8 親友の忘れ形見
レオナルドとゼットが騎士寮の食堂で向かい合って座っていた。
先ほど二人は大浴場で汗を流してきたところだ。
そこへやってきた部屋着の男が二人を見て笑う。
「おじさん二人でミルクですか」
「ジュードか、久しぶりだな」
ジュードは耳の上で切り揃えたダークブラウンの髪を掻き上げてレオナルドの隣に座った。
誰から見ても爽やかな好青年という風貌で、ゼットも初対面の時から好感を持っている。
「お久しぶりです。ゼットさんが騎士寮にいるなんて珍しいですね」
「私が呼んだんだ。たまには一緒に風呂でもどうかと。明日討伐隊に参加するオーフェンのこともあったんでな」
「無理を言ってすまない」
ゼットは二人に頭を下げた。
「あいつの身は俺が保証する。剣の腕も騎士に劣らないと思ってくれていい」
ゼットがそう言うなら間違いないだろうと二人は頷いた。
少数精鋭の部隊に一人でも足手纏いがいると隊全体を危険に晒すし、新参者に背中を預けられる騎士はいない。
ゼットは自分がとんでもないことを頼んでいることは承知していた。
「あいつには顔合わせも兼ねて騎士寮に泊まれと言ったんだが・・・聞かなくてな。明日直接東門に集合するそうだ」
「まぁ。大事な日はいつもと同じルーティンにしたいですしね」
と言ってジュードはグイッとミルクを飲んだ。
隣でレオナルドも同じタイミングでミルクを飲んだので「親子みたいだな」とゼットは心の中で笑った。
「明日はジュードが討伐隊の隊長を務める」
「そうだったな。オーフェンをよろしく頼む」
「こちらこそ。それで、その方を推薦した理由を聞いてもいいですか?」
ジュードが尋ねるとゼットのミルク瓶を持つ手に力がこもる。
「あいつは、あの日に妻と息子を殺されてな」
「・・・そうだったんですね」
兵士や騎士の中には16年前の竜災で家族や友人を亡くした者も少なくない。
ジュードもその一人だ。
「その時に約束したんだ。いつか仇打ちをさせてやるってな」
「でも、あの時のドラゴンかどうかは・・・」
「そうだな。似ているとは言われてるが・・・」
二人が黙り込んでしまったところでレオナルドが口を開いた。
「16年前、ドラゴンと間近で対峙した者が部隊に参加している。槍術士団長のマシュー・ランドールだ。彼が見たらわかるかもしれない」
「そうか!それはオーフェンにとって吉報だな」
レオナルドとゼットを食堂に残して寮の私室に戻ったジュードは、早速荷造りを始めた。
明日出発したら戻ってくるまでに少なくとも7日はかかるだろう。
下着を棚から数枚取り出して無造作に鞄に詰めていく。
棚の上に飾ってあったぼんぼん人形が一つコテンと倒れたのに気付くと、ジュードはそれを手に取ってベッドに腰を下ろした。
ジュードは幼い頃から街の道場で剣を習っていた。
「将来は騎士になって、父さんと一緒に王様を守る!」といつも母に言っていた。
たまに帰ってくる父に稽古をつけてもらうと「お前には剣の才能がある」と言ってとても喜ぶので、さらに剣の修練に身が入った。
しかし、ジュードが10歳の頃に父が竜災で亡くなり、目標を失ったジュードはしばらく塞ぎ込んだ。
剣の修練もしなくなった。
それから数ヶ月が経った頃、王都から知らないおじさんがジュードに会いにきた。
その人はレオナルドと名乗った。
お城の騎士で、父の友人らしい。
父がよくジュードのことを褒めていて「息子が騎士になったら一緒に酒を飲むのが夢だ」と言っていたという。
それを聞いた母は声を殺して泣いた。
おじさんは帰り際に青色のぼんぼん人形をジュードに渡した。
このぼんぼん人形は毎年父が買ってきてくれた人形だった。
まだ青色を持ってないのをおじさんは知っていたのだろうか・・・。
ジュードはまたいつかあのおじさんに会いたいと思った。
(本当に僕が騎士になってレオナルド団長と働くなんて・・・)
ジュードはふっと笑みを溢して、青いぼんぼん人形を鞄の中に忍ばせた。