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第2話 刃のような一手

「コレ、どう置ク?」

「ソッチ、囲マレルゾ! ホラ、コッチ!」

「ホォ……ニゲラレナイ……!」


森の片隅、獣道のそばに敷かれた布の上で、ゴブリンたちが囲碁を打っていた。悠翔が持ってきた碁盤の上には、いびつながらも黒と白の石が並ぶ。


もちろん、ルールの理解はまだ不完全だ。それでも彼らは目を輝かせ、一手ごとに歓声や悲鳴を上げていた。


「アタマ、アツクナル……」

「オマエ、ツヨイ……!」


「これが“囲碁”だ。石を置くだけだが、奥が深い。陣地を奪い合う、知の戦いだ」


悠翔はあぐらをかいて彼らを見守る。ようやく身体の調子も戻り、この異世界の現実を受け止め始めていた。


(ゴブリンって、もっと獣じみた存在かと思ってたけど……言葉も通じるし、碁のルールも理解できてる。意外と頭がいいんだな)


「ユウト、コレ、ニンゲン皆ヤル?」

「そうだな。俺のいた国――日本では、囲碁は千年以上の歴史がある」

「センネン!? スゴイ……!」

「オレタチ、イシ、ナゲル遊ビ、シカ、ナカッタ……」

「じゃあこれからは、“置く”遊びもできるな」


悠翔の言葉に、ゴブリンたちの目が輝いた。


「ソレ、マタ、教エテクレ!」

「オレ、モット、強クナリタイ!」


その無邪気さに、悠翔もつられて笑みをこぼす。その時だった――


「人間、と聞いて来てみれば……なるほど。妙な気配だと思った」


低く澄んだ声が、森に響いた。


振り向くと、そこには銀髪の青年が立っていた。漆黒のローブ、鋭い耳、細い瞳――どこか神秘的で、冷ややかな気配を纏っている。


「誰だ?」

「ノクス。ダークエルフの者だ」


ゴブリンたちが一斉に距離をとる。その気配に圧され、自然と頭を垂れる。


ノクスは悠翔の持つ碁盤に視線を落とす。


「その盤、見せろ」

「……いいけど、何のつもりだ?」

「貴様、人間にしては妙な魔力を持っている。碁を打っていたと聞いてな。確かめたくなった」

「碁を、知っているのか?」


ノクスはゆっくりとうなずく。


「碁とは、古より神々が知恵を競うために与えし盤上の儀。人も魔族も、それぞれの“理”を賭けて打つ、神聖な対話」


そう言って、ノクスは静かに黒石を一つ取り、盤の中央――天元に打った。


「……天元から?」

「中央から制する。それが我が流儀だ。……さあ、打て」


(異世界での、初めての“本気の対局”か)


悠翔は白石を取り、静かに応じた。


──打ち合うごとに、森の空気が変わっていく。


ノクスの手は冷静で、研ぎ澄まされた刃のようだ。模様を切り裂き、相手の地を分断しにかかる。


(構えは天元。中央支配で包囲を狙う構想か……だが、切り裂かれた分だけ、こちらに読みの余地が生まれる)


「なかなか打つではないか、人間」


ノクスは盤面を見つめながら言った。


「人間よ、どこの国から来た?」

「……日本だ」


その言葉に、ノクスの手が止まる。


「……日本? 聞いたことのない名だな。いや、待て。その魔力……もしや、お前は――」


ノクスは目を細め、悠翔を見つめる。


「この世界の理から外れた、“異界”の者か?」


悠翔の思考が止まる。


(……そうか。俺は確か、家で碁を打っていた。取材、連戦、寝不足――そして、眩暈……。倒れて、気づいたらここだった。……これは夢じゃない。異世界に――“転生”したのか?)


「……そうか。ならば、お前がこの地に現れたのも納得できる」


ノクスの声が、再び現実に引き戻した。


「我ら魔族には十の種族がある。お互いにプライドが高く、種族ごとにバラバラで生きてきた。だか、言い伝えによると、碁を極めし者が頂に立ち、我ら十種族を率いるとある。そなたがその君主になるやも。」


そして終局――


悠翔は読み切った左辺に打ち込み、盤面は静かに白に傾いた。


ノクスはわずかに目を見開き、そして、静かに手を止めた。


「……投了だ」


その声は静かだが、どこか清々しさがあった。


「見事だ。名を聞こう」

「望月悠翔。」

「望月悠翔。忘れまい」


ノクスはすっと立ち上がる。


「他の魔族の中には、急に現れた妙な魔力を持った人間に会いたがる者もいるだろう。中には、私のように我慢できずに会いに来る者もな」


悠翔は吹き出した。


「つまり、お前はその“我慢できない奴”ってことか」

「……否定はしない」


森の中に、かすかな笑い声が残った。碁という盤上の言語が、確かに異世界に根を下ろし始めていた。


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