魔王の力をベルガは畏れる
この回よりまたトラジ視点へと戻ります。
「ふん……臆病者のベルガが。俺達に指図するんじゃない」
そんな声が俺の耳に聞こえてくる。
王国騎士団の支部まで獣人のベルガに案内されているのだが、すれ違う兵士たちから受ける視線は決して好意的なものばかりではなかったのは何故か。
フィリナは何も語らない。
ただ、周囲の村人たちの様子を気に掛けているようだ。
エレノールはあまり興味がないようで、一番後ろをつまらなそうに歩いてきている。
肩に乗っていたミンミは寒そうに縮こまり、彼女のカバンの中に入ってしまった。
グリューンに至っては、「難しい話に興味はねぇよ」と言って姿を消してしまっていた。
あいつめ。
「お母さん……お腹空いたよ」
途中、みすぼらしい服を着た子供が、傍に立つ母親に向けてそう呟いている。
そういえば、ラベルク戦線と言っていたな。
「聖アルベルト様にお導きを……」
母親はフィリナが教会の神官であることが分かったのだろう。その場にひざまずき、祈るように自分の子供にもうながす。
小さい手を力強く組むと、母親の真似をして神に祈るあどけない子供。
「聖アルベルト様はいつも皆様を気に掛けてくれています。導きを……」
フィリナは胸に秘めた女神のネックレスを取り出し掲げ、同じように祈りを捧げる。
その時後ろからエレノールに突かれて驚く。
「聖アルベルト教会はファルナート王国の国教だからね。あたしたちエルフは別の神というか、自然全てを崇拝する別の思想があるんだけど」
さっすがエリュハルト世界辞典様だな。
分かりやすい。
エレノールの言葉が囁くように小さくなり、耳元に口を持ってくる。
「フィリナには悪いけど、祈りなんかでお腹はいっぱいにならないわ。魔王のせいだとはいえ、騎士団も食料をもっと分け与えればいいのよ」
俺は更に声を低くて、口に手を当てるようにしてつぶやく。
「分からないが、それこそ騎士団にも事情があるんだろ? 見るからに戦線は分が悪そうだしな。神の包丁があるからって、それだけでどうにかなるんだろうか」
「あたしに訊かれてもね……」
そう言って、短くため息を漏らすエレノール。
「元々聖アルベルト教会の依頼は神の包丁の奪取だったから。それが果たされた今となっては、あたしもお役御免なのよね。これからどうしようかって悩んでいるの」
✛ ✛ ✛
俺達は案内されるまま、ラベルク村の一番端にある王国騎士団支部の一室に座っている。夕方も過ぎ、外は雪が降ってきたこともあり、室内も段々と薄暗くなってきていた。
室内の暖炉が灯され、室内はその揺れている炎に照らされていた。
「……さてどこから話したもんかな」
ベルガは重たい口をゆっくりと開く。
フィリナと俺はベルガの前に机を挟んで座り、彼の次の言葉を待っている。
エレノールは暖炉の近くの壁に寄りかかり、傍で体を暖めるようにして座っているミンミを気に掛けていた。
「さっきは若いのがワシのことを散々言っていたようだが、まぁ気にするな。どちらかというなら、自業自得ってやつでね」
苦々し気にベルガは言う。
「三か月ほど前、ワシ自らが王より勅命を賜った。王国騎士団三番隊にラベルク戦線への出立とヒサメ討伐が言い渡された」
ベルガの重々しい声に、俺もフィリナも表情を硬くする。
「しかし聖なる山を根城にするヒサメの元に攻め入った三番隊は、思わぬ敵に遭遇しちまったのさ……わかるか。神官の嬢ちゃん」
「まさか魔王レイカが直接、戦線に現れたっていうの? そんな……」
フィリナの驚きの声が、やけに大きく部屋の隅々まで染み渡った。
ミンミが「ミャア……」と大きな欠伸をする。唇に指を当て、「シッ」と小さくエレノールが使い魔を叱る。
「ヒサメとホワイトドラゴンだけだったなら、何とかなったんだ、おそらくな」
ベルガは宙を見据え、一点を睨んでいた。
まさにそこに憎むべき相手がいるかのように。
俺の腰で焔刃が力強い熱を発する。
魔王の名前を聞くだけで、生涯追い求めていた仇敵を意識しているかのよう。
「突然奴は現れた。燃えるような紅い瞳だった……光を吸い込むような艶やかな紫色の長い髪。想像していたより華奢でしなやかな身体つきだった」
ベルガの左手がカタカタと小刻みに揺れる。
「チィッ」と舌打ちをして、右手の筋力をふり絞り、強引に震えを止めた。
「現実離れをしたような黒基調のコートのようなものを羽織っていた。肩には、そうだトラジ。お前と同じようなトカゲに似た使い魔が見えた。そして……」
俺もフィオナもゴクリと喉を鳴らす。エレノールだけはミンミを抱えると床に座り込み、愛猫の背中を愛おしそうに撫で上げた。
「奴の繰り出す縦横無尽な魔法攻撃にワシたちは全く歯が立たなかった。まさにあっという間だったよ。気づいたらワシ以外その場に立っているものはいなかった」
ベルガが深く息を吐き切る。同時にぬぐい切れない負の感情が立ち上る。
「あとは予想通りだ。ワシはその場から我を忘れて逃げ出した。臆病者と誹られても仕方のない事だ」
ベルガのまっすぐに見据える目線。俺も彼の目線を正面から受け止めた。
彼の瞳の中に俺は、早くに交通事故で無くした両親を思い出していた。
師匠がいなかった俺はどうなっていたんだろう。
その邂逅はミンミの鳴き声によって、一瞬でかき消される。
「トラジ。気づいているとは思うが、これを見てくれ」
ベルガのブルブルと震える右手。
もちろん、この村の寒さに対してではないのは明白。
「怖いのか、ベルガ」
「ああ、そうだ。神の包丁と言えど、正直魔王には敵うわけがないと思っている。この戦い自体、無駄なのではないかとな」
ベルガは俺から目を逸らした。
そのままうつむき、肺の中の空気をすべて吐き出したように呻いた。
「事情は分かった。少し……そうだな。少し考える時間をくれないか」
立ち上がる俺をベルガは見ようともしない。
フィリナも続いて立ち上がる。
エレノールはミンミを抱えて、大きな欠伸。
「食堂があるから、そこで飯でも食っていってくれ。またいつヒサメの軍勢が現れるかわかったもんではないからな」
その言葉の、どこか力の無さ。諦めや無力感といったもの。
ベルガの心の中を如実に映し出すようだ。
俺達は扉を閉め、彼を置いて食堂に向かった。
失意のベルガにトラジは何を思うのか。
次回は料理人としてのトラジの考えが光ります。




