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1 成人の儀




コンコン


「レオです」

「入ってくれ」


ルーファスは入室を許可すると、ペンを置いて席を立った。

ゆっくりと開かれた扉から、ブロンドに少し白髪が混じった大柄な騎士が入ってくる。


「ルーファス様、お時間です」

「もうそんな時間か」

「こんな時までお仕事ですか?」

「レオに言われたくないな」


ルーファスが机の前に回ると、レオがまじまじと自分の姿を見ていることに気付く。


「変か?」

「いえ、お似合いです・・・。ついにこの日を迎えられたのですね」

「・・・そうだな」


ルーファスは純白の軍服に赤いマントを羽織った自分の姿を見下ろす。


「神殿に行く前に母上のところに寄ってもいいか?」

「・・・そうしましょう。まだ少し時間がありますので」


ルーファスの私室から出た二人は、隣の部屋にノックもせずに入っていく。

その部屋は、天気の良い朝だというのにカーテンを閉め切っていて薄暗く、空気が澱んでいる。

ルーファスは部屋のカーテンを開けて光を取り込むと、壁に飾られた女性の肖像画の前に立った。

少し微笑んだ長い黒髪の女性はいつ見ても綺麗で、そして歳を取らない。


「母上、今日私の成人の儀が行われます。どうか見守っていてください」







*************************







「エミリー様、お綺麗です!」

「エミリー様、素敵です〜!」


すれ違う騎士や侍女たちがもれなく声をかけてくる。

エミリーは父譲りのブロンドを綺麗に結い上げて、光沢のある薄いイエローのドレスに身を包んでいた。

正装するのは久方ぶりなので、なんだか恥ずかしい。



関係者入り口から大神殿に入ると、来賓たちが中央に敷かれた赤い絨毯の両側に綺麗に着席していた。

エミリーはお付きの侍女と別れると、王族席にいたロバートの隣に座る。

ロバートは濃紺のタキシードを着て、ふんわりしたライトブラウンの髪を今日はきっちりとサイドに撫で付けていた。


「遅かったな」

「女性の支度には時間がかかるものなの」


スカした顔で妹が一丁前なことを言うので、ロバートはクスクス笑った。


「レン王子に紹介しようと思ってたのに、残念だったな」

「レン王子?」

「ほら、あそこのブルーのタキシードの、ラナ王国の第一王子だよ」

(あ、聞いたことある。私と同じ16歳で史上最年少で魔道士国際機関カナスの幹部になったっていう・・・)


他国の来賓席に目を向けると、淡いブルーのタキシードを着ていて、女性のようなヘアスタイルの青年が目に入った。

ここから眺めていると、周りにいる貴賓たちの視線がレン王子に集中しているのがよくわかる。


「ラナは豊かな国だし、お前の婚約者にいいかと思ってさ」


ロバートが耳元で囁く。


「なっ!誰かに聞かれたらどうするのよ!」

「ぐふっ!」


エミリーは渾身の肘鉄を喰らわせた。




舞台に純白の神服を纏った神官が登壇すると、神殿内は静まり返った。


「今日のこの晴天の良き日にお集まりいただき感謝いたします。我がエンディーネ王国も建国1400年を迎え、かつてないほどの繁栄の時代を迎えております。他国や他民族との戦争は今や過去の遺物となりました。さぁ、この平和な世界の未来を担う青年を皆で祝福いたしましょう」


神官が両手を広げると、皆が一斉に後ろを振り返る。

大神殿の大扉が開くと、ルーファスはそっと目を閉じて一歩を踏み出した。

赤いマントを翻し、靴音を鳴らして歩む様は寛雅で、その姿に誰もが感嘆の息を漏らした。




成人の儀が終わると、来賓たちはラスール城の大広間に集まっていた。

エンディーネの貴族たちは、この機会に王族や他国の貴族たちと繋がりを持とうと画策している。

その様子を「大変そうだなぁ」とエミリーが他人事のように眺めていると、いつの間にか数人の男性に囲まれていることに気付いた。


「エミリー様!なんとお美しい!」

「息子が19歳になりまして、今度ご一緒にお茶でも」

「私のこと覚えてらっしゃいませんか?ロバート様の友人で」

「あの・・・わたくし・・・」


いろんな方面から同時に話しかけられて、エミリーがパニックになっていると、後ろから低く心地のいい声が聞こえた。


「失礼します」


エミリーがドレスを翻して振り返ると、青空のような双眼と目が合った。


「お初にお目にかかります。エミリー王女」


そう言うとレン王子は胸の前に手を添えて膝を折った。

その場にいた貴族たちが思わず息を呑んでしまう。

それぐらい綺麗な所作だった。


(なんで私に話しかけてきたの!?)

「これはレン王子、初めまして」


エミリーは動揺を隠しつつお辞儀を返す。


「この時期は薔薇が綺麗だと伺いましたので、庭園を見て周りたいのですが。よろしければご案内していただけませんか?」

「え?わたくしが?」

「えぇ。エミリー様がよろしければ」


笑顔のレン王子から無言の圧のようなものを感じる。


「よ、喜んで、ご案内いたします」


エミリーはレン王子が差し出した手にそっと手をのせた。

二人の後ろ姿を見送った貴族たちからは諦めの声が漏れた。




パーティー会場からテラスに出た二人は小さくため息をつく。


「「はぁ・・・」」

「あ〜助かった」

(ん?空耳?)

「ああいう集まりは苦手でな」

(空耳じゃなかった!)

「抜け出す口実になってもらった」

(なんかイメージと違うんですけど〜)


レン王子はテラスから庭園へと続く階段を一人で降りていってしまう。


(え?私置いてかれるの?!)


すると、レン王子が足を止めて振り返った。


「来ないのか?」


エミリーがちらっと会場を見てみると、野次馬たちがこちらを覗いているではないか。


「い、行きます!」


エミリーは慌ててレン王子の後を追った。




二人は青薔薇のアーチで出来たトンネルを抜けると、大きな噴水がある庭園に出た。

レン王子は薔薇をひとつも楽しむことなく、噴水を囲むように設置された長椅子にどかっと座ると、だるそうに背もたれに体を預けた。

後を追っていたエミリーもレン王子をチラチラと窺いながら隣に腰を下ろす。


「悪かったな。付き合わせて」

「いえ、私も居心地が悪かったので、抜け出せて良かったです」

「そうか?それなら良かった・・・」

「はい」


エミリーは兄のロバートとルーファス以外の男性とまともに会話をしたことがないので、話の広げ方がわからなかった。

とりあえずは失礼のないように相槌はしておこうと考えていると、レン王子が苦笑した。


「先に戻っていいぞ?俺は適当にここで時間を潰してから戻る」

「え?」

「お前、俺といるのも居心地悪そうだからな」

と言ってレン王子が目を細めると、エミリーの目が泳いだ。

「い、いえ、そんなことは・・・。ただ何を話せばいいのかわからなくて」

「ははっ!だからそれが居心地悪いってことだろ?」

「あ・・・すみません」


エミリーは立ち上がると、ドレスの裾を持ってお辞儀をした。


「では、先に戻らせていただきますね」

「あぁ。また抜け出したくなったら声をける」

「えぇ!?」

「冗談だ」

「・・・そうですか。では、失礼します」


エミリーは冗談を言われた時の気の利いた返し方も習得していなかった。




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