何考えてるの?
そう言うと「その人」は席をたった。
呆気なく去っていった。
じゃ、どういうことだ。
光明の見えない就活でモノクロになった生活に、少しだけ差し色が入った気持ちだった。
運命の出会いとかそういう類のものではないけど、イレギュラーなこの出会いがプラスに作用したのか、その後トントン拍子に選考が進み、無事、悪くない会社の内定を貰った。
時間が経っても忘れられない人がいる。小学校の初恋の人とか、中学校の部活の先輩とか。
「その人」も記憶に濃く残り、忘れられずにいた。連絡先はおろか名前も知らないため自発的に会うことは絶対に出来ない。SNSで探すことすら出来ない。だからこそあの日会ったあの瞬間の記憶だけが濃縮されていって実際より美化され、素晴らしい出来事だったかのように感じる。
天が光っていたあの日。
一年後。
仕事に慣れはじめ、社会人あるあるも言えるようになってきた。
大した仕事を任せられている訳でもないのに残業する夜もある。学生生活とはまるで違う毎日に、思い出すのは「その人」。
青空を見上げた時、鼻をかむ時、アイスコーヒーが美味い時、就活生を見かけた時。
あの日、あの一瞬だけの関係なのに、あの日、あの一瞬を原点にして人生が裏返っている。
あの日、あの一瞬より前は「その人」を知らなかった人生で、あの日、あの一瞬より後は「その人」を知っている人生。
似た雰囲気の人を見かけてドキッとすることがある。
でもよく見ると全然似てない。不思議だ。
あの日出会ったのだから、もう一度会う可能性がゼロではないはずなのに、もう二度と会うことがない事を受け入れている。
そう毎日思い出すから記憶が濃くなる。
何にそんなに惹かれているのか。わからない。過去に長く付き合った恋人もあったが、長く付き合うほど興味は薄れていくものだ。
そうして思いを強めていた頃、その時は突然訪れた。
よく晴れた休日、チェーンじゃない洒落た喫茶店で、最近飲み始めた豆乳ラテを飲んでいた時、目の前に「その人」は現れた。
店のちょうど反対側の席でこちらを向いてパスタを食べていた。
似ているけど全く違う状況で、ずっと期待していた「その人」に、ついに出会ってしまった。
目が合った状態でお互いフリーズし、会ったことある気がするけど誰だっけ、の時間を過ごしていた。
「あ」と、表情が変わった瞬間、それぞれの視線を別々の障害物が遮った。
俺にも「その人」にも連れがいて、奇跡の再会は呆気なく終わった。
恋人だろう、おそらく。俺の連れは恋人だった。
俺たちの人生はどうやらかなり捩れの方向に進んでいるが、まったく捩れの方向というわけでもないらしい。
何の関係もない人間2人が2度出会った。
それだけでも素敵じゃない。
「何考えてるの?」