は燃え上がった炎の中に串ごとランガンの切り身を入れる。
ワラの高火力によってランガンの切り身が炙あぶられる! 火力は800度くらいにはなっている。傍で網を持っている俺もかなりの熱さを感じる。
額に汗がにじみ出た。
「いい匂いがするよ……」
周囲に集まってきている子供たちが、その燻製のような薫りに気付きだす。
ワラが燃える時に出る煙には独特の香ばしい薫りがあって、それがランガンに移ることで食欲をそそる匂いに変化するはずだ。
短時間でランガンの表面を焼きあげることで表面は香ばしく、中はしっとりとした独特の風味が楽しめる。
焼きあがったランガンを用意してあった氷水で冷やして粗熱を取る。
そしてもう一度包丁を取り出して大きなまな板の上に乗せると、ササっと厚めに切りつける。
「トラジさん。持ってきましたよ」
「たくさん焼いたから、お腹いっぱいお食べ」
食堂のアンネさんたち、おばちゃん軍団に頼んでおいたもの。それは厚切りにしたサンドイッチだった。
いいぞ。絶妙のタイミングだ。
パンを厚切りにしてもらい焼いて焦げ目をつけて貰っていた。
その香ばしく焼きあがったパンに、ワラで焼いて切りつけたランガンの炙り刺身を数枚載せて挟み込む。
そしてもうひとつ。取って置きの取って置きを持って来てもらった。
『生成』の魔法によって、少し焦げ付いたような容器に入った、とあるもの。
吊り上げようのワイヤーハンドルが付いた、ダルマ型の入れ物。
飯盒だ。
昔、キャンプでよく使っていたな。
懐かしい……故郷の薫りが鼻をくすぐった。
「ランガンの炙り焼きサンドイッチ、一丁あがり!」
まずはサンドイッチを兵士たちや村人たちに振舞う。
もちろん騎士団支部の食堂から分けてもらった塩をふんだんに振りかけてある。
ランガンの刺身の表面の灰色がかった白っぽい部分から、中心に向かって鮮やかな赤色が残っている。それが厚切りのパンに挟まれるとそのコントラストがとてもきれいだ。
俺とフィリナ、グリューンは出来上がった『ランガンサンド』を村人たちの目の前で口の中に頬張る。
エレノールは齧じり付きながら目を丸くする。グリューンは何度も頷いている。
俺も嚙みながら周囲に集まった村人に向かってにこやかな笑顔を振りまく。
兵士たちは食堂での件があったから、すんなりに口に入れてくれていたが、やはり村人たちの反応がまだ薄い。もう一息といったところだ。
「……お兄ちゃん。ホントにコレ美味しいの?」
近くにいた、村でフィリナが祈りを捧げていた母親に連れられた女の子だ!
勇気を出して近づいてきていたんだろう。
そんな女の子の肩にフィリナが手を乗せる。
「わたしもとっても美味しいと思うわ。どうぞ召し上がれ」
フィリナはランガンサンドを小さく千切り女の子に手渡した。女の子が震える手で受け取るのを俺は固唾を飲んで見守った。
小さな口を精一杯開けて、ランガンサンドが女の子の口の中に入った。
ゆっくりと噛んで飲み込む。
「おねぇちゃん……このサンドイッチすごく美味しい! 」
暗く沈んでいた女の子の表情にパッとあたたかい春の光のような明かりが灯った。美味しいものを食べて幸せを感じた時の顔はまた格別だ。
フィリナが女の子を強く抱きしめた。
やった!食べてくれたんだ!
美味しいと言ってくれた!
俺は力強く拳を天に向かって突き上げた。
「だろう、そうだろう! 美味しいよな! そうだよな」
これなんだ。
自分の作った寿司を誰かが美味しいと言って食べてくれる。
そこに生じるあたたかい空間。それが何よりも好きだった。
「ありがとう。ありがとうな」
女の子笑顔を焔刃の鮮やかな焔の刃が明るく照らし出す。それは希望の光が未来のつなぐ子供たちを映し出すようにも見えた。
その時、周囲の兵士や村人の間から、背の高い男がこちらに歩いてくる。
「ベルガ」
ベルガは真っ青な顔をしながら、白く長い毛の生えている手を顔の前にかざす。
まるでそれで毒が防げると考えているかのようだ。
そんなベルガはランガンサンドを一瞥すると、鋭い視線を投げつけてくる。
俺は斧で断ち切るような視線を、焔で炙り返すように真っ向からぶつけた。
怯む表情のベルガ。
腕が不自然に震えたように見えた。




