5 動き出した時間
16年前の竜災のシーンがあります。
災害などが苦手な方は読むのをお控えください。
すっかり陽が落ちた頃、飲み屋街から一本入った路地裏を一人の大男が歩いていた。
茶髪坊主のサイドにはラインが2本入っていて、腰には木刀をぶら下げている。
こんなところでサシですれ違ったら命の危険を感じる風貌だ。
男は足を止めると、店か家かわからない建物にスッと入った。
カランコロン
「よう!エレノア姉さん」
中はL字型のカウンターとテーブル席が2つだけのこぢんまりとした飲み屋だった。
「おや、久しぶりだねぇ。ゼット」
奥から顔を出したのは体格のいい女性だ。
「今日は貸切で頼むわ」
ゼットはカウンター席にどかっと座る。
「貸切なんかにしなくても誰も来やしないよ」
確かに夕飯時だというのに店内には客一人いなかった。
「隊の奴らがたまに来るだろ?」
「あいつらが来るのは給料日くらいだよ」
と言ってエレノアは豪快に笑った。
「大事な客でも来るのかい?」
「あぁ。大事な男が来るんだよ」
「おやまぁ!そっちもいけるようになったのかい!」
エレノアはゼットの肩をバシバシ叩きながら笑っている。
カランコロン
二人が入口を振り返ると兵士服の男が立っていた。
オレンジの短髪はボサボサで、顎髭は何日も剃っていないようだ。
ゼットには劣るものの、こちらも随分と体格がいい。
「ゼット団長、お疲れっす」
「おう、来たかオーフェン」
二人は奥のテーブルに移動した。
「エレノア姉さん、ビール2つ!あと適当につまみを出してくれ。飯は話が終わったら頼むよ」
「あいよ」
エレノアは返事をすると店の扉に鍵をかけてカウンターに入った。
「オーフェンはここ初めてだったな」
「そうっすね」
「ここは大事な話の時によく使ってる。エレノア姉さんは元兵士でな。俺の先輩だ」
「・・・どおりで体格が」
ベシッ
オーフェンは叩かれた額をさする。
「今日ドラゴンが城を襲撃したのは聞いたな?」
「はい。さっきライリーから聞きました。すみません対策会議に出れなくて」
「新人教育で隣町に行ってたんだから仕方ないだろ」
「そうですけど、こんな大事な時に・・・。今日現れたドラゴンって、16年前の奴ですかね?」
オーフェンが真っ直ぐな目で尋ねるのでゼットは思わず目を逸らした。
「どうだろうな・・・目撃者が少ないから何とも言えないが、似ていたという奴もいたな」
「そうですか・・・。それで、俺を呼んだのは」
「レオナルド騎士団長がすぐに騎士数名を追跡に出したんだが、さらに討伐隊を送ることになった」
「・・・それに俺が食い込めるんですか?」
「あぁ。俺が推薦した」
「感謝します・・・。それで、いつ出発ですか?」
「明後日の明け方だ。だから明日は騎士寮に泊まってくれ」
「マジっすか?俺家から通いたいから兵士になったのに」
主に王族を守るのが任務の騎士たちは城にある騎士寮に住むのが原則となっているが、街の警備が任務の兵士は家からの通いが一般的だ。
家が遠い者や単身者の希望があれば兵士寮に住むことも出来るようになっている。
「一日くらいいいだろう」
ゼットは呆れた顔で頭をかく。
「え〜俺枕が変わると寝れないんすよね」
オーフェンがぶつぶつ文句を言っているところに、エレノアがビールとおつまみを持ってくる。
「とりあえず、乾杯するか」
「そうですね」
「「乾杯」」
二人は一気にビールを喉に流し込んだ。
そしてすぐに揚げたてのチーズを放り込む。
サクッとしてからとろりとしたチーズが口の中に広がった。
「うまい・・・」
ゼットは気が抜けたように呟いた。
緊急会議から各部隊への通達、兵士団でのドラゴン対策会議など、今日は怒涛の一日だった。
「ゼット団長はメンバーに入ってないんですよね?」
「あぁ。俺は街の警備強化にあたる。またドラゴンが現れるかもしれんしな」
「でも・・・よく俺が討伐隊に入れましたね。俺以外は騎士でしょ?」
「そうだ。騎士団の剣士、弓術士、槍術士と今回は神官4名で編成された魔導士団も加わる。精鋭揃いだぞ」
「そこへ俺がよく入れましたね・・・」
「お前も一応は兵士団の第一部隊長だからな」
オーフェンは約500名の兵士を束ねる第一部隊長だ。
20歳の頃に兵士団の入団テストで剣技試験をトップの成績で通過した強者で、本来なら騎士として活躍できる男だが、もうすぐ結婚するので寮には入りたくないと言って騎士団からの推薦を断った。
そうして兵士団に入ったオーフェンは、すぐに結婚して子宝にも恵まれた。
しかし、今から16年前、26歳の時に一匹のドラゴンがこの街を襲撃したことによりオーフェンの人生は狂ってしまった。
その日の朝、妻と息子は「中央広場で開かれるぼんぼん祭りに行く」と言ってはしゃいでいた。
仕事が終わったら合流すると言ってオーフェンは家を出たが、二人を見たのはそれが最後になった。
竜災による死者は2000人にのぼり、ほとんどが祭りの参加者だった。
ドラゴンの火炎はとてつもなく高温で骨すら残さない。
被害者の多くが行方不明者として数えられ、オーフェンの妻子の亡骸も見つかることはなかった。
それからオーフェンは人が変わった。
毎晩飲み歩き、遅刻や欠勤を繰り返すようになり、ついには隊員たちとの乱闘騒ぎを起こした。
オーフェンが退団に追い込まれた時、当時第一部隊長だったゼットが兵士団長に掛け合ってどうにか退団を阻止した。
3ヶ月の謹慎処分になったオーフェンはそれから家に閉じこもった。
「ゼット団長いいましたよね。家族の仇は取らせてやるって。ドラゴンを必ず見つけ出すって」
あの時、オーフェンの家の扉を蹴破って入ってきたゼットの姿を思い出す。
「そうだったな。あれから16年か・・・」
「俺、ずっとこの時を待ってましたよ」
オーフェンが泣きそうな顔で笑った。
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コンコン
「失礼します。ルーファス様、こちらでしたか」
「あぁ・・・・約束の時間だったか」
「いえ、私が早く来てしまっただけです」
「そうか・・・・」
ルーファスは蝋燭を一本灯しただけの薄暗い部屋にいた。
レオナルドもルーファスの隣に立って肖像画を見上げる。
「あいつは16年前のドラゴンだと思うか?」
ルーファスの質問にレオナルドは戸惑う。
「私は今日現れたドラゴンを見ていませんので。何とも・・・」
「瞳は太陽のように赤く燃えていて、角が頭の左右に4本生えていた。黒くて禍々しいドラゴンだった」
レオナルドはしばらく黙り込んだ後、重い口を開く。
「16年前のドラゴンに酷似しているかと・・・」
その日、ルーファスは子供の日を祝う「ぼんぼん祭り」に当時第一王妃だった母アメリアと共に参加していた。
ルーズベルト王も参加する予定だったが、第二王妃レオナが産気づいたということで、城に残ることになった。
二人は中央広場に特設された王族席に座り、歌や踊りなどの催しを楽しんでいた。
陽が落ちて、祭りの盛り上がりが最高潮に達した時、突然「ゴォォォォォォ」という音が聞こえてきた。
数秒後、遠くの方から絶叫が響き渡り、周りにいる者たちが騒めき始める。
地響きのような音がどんどん近づいてくると、後ろにいたレオナルドが二人の側に寄った。
「何かが起きています。ここは危険です。行きましょう」
アメリアは迷わずスッと立ち上がるとルーファスの手を取った。
レオナルドは二人を連れて天幕から出ると、人でごった返す大通りを避けて横道に入った。
直後に後ろから付いて来ていた騎士たちが炎に呑み込まれ絶叫をあげる。
アメリアは咄嗟にルーファスの顔を抱き寄せた。
レオナルドが何かの視線を感じて空を見上げると、黒いドラゴンが上空を旋回していた。
一瞬目があったのは気のせいだろうか・・・。
「レオナルド!ルーファスをお願いします!」
アメリアはルーファスを抱き上げてレオナルドの胸に押し付けた。
「走りなさい!私は足手まといです」
レオナルドはドレス姿のアメリアを見下ろした。
「しかし・・・」
「行きなさい!ルーファスを死なせることは許しません!」
そう言うとアメリアはドレスの裾を持ち上げて中央広場の方へと走り出した。
「アメリア様!!」
レオナルドが叫んだが、すぐにアメリアは炎の中に消えてしまった。
「母上!!」
ルーファスがアメリアを追いかけようとして腕の中で暴れまわる。
それを両腕で押さえ込んだレオナルドはルーファスを抱えて無我夢中で走った。
レオナルドの肩越しにルーファスが空を見上げると、ドラゴンと目が合った。
燃え上がるような赤い目と・・・。
「あぁ。間違いなくアイツだった・・・」
アメリアの肖像画を見つめるルーファスの目に暗い光が宿った。