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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

感情の家畜



 王妃アウレラは、誰からも愛される人柄と豊かな才能で王を支え、歴代でも屈指の人気を誇る王妃であった。


 穏やかな笑みを絶やさずにいつも理性的で、間違っても感情的に声を出したりなどは決してしない淑女の鏡でありながら、不思議と相対する人にあたたかみのある印象を与えるのである。

 それは王妃が浮かべる笑みが、表情筋のコントロールによるものではなく、心からのものであることが大きな理由かもしれない。


 使用人のミスは咎めもしない。不快にすら思わない。

 王妃に対して悪意をもって不敬を働いた人物にさえ、王家の威厳を貶めぬための鞭打ちこそすれ、命を奪うことはない。そればかりか、罪人に直々に言葉を掛けることまであるという。

 貴族のみならず民までもがその愛情深さを称え、優しい王妃に憧れた。




「わたくし、いつもであれば、陛下が気まぐれで触れただけの妾など、なんとも思いませんのよ。」


 窓は無いが、多すぎる燭台の光で明るい室内。

つややかな王妃の肌は眩しさを覚えるまでに白い。

 プライベートな空間で、淑女である義務から解放されている王妃は、ほんの少し眉を寄せ、話す。

 普段は見せることのない顔は、教育を受ける前の少女のよう。

 控える数人の使用人がこっそり目配せ合い、中には頬を染める者が居るほどの愛らしさ。


「その妾がいっとき思い上がったとて、身分なき者は王の前には人ではありません。動物と同じ。愚かな動物の愚かな勘違いなど微笑ましいだけですもの。」


 風の音、何かが貼り付くような音、交互に繰り返されるそれは、一人の使用人が手に持つ鞭と、それを受ける女性から鳴る。

 鋭くヒュ。そしてぺたん。破裂するような派手な音は無いが、鞭の勢いはなかなかのもの。

 女性がかすれた悲鳴をあげるので、間の抜けた音に反してそれなりの痛みはあるようだ。


「だけれど、大変に活きの良かったお気に入りが使えなくなってしまったの。このような負担を掛けてしまうのは心苦しいけれど、ちょうど役目を任せられるのがあなたくらいしかいなかったのよ。」


 鞭を受けている女性は、出入りの商人の娘。

 偶然か策略か、珍しく酔った王の御手付きとなり、それを生涯に一度の栄誉と捉えて胸に仕舞えばよいものの、あちらこちらで閨事を吹聴する品の無さ。

 王の寵愛を振りかざして王城内を勝手に歩き、しまいには酔った王に「一夜の思い出に、御身に着けているその指輪を」と、無礼にも強請り下賜されたサイズの合わない指輪を、こともあろうに王妃に見せびらかした。



「発言の……許可を……」


 痛みからか疲れからか、途切れ途切れに乞う女性。

 前回の食事の後から、かれこれ1時間は鞭打ちが続いている。

 食べたものはとっくに女性の足元で水溜まりとなり、肌は内出血で紫色に染めたよう。


「却下しますわ。」

「お許しを……私が愚かでございました……お許しを……」

「嫌だわ、却下したのに。」


 使用人たちから怒りが漏れ出る。彼らはわずかに姿勢を前傾させ、息を潜めて女性を睨み付けた。

 敬愛する王妃にまたもや逆らったので当然である。


「『罪を犯した者が罰を受ける』というカタルシスが大切だと思うの。謝られてしまっては興が削がれるのよ。」




 王妃に選ばれた者は、言うまでもなく、重責と抑圧によりその心をすり減らし続けることとなる。

 今より幾分若かったアウレラもご多分に漏れず、余裕をなくして感情的になりゆく自分をなんとか律さねばと焦っていた。

 王を支えるはずの王妃が、醜聞という隙をつくるわけにはいかない。しかしその責任感ゆえの焦りがまた心の余裕を奪い、とうとう新聞社にくだらない記事を発表されてしまった。


 その記事を書いたのは、客人に聞こえる場所で私語をしてアウレラに溜め息を吐かれた使用人の弟だったという。

 王妃の不興を買ったことがあからさまとなった使用人は、王族の目につかない部署へと格下げになったそうだ。

 それを面白おかしく誇張して、血も涙もない王妃に仕立て上げられたアウレラは、弱りきっていた心にとどめを刺されて憔悴した。

 生家から付き従った、彼女に忠誠を誓った騎士が、記者を捕らえる決意をするほどに。



 病んだ心のままに記者をいたぶり、王妃は驚いた。

 心が軽くなっている。


 それからというもの、他国であればもっと重い刑に処されてもおかしくない者を引き取っては、相当の刑より軽い虐待を罰として与えた。

 死を与えたり、追放すれば、もう見聞きが叶わなくなる苦悶の表情や悲鳴で、王妃はひたすら心を癒した。


 不敬を働く犯罪者に、命を奪わぬ罰のみを与える王妃の慈愛が噂になりはじめたころ、アウレラは自身を完璧に律する方法を体得したのであった。




「王のもと、国が、民が、健やかであり続けることこそが、わたくしに対する何よりの褒美ですわ。」



 評判の王妃は、今日も穏やかに微笑んでいる。


 


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