魚を釣りに出かけよう
兵士たちの暗い表情。
満たされていないような暗い雰囲気。
村全体を覆う、どこか諦めに似た曇った感情。
希望がほとんど感じられないという、やさぐれたような空気感。
その全てを、俺は何とかしたかった。
「こんな状態ではどんな強い道具があったって、それが神の包丁だとしたって勝てる気がしない」
「それは分かるわ。この異常ともいえる閉塞感を、わたしもどうにかしたい」
「だからってどうするって言うの、トラジ?」
俺を先頭にして、フィリナ、エレノール。
グリューンは早起きさせられたからか、眠そうに目をこすっている。
静かで丁度いいくらいだ。
そしてミンミも同様のようで、エレノールのカバンの中に包まったまま、外には顔を出してこない。
「前線だからしょうがない面はあるんだ。だけど、昨日子供がお腹を空かしていただろ。食堂のスープも兵士優先で、働いている女の人まで回っていない感じだった」
「それは仕方ないんじゃない? まずは戦っている兵士のお腹を満たさないと、結局勝てるものも勝てないじゃない」
何を言っているのと頬を膨らますエレノール。
フィリナは何かを思い当たったようだ。
「まさかトラジ。生魚を食べさせようなんて考えているの? それはちょっと……」
「え? うそ! トラジ、本当に?」
そのまさか。
兵士に出されたものが、パン粥だけなんてあまりにも寂しすぎる。
パン粥はもちろん、そこそこ美味しかったけど。
「ラベルク村でアイスウルフを追っ払う前に、大きな湖が見えたじゃないか。そこに美味しい魚が棲んでいるって、女神さまが教えてくれたんだよ」
雪道の中、先を急ぐ山羊蹄車の上からベル―湖を見つめた時だった。
頭の中に響いた女神の声。
それは『情報処理』の異能が発動した証だった。
【リールライ。今、ベル湖は凍り付いていますが、焔刃の焔をフル出力すれば溶かせるはず。竿化で釣り上げてください。煮ても焼いても、もちろん刺身のままでも美味しい。引き締まった身を楽しんでください】
この食べ物に対する反応の速さって、どういうことなんだろう。
特に魚介類。
女神さまはどれほど食いしん坊なんだろうか。
「さすがに、これから戦闘に飛び込もうって前に、そんな呑気な情報が頭の中に流れたなんて言えないからさ。あとで言おうと思って、すっかり忘れていたんだよ」
それにひとつ。素晴らしい魔法を思いついたんだ。
どうやら、この神の包丁。
料理に特化した能力や呪文を扱うのが得意なのだとは、後で知ったこと。
「確かに、焼いたり煮たりと火を通せば毒成分は消えてなくなると言われている。だからってわざわざ魚料理を好んで食べる人は、このエリュハルトにはあまりいないわ」
フィリナの不安げな表情。
実は自分だって、間違いなくうまくいくって保証で動いている訳じゃない。
でも本当に美味しい物だったら。洞窟内でフィリナやエレノールが食べたみたいに。
他の人にだって通用するんじゃないかなと、そう思ったんだ。
「本当にトラジって変よね! 魚料理を食べさせて士気を回復させようなんて、普通そんな無茶な発想しないでしょ」
やいのやいの言いながらも、付いてきているエレノール。
てっきりこのまま王都に戻ってしまうのかと思っていたから意外だった。
(どんな理由で、まだこの場に留まってくれているのかは分からないけど……)
彼女の魔導の力は、この世界の常識を知らない俺から見ても間違いなく必要だ。
それでも。
戻ってきた彼女に漂う、戸惑いや迷いが手に取るように分かってしまった。
――それは、寿司職人としての目利きというもの。
俺達3人と2匹は、村から少し離れた大きな湖、ベル湖の沿岸に辿り着く。
湖面は寒冷化により完全に凍り付き、湖の上を歩いても全く割れてしまう気配すらない。
ここまでの道中は『保温』を使っていたから、特に寒さを感じる事は無かった。
自分の腹が多少減ってしまったくらいだ。
『焔化』
激しい炎が包丁から迸る。
「まずはこの凍った湖面に穴を開けないとな」
包丁の『焔刃』と書かれた銘が赤く光を帯び、念じる強さに応じて炎の強さもまた変化していく。
そのまま湖面に炎を出した包丁を突き立て、力を一点に集中させてゆっくりと氷を溶かしていく。
厚い氷に穴が開くまでしばらく時間が掛かった。
穴が開くとゆっくりと氷を大きな丸い形に切り抜いていく。湖面の氷の厚さは20センチくらいか……けっこう分厚い!
『竿化』
大きな穴を開けると、そのまま包丁に念じて釣り竿に変化させる。
「段々腹が減ってきたな……」
グリューン曰く、俺の魔力のバロメーターは腹の減り具合。この寒さの中だと減りが早いのかもしれない。
釣り針が湖面の中で青白い光を放ちながら、魚を誘っているかのように鈍く揺れる。
手元に微かな振動が伝わってきた。慎重に竿を引き上げる。
湖面を破って現れたのは、体長が20センチほどの銀色の魚。
これがリールライ。
「よし……これは旨い! 生で食べれるぞ」
俺は静かにつぶやいて、魚を優しく自分の掌で包み込んだ。
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