ポン大
紙の取れないコーンを口にくわえ、先輩に背を向け歩く。
ほどなくして立ち止まり、ズボンのチャックを下げる。植え込みにノズルを向けて今日の分の水やりをする。いつもと違ってちょっと栄養が強化されている水だが。
「ほ~れほれ、美味いだろう」
ぷっと口のコーンを吹き飛ばす。
植え込みの向こうまで飛んでいった。
用も済んだので、先輩のもとへ戻る。
――先輩はそのゴミ、ペットボトルのゴミ箱に捨てるのな。
「先輩、戻りました」
「それにしてもまだ来ねえべ。もう11時過ぎちょるけんど、どうするべ? 何しよるっちゃあいつは?」
道路の方を向いたまま腕時計を見る先輩。
「電話かけてみましょうか」
自販機横の公衆電話に足を向けようとしたときだった。
――ガリガリガリガリガリガリ!!!
ボロボロのチェーンの自転車を全速力で漕ぐ音が近づいてくる――やっと来たな。
――ブゥン!!
建物の影から風を切って現れる自転車。
自販機の灯りで照らされるのは――派手なアロハシャツ、筋肉質のゴツめの図体、デカい四角の顔にあごヒゲ、焼きそばパーマ、その横顔は――どうみても慶太郎だ!
「慶太郎! おい! こっち!」
「お、ユタカ!」
――キキィィィ!! ザザザザッッ!!
「あっぶねぇ!」
コンクリートなのに……なんて急ブレーキと切り返ししてるんだ、あいつは。
自転車から降り、肩で息をしながら自転車を押してくる慶太郎。
こんな夜中でも相変わらず目立つな……というより、夜遊びバレちゃアウトな状況でそんな格好してくるなよ。
「悪いねユタカ! 鉄平さんもいるのに……あ、鉄平さん、申し訳ないっす! 学校から帰って夕方眠ってたら、ついさっき目が覚めちゃって」
いいな、学校帰りの黄昏時に眠れるのか。まあこいつが自由すぎるだけかもしれんが、ゆるくて1年生でも自由に楽器触れるし、休みも自由って、軽音部はなんて極楽なんだ。
「おめえ、それいっちばん気持ちいいやつじゃねぇか! ずるいやっちゃな! そんげな贅沢して遅刻するっちゅうのは……なかなか感謝の出来る男だべ。さすが金持ち、“ノーブラです小栗旬”の精神ってやつか!」
「感謝……ですか。そんな大層なものに足りるかわかりませんけど、今日はぼくがお金出しますよ」
「おまえ、お金持つって自分で言うたな? 吐いた唾はもう飲めねぇっぺよ! よっしゃ、今日は豪遊するべ!」
慶太郎の顔を見れば、鉄平先輩が言うことを予想していたんだとわかる。
その表情に驚きは無い。オレも同じ反応になる。
そうして3人で街へ繰り出したのだった。
「鉄平さんとユタカ、ふたりとものど渇きません? あそこで飲み物買ってちょっと休憩しましょ」
風に吹かれて涼しかった大橋を渡り切り、しばらくまっすぐ歩くとオールタイムストアが見えてくる。
たしかに、のどが渇いた。
ちょうど公園を出てからこのあたりまで、自販機が無い。
鉄平先輩は……聞こえていない。
「先輩、喉渇きません?買っていきましょうよ」
「お?……んだ。カメラはチコン一択じゃ!」
ああ、また妄想にふけってたんだ。
「何言ってるんですか。飲み物買いに行きますよって」
「ああ、そういうこっちゃな。そんならあそこの“オッス“がちょうどいいべな」
“オッス”……?
「なんですかそれ?」
「おめぇ、知らんやつがおるか。そのスーパーよ」
“オッス”……!
「あ、オールタイムストアですか。しょっちゅう行ってるけど初めて聞きましたよ。先輩だけですよ、その略し方てるの」
「――テレレレレレン、テレレレレン」
「おお、さむっ」
某コンビニを著作権ギリギリでパロった入店音。
ここの店長の顔が見てみたい。
野菜はオレらには関係ない。
飲み物コーナーへ直行する。
各自で好きな飲み物を取ると、レジへ向かった。
こんな夜中だ。ランプが点いているレジは4番だけ。そして立っているのは、いつものおばちゃん。
「あんたたち、今日も来たの。ほんとしょっちゅう夜遊びばっかりして、よく先生たちに見つからないもんねぇ」
――ピッ! ……ハチジュウ、サン、エン。
「“ハム豚”って、目の前に餌ぶら下げれば言うこと聞いちゃうんだよねぇ。わかりやすくていい」
――ピッ! ……ニヒャク、ジュウ、サン、エン。
「おばちゃん、こげな時間どうせ独りで暇じゃろかい話し相手なっちゃろか思って遊びに来るとぜ? 感謝してくれていいべ!」
――ピッ! ……ニヒャク、ロク、エン。
「こら、誰がおばちゃんか! 気持ちはまだまだ23よ!」
――これはいつものこと。みんなの顔は、微笑ましい。
「えーっと……3点で510円ね」
お金を出してくれるだろう。慶太郎の方を見ると、深みのある青の……財布を取り出していた。
「おまえ、また高そうな財布買ったのか?」
「お、わかる? これゲッチ。かっこいいだろ? 継ぎ接ぎがない一枚仕立てなんだぜ。ま、とは言っても30万くらいだしさ、衝動買いしちゃったよね。パパが小遣いの範囲でしか金つかっちゃダメって厳しくてさ」
「サン…ジュウマン……ジュウマンガミッツ……」
「あらぁ……」
――これもいつものこと。みんなの顔は、引きつっている。
「……って、いけない、見とれてた。はい、これジュースの無料引換券ね」
「おう、おばちゃん最高だべな」
これは全部、鉄平先輩が受け取る。
「あんたたち、これだけしょっちゅう店に来てたら結構引換券溜まってるでしょ? ちゃんと取ってある? 来週月曜日から1週間だけ、使える期間決まってるから気を付けてね? 忘れたら損よ? ポケットにいれたまま洗濯とかしてないわね?」
さすが主婦、世の男たちがどんな失敗を犯すかを熟知している。
しかし、おばちゃん、心配はいらない。引換券はぜんぶ明日には同級生に売りさばくから。先輩は無料でもらった引換券が金になる、友だちは割引価格でジュースが手に入る。まっとうなビジネス……ってやつなのか。
店の出口を出て、すぐ近くにあるベンチに落ち着く。
ビニール袋から飲み物をとって分けくれる慶太郎。
「はい、これユタカの。こっちは鉄平さんの」
「ナイス」「んだ」
「……あれ、慶太郎、おまえお茶でいいのか?」
「刺激的なもの体に入れるの、ぼくのポリシーに反するからさ。ぼくはいいから、美味しく飲んじゃいなよ」
なんだ、こいつ。ヒッピーみたいな恰好してる割に、そういうところは坊ちゃん。
「……グゥゥ」
腹が鳴ったのは先輩だ。
「あれ? 先輩、もしかして腹減りました? それとも、ファーストからいきなり“インパクト”しちゃう感じですか?」
「何言ってるべ、腹減っただけだべ。そりゃ夜中いろいろ動いてりゃ腹くらい減るべ。眠ってんなら腹減っても気づかんでいいけんど」
「……グググゥゥ」
「ユタカも腹減ってんじゃんか」
飲み物が入って胃腸が活発になったのもあるんだろうけど、なんだかエネルギー使うな。今晩は特に。
「先輩、ぼくも腹減りましたわ。そうだ、飯食いましょうよ。こんな時間帯に外歩き回ってる時点で健康もクソも今更なんですから、せっかくならガッツリしたもの食いたくないですか?」
「んだべな。せや、今日どうせケェタロの金で飯が食えるんだべ。そこちょっと入ったところに出来た“イッテラステーキ”に食いにいってみるっぺ。あそこなら夜中でもたいがい開いてるらしいだ」
「あ、そういえば最近ここらへんでステーキ屋できたって聞きましたけど、そこですかね? ステーキか……いいですね! 滅多に食うもんじゃないですし。慶太郎、今日はごちになります!」
「全然奢るっすよ。でも、あの店ねえ……」
「ん、なんかあるか?」
「……いや、行きましょうか」