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飛び出して

 飲み屋街に入って来た。居酒屋も、中の明かりはついているけど暖簾を下ろしているところもチラホラ。もうそんな時間か。


 歩き進めて街角を曲がると、夜の街に目を惹く大きなオレンジ色の電飾看板が見える。黒字で文字が書いてある。


 アイ……ティーティー……イー…なるほど、あれで“ITTERAイッテラステーキ”か!


 飲み歩きしているリーマンらしき男たちも店の方に入っていく。シメには重そうだけど、焼肉じゃなくてステーキ……あまり見るもんじゃないし人気あるかもな。


「先輩、あそこですね!」


「んだな。人入っていきよるし、たぶんまだ店やりよるべ」


 昭和・平成の景気のなか建てられたであろう古い軒並みが移り行く空の隙間、古来の日本語で名のつかない派手な色の建物がこちらを覗く。街のドレスコードなんてどこ吹く風。

 こんな異彩、新しく建てるとき周りから反発受けなかったのか?


 ふと目を前に向き直すと、少し遠くで、地面を這って跳ねながらこちらに向かってくる影。


「――あ、“ワンちゃん“だ!」


「お、ほんとだべな! “ワンちゃん”もステーキ店に入りよるべ」


 ……?


「“ワンちゃん”は店に入っていませんよ? ほら、あそこでヨチヨチ歩いてますよ」


「おん、もう歳だべぇな、ゆっくり歩きよるな。さすがあんだけの大物になれば連れもおるっぺよ」


 ……?? あれだけ小さいんだから老犬じゃなくて子犬だろうし、チョッキ着た一匹だけじゃ……あ、暗くて見えていなかったけど、黒い子もいる! もっと小さいし、ドーベルマンみたいな色だ。……お、隣に赤毛もいたのか! あの子はひと回り大きくて毛並みが綺麗。兄弟かな? しかしみんなミニチュアダックスっぽいけど、そんな短いアンヨでよく歩けるねぇ!


 ……あ、あれは――そういうことか!


 ずっと道路のこっち側しか見ていなかった。

 向こう側でちょうどステーキ屋に入っていく後ろ姿――先輩の言う“ワンちゃん“って、”世界のホームラン王“だったんだ。


 しかし、こんな狭いところにこの時間、3人も用心棒を連れるとは、やけに物々しい。

 店に入っていくときふと見えた会長の顔、笑っていなかった。会長の目撃情報は野球部で最近話題になっていたけど、別にこのあたりでプロ野球のキャンプやってるわけじゃないのに、一体何をすることがあるんだろうな。


 ――え?ちょっとまって、嘘だろ?


「う、うわぁ……」


 目をこっちに戻さなければよかった。この子犬たちの飼い主って、まさかこの人たち?

 “こんな人”たちが、そんなにかわいいワンちゃんたちに、毎日餌あげてるってこと?


 それぞれの犬の首からリードの先を目で何度たどってみても、収まるところはやっぱりこの人たちの手。前から中・大・特大の順で並んで……みんな仲良くルンペンしてるじゃんか。むしろ飯をもらうべき人々だろうよ。


 いやぁ、危ねぇ。犬の可愛さに惹かれて見す見す駆け寄るところだった。どんな乞食ムーブかまされるかもわからねえ。ちょっと気が引けるし、こういうときは目を癒すにとどめて素通りしとくが吉だ。


「慶太郎、王さんが最近うろちょろしてるのって、何か知らないか? おまえの父ちゃんと関係あるんじゃねえの?」


「……どうだろうね。あまり詳しい話は聞かないからさ」


 換気扇から漏れる甘いタレのいい匂い。賑やかな笑い声が聞こえる居酒屋を過ぎると、ふっと左の視界が開ける。見えたのは、飲み屋のひしめく街なかにしては広い駐車場、そしてそこに停まる車の後ろにあるのが極彩色の建物だ。花輪も所狭しと置いてある。


 着いた。ここがITTERAステーキか。


 その壁一面の真ん中でどっしり陣取っているのは、でっぷり太った西海岸風ガンマン――

 贅沢にライトまで向けてもらっちゃって。ポップに描かれていて余計にそう感じるだけか、ニンマリと脂ギトギトの笑顔。おまえ、ステーキめちゃくちゃ食いそうだな。

 世の相場、こういう風貌のシェフが作る飯は美味い。これが肉を焼いてるのかは知らないが、ここはいい店なのかもしれない。でもな、そんなワガママボディしてるあいだは、オレと決闘しても秒で一発アウトだぜ?



「おい、“あいてますよ”て書いとるべ!よかったべな!」


 ガンマンにメンチ切っていたところ、鉄平先輩から声がかかる。いまから食べるのはステーキだけど。


「ああ、ですね。入りましょうか」


 ……ん? 書かれているのは“空いてますよ”の文字。

 “あいてますよ”とも“すいてますよ”とも読める。


 あれはヤっちまってるな。読み方の問題じゃない、どっちで読ませても間違いだ。“あいてますよ”なら漢字が違う。“すいてますよ”と読ませようとしていたなら、店の中がガラガラみたいに見えてしまう。人気のない店に入りたがるやつは誰もいない。人がいない店なんて外から見たら訳ありみたいじゃないか。全く知らない店でも行列ができていたら人気があるもんだと思って並んでみたくなるのが人の心。隣の店がガラガラに空いてるとしても、店のなかが満杯で外まで行列が出来てる方に人は並ぶもんだ。店がオープンしたばっかりのボーナスタイムっていうのに、こんな印象の悪くなるような書き方するって……これはオツムが知れている――


「うおお!! びっくりしたぁ! お前ら、何やっとるべ!」


 ――ハッ!


 あれ、いつのまに、先輩、なんでそんな建物の端に行ってるんだ?


「どうしました!?」


「暗いところでモゾモゾしよると思ったら、人がおるでねぇか!」


 駆け寄り、先輩が汚いものを見る目をして懐中電灯を向けている方を見ると……


「うわ!こいつら!」


 しゃがみこんだまま驚いた様子で身を硬め、まぶしがることもなく光の無い目でこちらを見る3人。おっさん、おばさん、そしてニート風味の男。彼らの手にあるのは――やはり、既にだいぶ食べている。


「先輩、こいつら普段ヒオンのフードコートの隅っこ一日中陣取って、人が食べてる飯のにおいで白めし食ってるやつらですよ!」


「うお、聞いたことはあったけんど、本物見るとだいぶヤベェやつらじゃな! 家族でホームレスしちょるっちゅうんは……気色悪りぃ。おい、お前ら、そげなとこずっとおんなら通報すっぞ! はよ出てけぇ!」


「先輩、声デカ過ぎです!あんま刺激するもんじゃないですよ!」


「なにを言いよるか! こんげなやつがおるけぇ街の治安が悪りぃなるでねぇか! おい、おまえら何か喋ってみろや! 警察さ突き出すぞ!」


 ……先輩、残念ながら警察を呼んだら連れて行かれるの、もれなくオレらの方かもしれません。こいつらシバき回したい気持ちもヤマヤマですが、この時間に外ぶらいてる高校生の方が不健全なんです。プラス、そんな喚き散らかしてたら一発アウトでしょうに。


 ふと横目に、こっちに気だるそうに歩いてくる影――慶太郎だ。


「もぉ、なーにやってんすか。ユタカ、ちゃんと止めないとダメじゃんよ。鉄平さん、通報したらオレらこそ補導されるっすよ? 別にこいつらウチらに何かしたわけじゃねぇっすから、静かにしときましょ? ね? ほら、はやくステーキ食べましょ!」


「ほらっ」と先輩の手を引く慶太郎。ホームレス家族にガン飛ばし続けながら身体だけ引かれていく先輩。オレも気を取り直して先輩の身体を押す。取るべきリスクを取り、危うきを避ける――賢明な判断だ。





 ――ウィーン。


「あ、風邪も流行ってますし、みんな消毒しときましょ」


「おれが風邪なんか罹るわけねぇべや。ユタカ、おめぇ人舐めんのも大概にせぇよ?」


 気短すぎですって、先輩。でも確かに、その熱量があればウイルスも寄り付きませんよ。


 ――シューッ。


 ちょっと多めにワンプッシュフルで手に消毒液を取っておこう。


「んだ、ケェタロ、ずぅっと顔が暗いでねえか。もしかして、また女遊びばっかしよって腰抜けよるんか?おめぇ歩くチンポやもんな! はは、そんげ女好きじゃったらさっきのホームレスババアでも行ってみるべ! シワシワも一興だべな!」


「はは、誰のせいで気苦労してるんだか」


 ……ごめんな慶太郎、今回はオレにも責任がある。


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