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マッスル万歳

 倒れたマゲに、静かに歩み寄るマザー。顔の皺がむっと深くなった。滲む怨念。目も歯も剥き出す、さながら鬼の顔。あんなに血管って浮き出るもんなのか。だいぶまずい。本当に死人が出るぞ。――とはいっても、マゲもあれだけ分厚い脂肪をまとってるんだったら、衝撃吸収してちょうどマッサージくらいにはなるかもな。よっしゃ、マザー、いってやれ!


 ――ッッ!!


 マザーに目を取られていて気づかなかった。衝立の影から白髪の薄い、背の曲がりかけた爺さんが無音で現れると、なんとマザーの方へすり寄っているじゃないか! まずい、目が見えていないか、マザーの振り上げた手に直撃してしまう位置に入ってしまっている。


「爺さん、危ない!」


 マザーが挙動に入ろうと腕を引いたときだった。


「ヒッッコーォ――ッッ!!」


 ……え? あんなに細い腕で? マザーのぶっとい腕の振りを……止めた!?

 ヨレヨレの爺さんが、ふた回り大きな相手の動きを……⁉


 現実か? 骨が浮き出た手首で、隆々の剛腕をどうにかできるものなのか?


 マザーも目を丸め、爺さんを見ている。


「ンンッ! ンンッ!!」


 振りほどけない。爺さんの身体、あれだけ細ければ吹き飛んでもおかしくないはず。

 あれ、むしろ躍起になってるマザーの力を受け流してるだろ。どんな力でもやり込められない。柔の道を極めた動き。本能でわかる、あれは逆らってはいけない人だ。


 マザーもさすがに困惑し出した。離れない爺さんを嫌がっている。あ、とうとう爺さんの腕を振り払って――というより爺さんが緩めたように見えたが――眉を歪めて駆け出ていった。爺さん、追いかけないのか。それどころか全く息も上がっていない。一体何なんだ、あの風格。


 ――あっっ!! あの爺さん、よく見たらワン会長じゃないか!!


 寝転がって短い手足をジタバタさせるマゲに近づき、声を掛けている。大胆な身のこなしに反し、声はか細くて聞こえない。おいマゲ、おまえ自力で起き上がるのも難しいだなんて、もうちょい痩せたほうがいいと思うぞ。たぶん、その脳みそにも炎症起こってるだろうし。


「うわー、会長、ほんっと申し訳ありません。助かりました! せっかくお食事に時間いただいてたのに汚れ仕事までさせちゃいまして……ささ、難儀も去りましたし部屋に戻りましょう。お詫びといっても足りませんけども、よければ一級品の赤ワイン開けますよ」


 会長、チョンマゲと会食してたのか。――ステーキ屋の店長と? こんな夜中に?


 連日この店に入っていると聞くと、会長の御用達なのか。まさかいつもチョンマゲばかりと食ってるわけでもないだろう……けど、目撃情報はここばっかりなんだよな。


「なあ慶太郎、ワン会長が最近この辺うろついてたりこの店に通ってたりするの、お前の父ちゃんが無関係で全く知らないってことはありえないだろ? あの人がここで何やってるか知らないのか?」


「んん……ユタカ、そういう話はここで出来る話じゃないからさ、また食べ終わって外に出てから話すよ」


「おう、わかった」


 先にマザーに立ち向かい殉死したスタッフも別のスタッフに助けられながら起き上がり、ケツを抑えながら裏に引っ込んでいく。鉄平先輩は……まだ食べてるのな。


 ぽつりぽつり、おっさんのデカい笑い声や下品なギャルの笑い声が聞こえだし、何事もなかったように、また店内に活気が戻ってくる。人間の“普通”への執念は、すべてをどんなカオスからも揺り戻す。


「こちら、贅沢黒毛和牛ハンバーグ300グラム、トッピングはぁ、炙りぃっチーズゥ。そして、同じくこちらぁ、元気MORIMORIステーキ1キログラム、トッピングはぁ同じく炙りチーズゥ。おふたつ、4番テーブルまで、ITTERASSHAI!!」


「「「いってらっしゃい!!!」」」


 あ、その番号、ウチのテーブルだ。聞き間違いじゃなければ、ふたつ両方に“炙りチーズ”がトッピングされてたよな……てことは!


 ――お兄さんだ。小ぶりの肉の載ったプレートと大きめの肉のプレートを両手に持ってきた。鉄平先輩の肉を運ぶのに比べて嘘みたいに速い。


「失礼しまーす。こちら、ハンバーグのお客様は? ――はい、鉄板のほう熱くなっております」


 うわぁ、めちゃくちゃいい匂い。美味そう。チーズいい感じだな。


「そして、こちらが元気MORIMORIステーキ1キロですね」


 ついに――!!


「来たあぁぁ! 炙りチーズだあぁぁ! これだよこれ、こういうのだよ! お兄さん、本当ありがとう!!」


 嬉しさ余ってお兄さんと握手しちゃうもんね。


「えへ、良かったです。遠慮なく食らいついちゃってください!」


「いただきます!!」


 ……美味いっ。美味い! 美味いッッ!!!


 待ちに待った理想のステーキ。苦労を重ねてありつけるメシってのは、こんなにも美味いのか。苦労と空腹、これが最高のスパイスなんだ。


「シェフも初めてステーキにチーズ載せたみたいなんですけど、お客さんに喜んでもらえたなら何よりです!」


「チーズ、ステーキに載せてもらえて良かったじゃんよ。ここの肉、値段の割にかなりいいもの使ってるんじゃない? 美味しいね、大当たりだよ」


 舌の肥えた慶太郎も言うから、ますます美味く感じる。


「っかー、食った食った。ほんと美味かったべ! ここ、今度からも来るといいべな! もちろん金はケェタロが払うけんどな! しょうがないべ、日ごろ先輩に世話になっちょるけぇごちそうしたい言われたら奢られてやるのが男だべな」


 先輩。だから、奢られる――さすが鉄平先輩の美しい論理。もちろん、慶太郎は一言たりともそうは言っていないのだが。


 そうして最後は和やかに、美味い肉をたらふく食べたオレらは、気持ちよく店を出た。





「なあ、慶太郎。ワン会長がここ来てる理由ってのを詳しく聞かせてくれねえか。あの人を地元で見れるってのは、野球やってる身としては面白いことだけどよ。理由がわからないと気持ち悪いったらありゃしない」


「説明するよ。でもさ、先に昔川神社に登ろうよ。すぐそこじゃん。このあたりだと夜中でも人気があるから話しにくい。あそこまで行けば静かで説明もしやすいからさ」


 ああ、昔川神社か。あそこ近場なのに滅多に行かないな。初詣で小さいころ行ったきりだ。


「わかった、登るか。先輩、腹ごなしに神社に登りますよ」


「神社? なんでわざわざ登るべ。疲れるでねぇか」


「鉄平さん、後で“お車代”出すっすよ。よろしくっす」


「んだ、野球を上手くなるために寝る間も惜しんでトレーニングを積む。立派な心掛けだべ」


 そうして小高い山の上に立つ昔川神社へ向かうことになったオレら。

 なぜかは教えてくれないが、話すのにあそこが都合がいいらしい。


「はあ、はあ、はあ。ま…はあ…だ、まだ、あー。まだまだ…あるな」


 普段から走り込みをサボっているのがバレバレだ。


「おいユタカ、おめぇもこれくれぇの階段なんぞ軽く登れねぇと男でねぇべ! ほれ、ウサギ跳びで行くくらいの根性見せんかい! 大会で勝てねぇべよ!」


 もうそんなとこまで! というか、先輩の言う大会ってボディビルの方でしょうよ! オレそんなんに出るわけじゃないですから! ほんとに、この人どれだけ馬力あるんだよ。


「こういうときは……はあ、はあ、ゆっくり上がるしか、ないよ」


 こいつ、軽音部のくせしてオレに負けない体力してやがる。


「ふーーっ。ユタカってスタミナ無いんだね。ぼくと変わんないじゃんよ」


「おまえが軽音部なのにあり過ぎるだけだろ!」


 軽音部に負けてたまるか! 意地でもオレが勝つ!


「ホイ! ホイ! オイ! ウイ! ヨイサ! ヨッコイショ! ウンコラショ!」


「お、ユタカも気合い入ったべな! うっしゃ、一気に登りきるっぺよ!」


「先輩にも、はあ、ま、はあ、負けませんよ!」


 この野郎っ! オレが負けるもんか! ――うお、あぶねぇ! クソッ、段差がバラバラだと疲れるし登りにくいだろ! 神社は金もってんだから整備しろ!


「よっしゃあ!オレが一番乗りだべ!」


「はあっ! クソ! 先輩のほうが早かったか」


「おう、お前もよう頑張ったべ! オレの後輩に認めちゃるわ!」


 じゃあ今までのオレって何なんだったんですか。というか、先輩、あれだけ一気に登ってきておいて息上がってないのな。この心肺機能、脚力――もうひとついえばアソコまで――この人は馬だ。



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