昨日言ってくださいよ
「その人」と別れた後、通常運行を始めた電車で難なく帰宅し、シャワーを浴びて一寝入りした。
今日も同じ場所へ出勤すると思うと気持ちが昂る。
「その人」と一緒に暮らす夢を見た。まるで数年後の未来のように感じた。短絡的な脳だと呆れる。セロトニンが見せた幻でもいい。とにかく幸せだった。
短い睡眠時間の割にスッキリと目覚め、テキパキと身支度を整え家を出る。昨日と同じ電車に乗れば、またあの人ごみの空隙で出会うのではないか。そう思いながらいつもの電車に乗る。
乗り換え時の構内移動では姿を見かけず、乗り換え後にいつもと違う車両に乗ったり、駅から会社もゆっくり歩いて見たりしたが、結局出勤時には会うことはなかった。
別に、連絡先を交換したから連絡すればいいのだが。
昨日の不快指数高めな気候と打って変わり、涼しく秋の訪れを感じる今日は、空も晴れており気持ちがいい。
昼はコンビニ。サンドイッチを買い、こんな時期じゃないと出来ないと思ってオフィスの敷地内のベンチに座って食べるとする。
まあ、別の目論見もある。
「ピクニックだ」
人生はこうも上手く回るものかと、この先のしっぺ返しが怖くなりながらも声の方に振り向くと「その人」がニヤニヤしながら近づいてきていた。
「遅刻しませんでした?」
ニヤニヤしながら「その人」が続ける。
「しませんでしたよ。なんなら普段より気持ちよく出社しました」
「今日涼しいですよね!昨日とは正反対」
そう言いながら事前に俺の隣に腰掛ける。
「夏終わっちゃうなあ」
「その人」が悲しそうでもなく言う。
「俺は秋が一番好きですね」
「そうなんだけど、海に行ってないから」
そうだ、昨日その話をしていた。
「急がないと、夏が終わりますよ」
「行きたいんだけど、一人で行くのもね」
足元に近づいてきた雀を見下ろしながら「その人」は呟く。
俺は、試されている?
「行きましょうよ、俺でよければ」
はは、と「その人」は笑う。
「昨日言ってくださいよ」