ある年のゴルフ全国大会で起こった出来事
武 頼庵(藤谷 K介)様主催『24夏のエッセイ祭り』参加作品です。
私は年に数回ゴルフをします。
学生時代は「ゴルフなんて環境破壊の最たるもの。俺は絶対にやらないぞ!!」って思ってました。でも、就職してしばらく経ち、仕事上の付き合いで、ど~してもしなきゃいけない雰囲気になり……。試しにやってみたら意外と楽しい。そんなわけで、年に数回ゴルフをする生活が、今に至るまで続いています。
ただし、『上手くなりたい』って強い希望はありませんので、普段全く練習はしてません。ですから、だいたい120とか平気で打っちゃうんですけどね(笑)
さて、ゴルフなんかしてると、面白い(?)場面に出くわすことが色々とありました。今日は過去にゴルフ場で見かけた、とある出来事について語っていきたいと思います。
もう10年以上前になりますが、私はある学校のゴルフ部を指導していたことがあります。
なお、『指導』と言いましたが、技術面での指導ではありません。先程お話ししたとおり当時の私のベストスコアは122(※現在は108)でした。それに比べて生徒たちの中にはシングルプレーヤー(※ベストが+9〔81〕以内)がゴロゴロいるのです。私が技術の『指導』などしようものなら、逆に生徒が下手になってしまいます(笑)。
ちなみに、ちゃんと技術面の指導が出来る大人もいましたよ(※顧問の先生ではなくボランティアとしてです)。でも、部員は20名以上いたんです。
残念なことに、ゴルフでは最大でも1組に4名しか入れないことになってまして、生徒二十数名をきっちり監督しようとしたら、6~7人は大人が必要になってきます。そんなわけで、上手な人達だけでは手が足りず、下手っぴの私なんかでも『安全確認役』として重宝されていたと言うわけです。
※ゴルフ場の好意で、自分はプレーせずに同伴させていただいていました。普通は許可してもらえませんので、その点は御注意を。
こんな、生徒より下手な私が、一体何を指導していたのか?
それは、礼儀やマナーについてです。
『コース上の穴は自分が開けたものでなくとも、砂を入れて埋める』
『先が詰まっているとき、全員グリーンに乗ったら後の組を先に打たせる』
『最初と最後はきちんと挨拶をする』
『クラブハウス内では帽子を脱ぐ』
『洗面所を使ったら、飛び散ったしずくを備え付けのタオルで拭き取る』
生徒に同行しながら、こんなことを教えて歩いたものです。
仕事の合間を縫って、時々生徒たちに同伴してゴルフコースを歩く。そんなことを繰り返していたある日のことでした。自分が指導(?)した生徒たちが全国大会への出場を決めたのです。
これは己のことのように嬉しかったのを良く覚えています。
私たち指導者(?)仲間は、揃って応援に駆けつけることにしました。
そして行われた全国大会。そこでも生徒たちは大活躍をし、見事入賞を果たすことが出来たのです。
「入賞した」と言うことは「表彰される」と言うことでもあります。教え子(?)の晴れの舞台を見ようと、帰りの便を遅らせて、私たちは表彰式を見守ることにしました。
その日は一日快晴でした。刺すような夏の日差しが降り注ぐ中、全国大会に参加した全ての生徒たちが、クラブハウス前の広場に整列していきます。
ゴルフの全国大会は中学校・高校一緒に行われますので、かなりの人数が集められていました。しかも、この年は高校の部に、後にプロで活躍することになる有名選手が参加していましたので、マスコミの数も多く、クラブハウス周辺は、かなりごった返していました。
生徒たちが整列に時間が掛かったのか、役員が遅れたのか、準備に手間取ったのか、理由は不明ですが、閉会式・表彰式は予定よりだいぶ遅れて始まりました。しかも、増えたマスコミを意識してか、こんな炎天下だというのに、来賓や関係者の挨拶が長いこと長いこと。
私たち観客も運営側の不手際に呆れていたとき、その事件は起きました。
ドスン
大きな音を立てて、列の中央付近に並んでいた1人の女子選手が倒れたのです。
「キャー!」
悲鳴が上がります。その瞬間、何人もの男たちが駆け出しました。
そして、倒れた女の子を取り囲むと……。
一斉に写真を撮り始めたではありませんか。
呆気にとられる私たちの前で、パシャッ、パシャッ というシャッター音だけが大きく鳴り響きます。
さらに、人の列をかき分けて、テレビカメラも接近してきました。そして、マスコミの方々は、何ら救助行為を行わぬまま、ひたすら倒れている彼女を撮り続けるのでした。
周囲は何をしていたのか?
実は、近くにいた顧問の先生(?)や男子生徒たちが駆け寄ろうとするシーンも見られました。しかし、傍若無人なカメラマン達に阻まれて近づくことができません。
大会本部は、と言うと、本部席が低い位置にあったためか、最初は何が起こっているのか、全く把握出来ていない様子でした。
私たち観客が一番俯瞰的に物事を見られていたのかもしれません。しかし、会場は無関係な人間が入れないよう、ロープで囲われていて、警備員も立っています。こんな状況では、我々は近づくことすら叶いません。
周辺が騒然とする中、担架が到着したのは、マスコミから遅れること数分後でした。間もなく救急車も到着し、倒れた女子選手は、やっと病院に搬送されていったのです。
なお、幸いなことに、彼女は大事には至らなかったようでした。
なぜ、無関係の人間にそんなことが分かるのかと言うと、その日のニュースや新聞で彼女が話題に上ることが無かったからです。
あれだけ写真や映像を撮っていたのです。山ほど材料があるのですから、何かあったとしたら取り上げないはずがありません。取り上げないのは『何も無かった』からでしょう……。
このシーンを間近で目の当たりにした生徒たちは、皆、口々に「とても勉強になった」と言っていました。
一つは、何か起きたときに自分の判断で動くのは難しいということ。もう一つは、“真実”はどのようにして切り取られるのか? ということを目の前で実演してくれたマスコミの怖さについてです。
その後、生徒たちは卒業し、私自身も数回の転勤と引っ越しを経て、今となっては縁も遠くなってしまいました。思い返せば、もう10年以上会っていませんが、彼らはきっとあの経験を糧に、しっかりとした大人に育ってくれていることと思います。
自分から進んで動ける。そして、他人の言葉を鵜呑みにせずに、一度立ち止まって自分の頭で考えられる大人に。