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脱出

「先輩、本当ありえませんからね! はやく開けてくださいよ!」


「バカ、声押さえ! タダシが寝とるべ! 起きたらまたチクられるでねぇか!」


 そうだった。この部屋、タダシがペアだったんだ。

 この寮、至るところ爆弾ばっかりじゃないか。


「おん、これやるべ」


「お、ありがたい。じゃ、遠慮なくいただきます」


 薄暗いなか、手渡される缶。


「つめたっ」


 エナジードリンクだ。

 でもなんでこんなに冷たいんだろう。台所は遠いし、冷蔵庫は自由には使えないはずなのに。

 ……ま、いいか。


 プシュー、カチャ――


 いい音。……お、美味い。ピーチか。

 暑いなかを来たぶん、余計に沁る。


 静かに休みながら飲んでいると身体中が冷えてきた。結構な量の汗かいてたんだな。


「先輩、オレここ来るまで本当に大変だったんですよ? 1人、バレそうになってはぐらかしてきましたから」


 先輩は……さっきから浮き足立ってウロウロしている。


「ご苦労なこっちゃな。それより、どうすんべ。もう少し休んでいくか? おらはもう飲んどるけぇ準備万端ぜ」


「うし、それならもう行きましょう。すぐ飲み切りますよ」


 もう炭酸も緩いので、ぐいっと飲み干す。

 何のためにここまでして来たか、もちろん遊びのほうが優先だ。


「タダシ起こすのも嫌で、電気さ切るど」


 壁に向けた懐中電灯を切り、また真っ暗の世界に変わる。

 今度は目が慣れるのが早い。


 鉄平先輩が腰を屈め、ベッドの下から何やらガサゴソ両手で引き出している――あ、靴だ。

 丁寧に新聞を下に敷いて。しかも2足、オレの靴まで……


「きれいに置いてくれてたんですね。先輩、それ、オレが運びますよ」


「お、おめぇもこげなときは気がきくっぺな」


 先輩に場所を替わってもらい、靴を載せたまま新聞の両端をゆっくり持ち上げる。


 そろり、同級生のタダシが眠る前を通りすぎる。

 絶対に起こしてはいけない。


 冷房はむしろ効き過ぎのはずが、身体が熱くなってくる。

 身体の細かな動きを抑えるためエネルギーをつかうんだろう。


 ……そっと新聞を、窓の下へ置いた。


 幸いにも、棚や家具で窓が隠れているわけではない。

 外へ出やすいだろう。


 安心して、先輩に合図を送ろうと振り返ろうとしたとき――


「――早よ出るべっ!」


「うわっ! ブボッ!」


 オレの肛門も誤爆した。


 先輩、真後ろにつけてたのか。


「おめぇ、屁ぶっこいてんじゃねえべ! タダシが起きたらどうすんべか!」


「シッ! (あなたがいきなり大きな声だすからですよ!)」


 恐る恐る、タダシを見てみると……目が半開きのまま爆睡している。これなら心配なさそうだ。


 新聞を極力鳴らさないよう、丁寧に靴を履く。


 これで、ゆっくりと窓の鍵を引き下ろしたら……窓と網戸を引き開ける。


 ゴトゴトゴトゴトゴト――

 スタタタタ――


 もちろん、外は蒸し暑い。


「(先輩、ぼく先に行きますね)」


 硬い股関節をひねりあげ、ぐっと桟に足をかけると、そこに力をいっぱいに掛けて踏み上げる。身体が持ち上がったら、もう片方の足を抜き出す。その勢いのまま外へ飛び出し、土を踏んだ。


「――ふーっ」


 額をぬぐう。風も吹かない夏の夜。

 見渡すところで暗いだけだが、上見てみれば星が散る。


 ゴトゴトゴトゴトゴト――ドンッ。

 スタタタタ――タンッ。


 先輩も出て来た。窓を閉めてくれる。


「よし、社ヶ池の公園いくべ。まだ気緩めるな? 大声出すでねぇど」


「うっす」


 いかにも、この人にだけは言われたくないが。


 目の前にあるのは、寮の建物と同じくらいの背丈の高いフェンス。上に有刺鉄線までついており、丸坊主たちが住むこの寮を一円に取り囲んでいる。近所から監獄と呼ばれる所以だ。疲れているときにこれを越えるのもしんどい。


 玄関の方まで回り、ガラリと開いたままの正門を通りそそくさと出た。

 セキュリティという概念は、これだけ街を外れたところに住む人々の辞書に存在しない。


 ――まだ静かに。寮が視界から切れるまで、声はひそめて。


 じっとりと汗が肌にまとわりつく。

 電柱の街灯にはハエがたかっている。


 暗い方や藪の方には目を向けず、足早に進む。こんな時間のこんな街外れ、車が通りもしない。

 こうして”白線落ちたら負け”ゲームをやっていれば暇つぶしになる。




「おいユタカ、何を下ばっかり見とるべ。もう着いたっぺよ」


 しばらく白線を辿り続けていると、いつのまにか社ヶ池の前の公園まで来ていた。

 ここまで来れば声を出して話せる。


「ああ、着いてたんですね。でも、もういい感じの時間だと思いますけど……あいつまだ来てませんね」


「んだ。これは確実に、集合時間過ぎちょるべ。ありゃ、今日はあいつの“先輩大感謝デー”になりそうだべな! あいつもこんだけ忠義に厚いっちゅうんは、ひとつ見どころある男だべ。ユタカ、おめぇも見習わんとあかんぜよ?」


 あれだけおしゃべりな先輩もここまで静かについてきたからだろう、我慢していた分だけ淀みない話しぶりになっている。ここは好きに話させておくが吉だ。


「あ、鉄平先輩、オレ、アイス食べたいです!」


 道路を挟んだ向こう側、暗闇に明るい光を放つのは――たばこ屋前のアイス自販機。


「ん? アイス食いてえか? おめぇ、しょうがねぇな。お前だけ先輩の前で食べっと申し訳ない気持ちになろ? 見過ごせねぇけぇ、仕方なくオレも食べてやるべ。ちゃんとオレに感謝せえな? ま、どうせケエタロウ持ちだべな」


「お、いいんですか! 遠慮なくゴチになります! それじゃ、キャラメルチョコレートがいいです!」


 尻ポケットから財布を取り出しながらオレと一緒に自販機までいく先輩。


 自販機の前まで着くと、まぶしさに目がやられる。


「んだ。おめぇの先に買え」


 ――ウィーーッ。


 先輩が自販機の前へ行きお札を入れると、場所を譲ってくれた。


「キャラメルチョコレートは……あ、キャラメルバニラならあるのか。これでいいや」


 ピ――ゴガンッ――


 狭い取り出し口とカバーに手を挟まれながら、どうにか三角のアイスを取り出した。


「お次どうぞ、先輩」


「んだ」


 ピ――ゴガゴンッ――


 カチャッ――カラン、チャキン、チャキン。


 レバーを下げておつりが落ちる。


 腰を曲げておつりとアイスを取り出した先輩……水色、シンプルにソーダ味。

 三角コーンだけじゃなくてパックに入ったタイプもあるのか。


 ……オレも溶ける前に食おう。


 ペリペリ――


 てっぺんの蓋のゴミは、そっと排水溝へ押し込む。


 側面の剥がし口を開けたいが……爪が短すぎて取れない。


 カリカリカリ――お、めくれた。


 ビリリとゆっくり……うわ、もう溶けてるじゃないか。側面の紙が上手く取れない。厚手の紙で剥きにくく、おまけにアイスが紙に引っ付く。


 これじゃ食べられない。強引に引き剥がそうとすればコーンが崩れてしまうだろう。


 せっかく奢ってもらっておいて、もったいないことをした。んん、気持ちは山々だがこれじゃダメだ。


 ……ええい、もう勢いで取っちまえ!


 ――ビリリッ!


 ああ……頭が全部取れちまった。


「でも紙をめくれば頭も食えるか」


  手をベトベトに汚しながら紙をとる。


「……う」


 小学生ぶりに食べたけど、こんな甘ったるかったけか。

 ヌッチャヌッチャ――口のなかにまとわりつく。


 完全にハズレだな。


 そんで残った本体の方はといえば、紙がぴったり張り付いて絶妙にコーンが抜けない。コーンだけ掴もうとしても紙が首元まで襟を詰めている。


 ……なかなか掴めない。


「……んああああ! こん畜生め!」


 もう食わねえ! こんなもん二度と食わねえ!

 自販機ごときでアイスなんて売ってんじゃねえ!


 こんなもの、立ちションついでに捨ててやるわ!


「先輩、ちょっと小便してきます」


「急になんだおめぇ、そんな叫んで。はよ向こうでしてこい」


 先輩は――手も綺麗なままだ。

 あとの祭りだが、こういう自販機で買えるアイスってのは、パックタイプが便利みたいだ。

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