もしよかったら。
「じゃあ、私リーダーやります。」
同じグループの男性が控えめに手を挙げた。
「じゃあ、私書記。」
「じゃあ、俺タイムキーパー。」
他のメンバーが続く。
全員、シワシワの真っ黒のスーツを着て、慣れない革靴で足を痛めて集まったこの場所はとあるスマホゲームの制作会社。
僕は…、俺は…、私は…。就職活動を始めて2ヶ月、早々に内定を貰って自由を謳歌する同級生を横目に俺は一人称を見失いながら未だに就活を続けている。
ゲームが好きなわけでもない。人気業界の大手を片っ端から受け、片っ端から落ち、中堅の中の下、そもそもこんな時期まで選考を続けている時点でたかが知れてる企業の初回選考。説明会と選考を兼ねたこの会は社長の「私と一緒にデカいことをしましょう。」という鳥肌が立つほど薄い挨拶で始まった。
内定のない俺は内定のある奴らよりグルディスの経験が豊富なはずなのに2ヶ月経っても勝ち筋が見えない。その場で編成されるグループの運じゃない。決定的に何かが足りない。これまでに俺とグループを組んだ奴らの中で、俺が落ちた会社の内定を手にした奴もいるんだ。きっと。
あれ?椅子に座ってる時はジャケットのボタンは開けとくんだっけ、閉めとくんだっけ。そんなことばかり気になってディスカッションの内容は頭に入らない。テーマすら覚えていない。
「あの、考えてます?」
正面に座る余裕のなさそうな女性に凄まれた。言ってやったと、私はこういう事を言って士気を高めるタイプだぞ、見よと、そういう顔をしている。
「あ、うん、なんだっけ、はは…」
なんて情けない返事しかできない。俺が人事でも採らないよな、こんな仕事出来なさそうな男。
ほどなくして地獄の発表が終わり、何の手応えも無いまま会場となった会議室を出る。全然光明は見えないし、楽しくもないけど辞めることは許されてない。説明会の会場は本社ビルの一角、大きな会議室だった。
楽しげに働く社員たちを横目に就活生は帰路に着く。
中堅の中の下でもキラキラ働いてるように見える。
俺は?
一度もクリーニングに出さずに着続けているヘロヘロのリクスー。曲がったネクタイ。くすんだ革靴。革かどうかも怪しい。
オフィスビルから出ると信じられないほど晴れていた。空が青いとか広いとかの次元じゃない。天が光ってる。世界は俺が生きるには眩しすぎる。
陽光にくすぐられ、鼻がムズムズする。
はぁ、と深い溜め息をきっかけにクシュンクシュンとクシャミが止まらなくなった。
無様に鼻水を垂らしながらポケットティッシュを探していた時、その人に声をかけられた。
「もしよかったら。」