1話 孤児院との別れ
「なぁ聞いたかよ。西の第四砦が落とされそうだってよ。」
「本当かよ。」
「あぁ。もう落とされるのも時間の問題だな…。」
「ルブルム国め。"赫の英雄"が戦場に出てきてから戦況が悪くなる一方だよ。」
孤児院の窓の外を覗けば聞こえてくるのはため息や戦況に関してのことばかり。それは嫌でも私に聞こえてくる。
私の名前は、ゼノ・ウィネーフィカ、7歳。
………表向き"だけ"は。
実際は異世界に転生して人生2周目だ。しかも、前世では長寿の魔女として生きてきたから精神年齢は数千歳。やっと普通に幸せな人生を送れると思ったら寿命でぽっくり逝ってしまった。転生した私がなぜ親がおらず孤児院で過ごしているのか、シスターの話によれば生まれたての私は孤児院の前にバスケットに名前の書かれた紙と一緒に入れられて置いてあったらしい。だから、私は物心ついたときからずっとこの孤児院で暮らしている。
「ご飯の時間ですよー。」
シスターに呼ばれて孤児院のみんなご飯を食べに食堂に集まった。
「ゼノ。今日のあなたのご飯よ。少なくてごめんなさいね。」
シスターから受け取ったプレートの上には薄くて硬いパンが一切れと、具の入っていない水っぽいスープが一杯だ。
「気にしないで、シスター。ありがとう。」
みんな席に着いたら手を合わせてご飯を食べ始める。
(今日もこのパンかぁ。そろそろ歯が欠けちゃいそう。)
今日も硬いパンをよーく噛みながらそう思うが、それでも、まだ食べ物があるだけマシな方だ。
私の住んでいる孤児院があるこの国、ラーウム帝国の現皇帝、ウィルトス・レガリア陛下は賢者と名高い名君だ。彼の政策おかげでこのような貧乏孤児院にも食べ物が配給されて、私たち孤児が飢え死にしないで済んでいる。けれど、3年前から続く世界大戦で配給される食べ物は日に日に少なくなっている。ここ最近は戦争中の国の一つ、ルブルム国の「赫の英雄」が戦場に出てきたことによって戦況は悪くなる一方らしい。他にも東のカエルレウム商業国や、北東のウィリデ王国、北西のアルブム皇国などのラーウム帝国と接する国のすべてと戦争中だ。
(ラーウム帝国がこのナトゥーラ大陸で一番大きい国だけど一番他国と接している国でもあるから、そりゃあ劣勢にもなるよね。)
このままだと配給される食料もそのうちなくなってしまう。自分で仕事をするとして、きちんと給料もあって衣食住が保証されている職業と言えば、
(軍に入ることだね。)
とはいえ、この年齢で入るのは少々難しいだろうが、この世界でいう成人、18歳まで待っていても帝国が負けていれば意味がない。
「みんなー。定期検診をするから7歳以上の子は集まってー。」
シスターが言っている「定期検診」も陛下が作った政策の一つだ。病気の拡大を防ぐためや、体力測定や魔力測定で高い数値の出た子は軍へスカウトされ、兵力の向上など、さまざまな目的がある。そのため、7歳以上の子どもは半年に一度、無料で定期検診を受けることができるのだ。つまり、この定期検診で高い数値を出せばこの年齢でも軍に入ることができる。
(問題の私の魔力量は………、転生前とあまり変わらなそうだね。むしろ……。)
転生して幼くなったことで魔力量が減っていないか危惧していたが、転生した影響なのかむしろ少し増えているぐらいだ。
「じゃあ、次、ゼノ・ウィネーフィカさん。この宝石に触れて力を込めてみてくさだい。」
「はい。」
目の前においてあるうっすらと光を放つ透明な宝石に手を触れると、少しひんやりとした感触とともに魔力を吸われる感覚がした。だんだんと色が変わっていき、最終的に金色になった宝石を見て軍の医者は大げさなほど驚いた声を上げた。
「なんと……!宝石が金色になるなんて国内でも上位数人しかいない魔力量ですよ……!今すぐにでも魔法兵として軍に入隊しませんか!?」
医者の驚きようから見るにかなり高い数値を出したみたいだけど、前世では私ぐらいの魔力量の魔女はたくさんいたが、この世界では私の知っている"普通"よりも魔力量が少ないのかもしれない。
(なにはともあれ、いい機会だね。この機会を逃す手はないね。)
「ぜひ、入隊させてください。」
キラキラとした目で言う私とは反対にシスターはとても心配そうにこちらを見ていた。
「ゼノ、本当にいいの?軍に入れば衣食住は保証されるけど、危ない戦場に出なきゃいけないのよ?」
「うん。わかってるよ、シスター。」
「死んじゃうかもしれないのよ?」
分かっている。それでも、お世話になったシスターや孤児院のみんなに少しでもいい暮らしをしてもらいたいし、少しでも脅威を取り除いてあげたいんだ。
だから……、
「うん。私はそれでも行くよ、シスター。私は大丈夫だから、ね?」
涙目になるシスターを見て泣きそうになるのをこらえながら、私は再度医者にいった。
「軍に、入隊させてください。」
それから色々な手続きをして一週間が経った。私は支給された小さな軍服を着て、首にはシスターがプレゼントしてくれたワイン色に輝くペンダントをつけて、迎えの馬車に乗り込んだ。外には孤児院の子たちとお世話をしてくれたシスターが並んで手を降っていた。
「頑張ってねー!」
「またねー!」
「死ぬなよー!」
そんな激励の言葉を聞いて私は満面の笑顔で大きな返事をした。
「必ず生きて帰るからねー!ちゃんと遊びにも来るし、おいしいもの食べさしてあげるからねー!」
私はそんな大きな事を言いながら、首にかけたペンダントを握りしめて軍本部に向かった。