その人は幸せ者ですね
「え、めっちゃ並んでる」
「本当ですね」
鐘つき街の行列ができていた。鐘をついて、写真を撮ったりしているからだ。
はあ、とため息をついて最後尾に並ぶ。
「まあまあ、元気出してください」
元気が少し無いのが自分のせいだと分かっているような口ぶりで「その人」は言う。
「こないだ、電車動かなくてネカフェ行ったじゃないですか、そういうの割と寛容なんですか?」
「あー、まあ、連絡はしてたし、うちの人はあんま気にしないかな。関心がないんですかね。」
「へえ」
また、聞かなくて良いことをわざわざ聞いて。うちの人、か。
「電車動かないから友達とネカフェ行くわーみたいな感じですか?」
「まあ、だいたい」
何を聞いてるんだ、俺は。
「そっかあ」
バカみたいな返事をして鐘の方を見やる。初々しいカップルがきゃっきゃと触れ合いながら鐘をつき、スマホで写真を撮っている。長いというほどではない行列には俺たちみたいな2人組は一見いなそうだ。
少し、陽が傾いたのを感じる。
「俺…」
手持ち無沙汰でまた話さなくても良いようなことを話し始める。
「学生の時から付き合ってた人がいたんですけど、自然消滅って感じで別れて。自然消滅なんで、明確にいつってわけじゃないんですけど。」
「へえ、自然消滅ってあるんですね、本当に。なんで距離置いたんですか?」
そう言われて気づく、あの自然消滅はこの人を追いかけて喫茶店に通い詰めたのがきっかけだったじゃないか。
途端に動転してしまう。
「言われてみると、なんでだっけ、忘れちゃいました」
苦しい言い訳をして逃げる。
「その後は?お休み中ですか?」
「その人」がまっすぐこちらを見つめて尋ねる。
「恋愛ですか?」
「はい」
「あー、いや、別に」
はは、と誤魔化すように笑う。
「その人」はこんな時だけはニヤニヤせず真剣な顔でいた。
順番が来たので鐘の方に向かう。
2人で鐘に繋がる綱を握る。
「なんか、恥ずかしいですね」
「せーので行きますよ」
「せーの」
タイミングは絶妙にズレ、ぎこちなく揺れた綱は当てるか当たらないかほんのわずか鐘に当たり、コン、みたいな間抜けな音を立てた。
なんとも格好悪く、2人で目を合わせて声を上げて笑った。そのまま逃げるように鐘から離れた。
「早速呪いが」
「ダントツでダサい鐘の音でしたね」
俺はポケットから南京錠を取り出し、俺を呪うに相応しい金網を探す。
まあ、どこでいいのだが。
「いつか、俺の恋が実ったらまた来るよ」
そう言って南京錠をかちっとはめる。
「その人は幸せ者ですね。」