いい飲みっぷりですね(2)
反対側から歩いてきた集団のひとりが「その人」に声をかける。
「あー、偶然」
「その人」も返答する。
早い時間にも関わらず酔ってそうなグループで距離を取ろうかなと思った矢先だった。「その人」はあからさまにバツが悪そうな態度に変わった。見たことのない表情をしている。
「友達?」
「ソイツ」は俺の方を一瞥して「その人」に尋ねる。
「そう、新しい会社の」
「へー、会社に仲良い人いたっけ?どうも」
「ソイツ」は俺の方に向き直りとても小さな会釈をした。ソイツの仲間たちは少し通り過ぎたあたりで「なになに?知り合い?」とヤジを飛ばしながらも少しずつ遠ざかっている。
「あ、えっと、どうも」
俺は完全に不意をつかれ、やはり間抜けな声しか出せなかった。
「待ってるよ、友達」
「その人」は遠ざかりながらもガヤガヤ騒ぎ続けている集団を指差し言う。
「ああ、うん」
そういうと「ソイツ」は集団に向かって歩き始める。
「今日は?帰ってくるの?」
去り際に振り返り、ソイツは「その人」に向かって尋ねた。
「あー、わかんない。たぶん?わかんないや」
「オッケー」
そういうとソイツは駆け足で集団に合流した。「その人」は1分前のキラキラした顔が嘘のように浮かない顔をしていた。
対して俺はどんな顔をしていただろう。一連の流れを見てソイツが誰なのかは火を見るより明らかだった。
今日は帰ってくるの?どういうことだ?俺は人に見せられる顔をしていたか?どの表情筋が動いていたか全くわからない。
「えーっと?」
絞り出した声はやはり情けなく、新宿の人混みに掻き消されそうだった。
ソイツを見送った「その人」は見たことのない表情で気まずそうにこちらに向き直る。
「えーっと、お別れを考えてる人です」
「ですよね」
「あは、なんか気まずいですね」
「いやいや、別に、いい人そうで?」
「フォローしないでください」
いつもの表情に戻った「その人」は笑いながら言う。
「ご飯!行きましょ!からあげ!」
そう言って「その人」は繁華街の方向へ歩みを進める。
昼間とは違い、振り返ることなくどこかへ向かってズンズンと突き進んでいく。迷いがないので目的地はありそうだ。小柄な「その人」をあわや見失いかけながらたどり着いたのはチェーンの居酒屋だった。
店員に席まで案内されながら「その人」は生ビールを3杯注文する。
「すみません、ガブガブ飲みたい気分で」
店員がビールを運んでくると乾杯もせずに一杯飲みきり、ゴンとジョッキをテーブルに置く。
「今日は買い物付き合ってくれてありがとうございます!乾杯!」
ガチンとジョッキをぶつけると「その人」は2杯目も半分くらいまで一気飲みし、再度ゴンとジョッキをテーブルに置く。
「いい飲みっぷりですね」