まずは腹を満たさないとな
「……んぐ、もぐ……がぶ。だからよ。これはどうなんだって」
「そうね。わたしも流石に指揮官があのような態度では、全体の士気に関わるわ」
今、騎士団支部の食堂で食べているのは、パンをすりつぶして、あたためたミルクに溶かしたような簡易的なスープのようなもの。
パン粥とでも言えばいいのか。
食堂内で他の兵士にもスープを配っている、やさしそうな年配のフィーム族の女性。その外見とは裏腹にどこか頬がやせこけ、この村の食糧事情をその身で体現しているかのようだ。
他の兵士と言っても、俺たち以外には数名しかこの場にはいない。
エレノールは、魔導協会に連絡すると言って食堂内には入ってきてはいなかった。
「あ、フィリナ。そういう意味じゃなくてさ。やはりこういう飯を食っていると、やる気ってでないじゃないかって事だよ。あ、お代わり!」
「そっち! そっちなの!! それでもお替りするの? まったく……トラジは食べることばかりね」
フィリナの呆れ切った声に苦笑い。
よく言うだろう。腹が減っては戦ができぬってな。
「相棒。やはり魚だな! 魚食わないとやっていけないな」
「グリューン! 難しい話が終わったとたんに姿現すのは止めないか。絶対にベルガに失礼だろ」
俺の隣でパン粥を器用に掻きこむようにして飲み込んでいるグリューン。
使い魔が普通に喋っていることに、厨房内のお姉さまたちが完全に固まってしまっていた。
頭を抱えていたフィリナが、俺とグリューンが食べ終わるのを待って再度話し始める。
「それでトラジはどうするの。この様子だと、この村での戦いは更に厳しさを増していくとみたわ。このままでは……」
周囲の兵士の目を気にしてか、フィリナの声が一段階小さくなる。
心配なんだな。腹を減らしている住民たちを目の当たりにしたら余計だろう。なんとかしてやりたいと俺でも思う。
俺はベルガに早くに亡くなった父親の姿を重ね合わせた。そんなベルガの気持ちを奮い立たせるような方法か。
フィリナの気持ちを確かめないといけないな。
「気になったんだけど、フィリナはこの包丁を教会に持ち帰れば、師匠の密命が果たされるんだよな。だったらこの村の事情はさておき、このまま王都に戻るのか?」
器を満遍なく嘗め回しているグリューン。
俺も2杯目を食べ終わり、ようやく腹の準備だけは完了した。
「ちょっとトラジ……それとこれとは話が別よ! こんな状況を目の当たりにして、包丁が手に入ったからトラジを連れて帰るわねってことができると思うの?」
憤慨したような声に俺は満足そうに頷いた。
良かった。
ここでフィリナが、自分の意見に同意したら見損なうところだった。
「そう言うと思ったぜ。確かにこの包丁は戦闘において、ものすごい力を発揮する。だけど」
「だけど?」
「星流人だかなんだか色々言われているけど、元々俺は寿司職人だ。だから自分なりの戦い方があるんだと思っている」
確信に満ちた顔。
よく分からないといったフィリナ。
グリューンが指笛を拭きながら、鼻の穴を嬉しそうに膨らませた。
✛ ✛ ✛
エレノールはラベルク村の外れ、騎士団支部から見えにくい林のような場所まで来ると、ミンミに目配せをした。
自分の細い腕を高くかざす。
バサッバサッと大きく羽ばたくような音が、遥か上空よりこちらに迫ってくる。
それは鋭い嘴を持ち、大きな翼を広げた鷹のような生物。
目だけが爛々と光を放ち、夕闇に紛れるようにして彼女の腕に止まった。
「マスター……リザルト様。聞こえておりますでしょうか」
鷹の目が更に奥深い闇をはらみ、エレノールを試すように見つめた。
『愛しのアストリア。息災で何よりじゃ……して、見つけたのか』
鷹の鋭い嘴から聞こえてきたのは、幼さを感じさせる古風な趣のある声。しかしどこか老齢な、聞くもの全てを圧迫する気配も感じさせる。
エレノール・アストリアはゆらりと頭を下げる。
「神の包丁ーー焔刃。あの娘、いやグラーチスの言葉通りに顕現致しました。今後どのような動きをすれば、マスター様のご意向に叶いますでしょうか」
どす黒い鷹の目が、虚無を見つめるように笑う。
「うむ。しばらくは焔刃の傍にいて動向を探るのじゃ。かの聖アルベルト教会には決して後れを取るな。最終的に神の包丁を手にするのは我が魔導協会なのじゃ」
魔導協会のギルドマスター、その名をザックマーニャ・リザルト。
ファルナート王国最大の魔力の持主。称号はα級の更に上……Ω(オメガ)級。
全ての魔導師は、彼女の天井を知らぬ魔力量には敵わない。
「このまま星流人とともに行動し、協力関係を続ければ良いので御座いますね」
「理解が早くて良いぞ、アストリア」
キャハハ! とまるで嘲笑するかのように黒鷹が声を上げる。
「そうじゃな……魔力茸という強力な魔力を秘めたキノコが聖なる山にのみ自生していた筈じゃ。あれは魔王の配下の者共には手が出せん代物。王国騎士団の連中にとって喉から手が出るほど欲しい逸品のはず。情報を流し、騎士団にて信用を勝ち取り優位に事を進めよ」
エレノールはその使い魔から漏れ出る、彼女の強大な魔力量に頭を押し付けられるような圧迫感を感じる。
ザックマーニャ本人を目の前にしているわけでもないのに。
ざわざわとした、ケモノがすぐ傍で息をしているような錯覚。
金髪が総毛立つようだ。
「エコール・オブ・ミスティール。全ては魔力の為に」
黒き鷹は一声高く「クェェッ!」と鳴くと、エレノールの手を離れ空高く舞い上がる。
そのまま王都へ向け、旋回するようにして空を駆けていく。
「ミンミ。おいで」
エレノールは優しく自分の使い魔に声を掛ける。
まるでそこに、全ての優しさが詰まっているかのようだ。
ミンミは「ミャア」と心配そうに主人を見上げる。
「そうね、今はまだ従うしかないわ。でもいつか、奴以上の高みに登ってみせる。あたしの異能を使いこなせれば、希望はあるわ」
それは決意なのか悲壮なのか。
強い意志を込めた瞳が、降りしきる雪を焦がすように見つめていた。
トラジの料理人としての戦い方とは何か。
そしてエレノールと魔導協会の思惑とは……
ラベルク戦線は様々な思惑が絡む場所となっていく。




