バカみたい。
「あ、ありがとう…、ございます。」
差し出されたポケットティッシュを受け取る。リクスー。選考の参加者だろう。この時期まで就活を続けていてこんな風に人に優しくできる人がいるのか。久々に人の優しさに触れた気がして心が暖かくなった。
そして鼻水を拭った。
「バカみたい。」
俺の隣で「その人」は小さく悪態をついた。
優しさからの緩急で背筋が凍った。鳥肌も立った。
中堅の中の下のゲーム制作会社のオフィスビルの目の前で。
人に優しく出来るのも、人に冷たく当たれるのも、どちらも人ならざる振る舞いのように感じて俺は鼻元にティッシュを添えたまま動けなくなってしまった。と同時に「その人」から目が離せなくなった。
他の選考会参加者が俺たちを避けながら歩いて行く。
「その人」はこちらを睨むでもなく、何かを睨むでもなく、しかしその瞳は鋭く負の感情を表していて。
ゆっくりと息を吸い込んだあと、はぁ、と勢いよくため息をつき、急に歩き始めた。
ブブ、とスマホが震える。ポケットから取り出し通知を確認すると「選考結果のご案内」というメールのタイトルが目に入った。
俺は知ってるんだ。通過の時は「選考通過」や「次回選考」というタイトルだと言うことを。「選考結果のご案内」はお祈りメールだ。
スマホから目線をあげると「その人」はもう視界から消えていた。
人ならざる振る舞いを目の当たりにし、何社目かわからないお祈りメールを受信し、なんだか急に心の骨がポキっと折れたような気がした。
別に涙が出たりするわけではない。取り乱して叫んだり物を壊したりするわけでもない。
ただ、もう何も考えられなかった。
つまり、「その人」は俺の心にトドメを刺した。
もう、就活もやめよう。
俺も、そっと声に出してみた。
「バカみたい。」