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異世界転生した寿司職人ですが、神の包丁で魔王の呪いごと捌いてやります ~女神様は俺の寿司の虜ですが何か?~  作者: 小宮めだか
2章 理を変える包丁

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熟成って大事

「いきなり刺身を出したところで食べることはできないだろう。だったらまずは神の包丁の力ということにしてしまえば、皆が口にしやすくなるはずだ」


 俺はリールライを釣り上げながら、自分の考えを説明する。

 まずは食べる敷居を下げること。

 毒という意識を頭から切り離すこと。


「認識の理、それ自体を変えるということね。トラジ」


 湖の畔で、焔刃の焔に炙られたリールライの刺身を目の前にしながら、エレノールの口から洩れた言葉。

 フィリナが切り身から漂う甘い香りに、ごくりと唾を飲みこむ。


「少し赤みがかった豊潤な色合い。鼻の奥に流れ込んでくる香ばしい匂い。洞窟の中で食べた魚とはまた違う種類なのかしら」


「この魚はリールライといって確かに違う種類ではあるんだ。だけどこの匂いはそれだけじゃない。ちょっとした魔法を思いついたのさ。それも格別なやつだ」


「魔法を思いつくだなんて……そんな簡単に」


 エレノールの瞳が緑色に輝く。

 彼女の癖だとは分かっているが、魔力(エルナ)に対する反応が段違いに早い。

 包丁に注がれるねっとりとした視線。

 構っていると自分の手が止まってしまうので、今は気付かぬふりを貫く。


熟成(ラッセン)


 包丁の銘が鮮やかな炎を纏う。

 切り身がオレンジ色の光に包まれる。

 それはその身の持つ、時間という理を少し進める事で引き出せた奇跡の色合いだ。


「切り身の上に流れる時間という概念が一気に進んだの、そんな事ができるなんて。星流人は常識とか、当たり前っていう言葉とは無縁だっていうの!」


 エレノールが驚くのも無理はない。

 まさに言葉の通り。

 生の魚の身を、瞬時に熟成させたんだ!


 俺の元居た世界では適度の湿度と温度、完璧な管理の元に何日か熟成させることで、更なる甘みや旨味を引き出す技法が当たり前に行われていた。

 もちろんそんな方法や、機材なんてエリュハルトにある訳がない。

 だったら、便利な包丁の魔法で何とかならないかと。

 そう思った瞬間に、頭の中で閃いた言葉。

 女神様の幸せそうな顔が浮かんだ。


「ひひひ、相棒。すげぇこと考えるな。焔刃が喜びに満ち溢れているじゃねぇか」


 グリューンが歯をむき出しにしてニヤける。


「もちろんいきなりこれを出す訳じゃない。まずはコイツの出汁をふんだんに使った鍋だろ? そして焼き魚。煮たって構わないわけだ。絶対に旨いぞ」


「つまり、敢えてみんなの前で火を通す料理を提供することで、魚に対する抵抗感を無くそうってことなのね。なるほど。一理あるわ」


 感心するように大きく首を振るフィリナ。

 エレノールはさっきから刺身から目が離せない。

 グリューンが横から我先にと手にして、一気に口の中に放り込んだ。


「ちょっと! グリューンずるいわよ! あたしにも食べさせなさい!」


 エレノールが金髪を揺らし、子供のようにグリューンに食って掛かっている。

 フィリナは流れるような黒髪を揺らしながら俺と一緒に笑う。

 それは、この戦場の地域において、どこか奇妙な安堵感に包まれたもの。

 包丁の光だけが、この場を誇らしげに照らし続けていた。



 ✛ ✛ ✛


「これがベルガ殿の言っていた神の包丁。本当に存在したんだ」


「おい! ベル湖での戦いを見ていなかったのか! アイスウルフを一瞬で両断したんだぞ」


「立ち昇る焔の魔力。これはすさまじいな……」


 俺達は今、王国騎士団の支部にいる。

 微妙なパン粥を味わった食堂の中だ。

 あの時、配膳をしてくれたヒューム族の女性――アンネさんに相談して、厨房を強引に借りることを了承してもらった。


「きゃっ! この沢山の魚は? ちょっと、生魚は毒だって知らないんですか!」


 ベル湖から釣り上げた大量のリールライを突然アンネさんの前に広げたから、かなり驚かれてしまった。

 その時、何人かの兵士たちも食堂内で食事を取っていたから余計だ。


「おい! あんたなにやってんだ」


「神の包丁の使い手だからって、ちょっと強引すぎるんじゃないか」


 周囲の兵士たちの塩対応の反応も当たり前。

 彼らの中では、フィリナやエレノールと同じように、常識がこびりついている。

 まずはそれを強引にだが、はがすところから始めないといけない。


「みんな聞いてくれ。確かに、魚は生で食べれば毒成分が身に残っていて、それだけでは食べられない。だが、神の包丁を使えば美味しく食べられるんだ」


 魔力を込める。腹に力を入れる。

 焔刃が燃え上がり、焔の魔力に包まれる。

 兵士の中には魔力の流れが視えるものもいる。

 彼らから驚きと畏怖の呟きがあがる。


 作戦は簡単だが大胆。

 名付けて、『神の包丁使えば毒が消えちゃうんじゃねぇの? と思わせて食べさせちゃおう作戦!』

 ラノベ作家が名付けそうな長い作戦名に、俺はひとりニヤニヤと笑った。


 三枚におろし、内臓をきれいに取り除く。

 借りた大鍋に丁寧にぶつ切りのリールライを並べていく。


「この野菜も使っていいか、アンネさん。それと塩はあるか」


 この間と同じでびっくり目になったまま固まっていたアンネさん。

 俺の言葉に我に返り、保管庫らしきところから、野菜をたくさん出してきてくれている。


「あいにく肉の類は切らしているわ。ごめんなさい」


 すまなそうに謝るアンネさんの肩を叩いて安心させる。これだけの材料があればとりあえず充分だ。なんとかなる。

 たまにはお腹いっぱい食べたいだろう。

 美味しい物を食べるだけで、幸せな気分になって、不安や悩み、恐怖から少しの時間だけでも解放されて欲しい。


 それは、俺ができること。

 星流人だからとか、神の包丁の使い手だとかそういった超常的な力ではない。

 寿司職人、いや料理人としての矜持。

 腹いっぱい美味しい物を食わしてやるさ。


「よし、任せろ。いつも戦いで疲れているみんなの胃袋をしっかり満たしてやるさ!」



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