ランガンを求めて
ベルガとの話が終わり、自室まで戻ってきていた。
窓の外の降りしきる雪はいったん小康状態となっていた。
しかし、この留まる事を知らない寒冷化。
このままではこの地は命までも閉ざされてしまうのではないか。
「ここまで魔道具の力が強いのか。もう神の包丁クラスなんじゃないのか」
フィリナがたまらず話しかけてくる。
「トラジ。さっきの話、いったい何を考えているの」
「ああ、そうか。情報処理で分かったことを二人に言っていなかったな」
自分の頭の中で再生された情報をそのまま二人に話す。
特にベルガにかかった状態異常という箇所についてだ。
戦意失墜の呪い――偽りの模倣という言葉。
そしてそれを祓うには、大いなる焔が必要だということ。
「つまり、ベルガは全滅させてしまったことによる後悔で怖気づいてしまっているのではない。呪いによって戦意が失われた状態だというのね」
「偽りの模倣。それが魔王レイカに植え付けられた呪いの正体ってわけね」
「そういうことだ。大いなる焔って言葉は、たぶんこの焔刃のことだろう。そして呪いを払うには、ベル湖に眠る大型の魚が鍵なんだ」
フィリナとエレノールが、次の言葉を待っている。
グリューンは眠そうに肩の上で大あくび。先ほどの長い真面目な話に飽きてしまったようだ。
「明日にでももう一度湖に行ってみよう。たぶん俺の直感が正しければ、今考えているやり方で、ベルガ隊長さんに一泡吹かせてやることができるんじゃないかな」
「それがトラジの言っていたお詫びなの? なんだかさっぱり分からないわ」
エレノールが口を尖らせる。
にやりと笑うと、二人の肩に手を乗せ、自分の方に引き寄せた。
「まぁ見てろって。細工は流々仕上げを御覧じろってね」
✛ ✛ ✛
次の日。ベル湖までの道のり。
積もった雪によってかなり道は歩きにくい。
ただでさえ山の合間を縫っていくような道なのだ
今は雪が止んでいて、途切れた雪雲の隙間から微かに光が照りつけていた。
その合間から見える太陽なのか、いや太陽よりも5倍ほど大きく鮮やかな茶褐色をしているその惑星に度肝を抜かれる。
「久しぶりに天星ダルバが顔を出したわね。すぐに隠れてしまうのだろうけど」
エレノールの言葉にもう一度天を仰ぎ見る。
そうだよな。よく考えれば当たり前なんだ。
ずっと雪雲に隠れて分からなかったが、ここは異世界。ということは、空に見える星々も地球で見えているものとは全然違うということだ。
「何をぼんやり空を見上げているの。ダルバなんてめずらしいものじゃないし……そうか、トラジは星流人だったわね」
フィリナが雪に足を取られながら、改めて異世界転生をしてきた男が側に居るということを思い出したようだ。
そんな話をしながら、2時間ほどでベル湖に辿り着く。
特にグリューンが寒そうにしているので『保温』を唱えておく。
ポカポカと身体が暖かくなり、これでしばらくは凍えることは無さそうだ。
湖に数日前に開けた穴は雪が降り積もり塞がってしまっていたので、包丁を焔化し、再度湖面の氷を切り裂いていく。
切り裂いた凍りの下には、澄んだ湖面が広がっている。この湖の奥深くにシャウザ・ニークが言っていた『湖の主』が隠れ棲んでいる。
『竿化』
凝縮されたような光が放たれ、包丁が竿の形に変化していく。
冷たい湖面を見つめる。
突然拡大するかのように、背面が濃い青色に腹部が銀白色の魚が目に飛び込んでくる。その大きさは1メートルほど!
それが王者さながらの魚影が、優雅に湖の底を泳いでいる。
更に意識を集中する。
【ランガン(通称:ベル湖の主)
強靭な赤身と豊富な脂質を持つ。この時期のランガンは脂が乗っていて、濃厚で甘みのあるもっちりとした食感が楽しめるわ。
かの者の模倣の力を打ち払うには大きな焔の力が必要。もう分かっていますね。
ワラは山羊蹄車の小屋の中に大量にありますよ】
そうか。こいつはカツオだ!
やっとイメージの中でなんとなく浮かび上がっていた、このランガンと呼ばれる魚の最適な調理法が思いついた。
焔刃から立ち上る高い温度の焔を用いて、ワラを使って炙りあげる。
想像するだけで心が躍る。
それはまるで童心に帰ったかのようだ。
『そうだトラジ。包丁も釣り竿もお前の指先と一緒だと、そう思え』
そんな師匠の声が耳の中に響き渡った気がした。
すると釣り針が湖の奥深くにいる何かに反応したように、勢いよく飛び跳ねたのを感じた。ものすごいスピードで手元のリールから糸が放たれていく。
「これは絶対に旨いぜ。俺が保証してやる」
釣り針に掛かった強い魚の引きの感覚が腕を伝わる。
竿をしならせ、一気にリールの糸を巻き取る。凍った湖面の上に投げ出されるキラキラと輝く大きな魚。
俺とグリューンが喜びのあまりガッツポーズ!
「こりゃあデカいぜ!」
「すごい……」
ビチビチと勢いよく跳ねているランガンは、初めコバルトブルーに輝きを放っていたが、だんだんと黒色に向かって変化していく。
「やばっ! カツオはそういう魚だったんだ――品質保持」
包丁が苦笑いを浮かべた。
「トラジ。湖の主を釣りあげたのはいいけど、このまま出しちゃったら一緒になっちゃうんじゃない?」
エレノールの疑問は尤もだ。
このランガンって魚は確かに刺身にしても旨い。
しかし。
もっと旨い調理法がある。それもド派手なやつだ。
「まぁ、見てろって。これでベルガの目ん玉を飛び出させてやるさ」




