また会いましたね
そう言ったのは俺だ。
「その人」と二度同じ場所で会うことはないのかもしれない。
でも、二度目をくれたこの喫茶店にまた来たいと思った。ただ、それを恋人に言うのは場違いだ。でも言った。
二度目の魔力は強力だ。三度目を期待させる。
それから毎日のように「その喫茶店」に通い、恋人と一緒にいる時も上の空。結果的に疎遠になり、その恋人とは自然消滅してしまった。
いつもいつでも考えてしまう。「その人」は今何をしているのか。今日の昼は何を食べたのか。何を考えながら寝るのか。どんな風に笑い、泣くのか。
これが二度目の呪いだ。
湿度が高すぎる不快な晩夏の雨の日。3年目として社会人顔も板についてきた。通い慣れたルートで会社へ向かう。でもこの乗り換えは嫌いだ。右から左へ、左から右へ、あまりにも多くの人が往来している。
そんな駅の、人の大群の渦の途中。一箇所だけ人が全く通らない真空のような空間がある。
どの乗り換えルートの人間も通らないバグのような1平方メートル。
俺はそのバグを通って向かいの大群に車線変更する。社会人として身につけた処世術だ。
今日も今日とて、と思ったその時。目の前のサラリーマンが俺と同じくバグへとすり抜けを!
「やるじゃん」
そう思いながら後に続く、その時、空想の世界でしか見たことのない「ハンカチが落ちる」その瞬間を目の当たりにしたのだ。
現実世界で歩いている最中にハンカチを落とす人間がいるのだ!感動しながらも俺は胸が高鳴った。
俺も空想の如く「ハンカチ落としましたよ」をやるのだ、この人間大渋滞の中で!
と、1平方メートルの中のハンカチに手を伸ばした時、俺のではないもう一本の手が現れた。
ハンカチを見た瞬間から何か確信のようなものがあった。二重螺旋が見事に弧を描き、互いに向かって引き合い、新たな交点を成す感覚が。
使い慣れた新宿駅の人ごみの空隙で、俺は「その人」と三度目に出会った。
「いたっ!」
「いてっ!」
勢いよく飛び出したものだから2人は激突し、人ごみの空隙を埋めた。
もぞもぞと蠢く人ごみの中、静止した2人。
思わず口をついてでた。
「また会いましたね。」