奇跡ですね
まただ、また人生が交差した。今度は意思を持って、自発的に。
「ども。」
情けない声しか出せず、「こっち」という「その人」について歩く。
「なんか色々偶然すぎて、笑っちゃいました」
「その人」が言う。
「ずっとここですか?」
「その人」が続ける。
「あ、はい。そうですね。そっちも?」
「自分は先月転職して。」
少しバツが悪そうに「その人」は言う。
「あ、バカみたいって思いました?あんなに就職頑張って、なんとか納得いく条件の会社に入社して、すぐ転職して。」
「いや、そんな。でも、あれですね。就活の、あの時以来ですね。」
シラを切ってみた。
「そうですね。懐かしい。」
喫茶店で、とは「その人」も言わなかった。
「偶然ですね。」
俺も言わないことにした。運命ですねとか、奇跡ですねとか、安い言葉も使わないでおいた。
「仕事、ゲーム系じゃなさそうですね。」
「その人」は俺に尋ねる。そう、スマホゲームの制作会社の説明会だったっけ、あの日は。
「そうですね、ゲーム系は別にすごい興味があった訳じゃなくて。」
「あは、一緒。」
ここ、という「その人」は蕎麦屋の暖簾をくぐった。
傘を置いて店内に入る。
「蕎麦、大丈夫?」
「あ、好きです。」
今更の確認をされつつ、席に着く。
こうして対面で座るとなんだか急に緊張する。
「まだこの辺あんまり開拓できてなくて。ここはネットの評価も高いんですよ。」
そう「その人」は教えてくれた。
いざ目の前にすると俺は何を話したかったんだろうと思う。「その人」と共通の話題があるわけではない、もちろん、あるかもしれないが、現時点では。
ただ会いたかったのだ。会いたい理由があるわけでもないし。
「今朝のハンカチ」
「その人」が話し始める。
「今朝のハンカチ、オジサンの落とした、あれ、結局持ってきちゃいました。」
はは、と笑う。
「もう返す方法がなかったですもんね。」
「なす術なしでした。あの人の流れ。」
一瞬の沈黙。
「なんで、、」
「その人」はいざ、という口ぶりで聞く。
「なんで連絡先くれたんですか?」
「あ、いや、そうですよね。なんか」
特に理由はないのだ。
「あの時の人だ!と思って、でも会社行かなきゃと思って、思わず。」
「でも、こっちまかせですよね、ずるい。」
はは、とまた笑う。
そうなのだ、どこかで、連絡がつかなくて余計な情報なしに美しい記憶のままにしておきたいという気持ちもあったのかも。
「はは、すみません。でもメールくれて嬉しかったです。」
ふふ、と「その人」も笑う。
「奇跡ですね」