二十三話・天時ノア
帝国の中心、そこにぽつりと王城が建っていた。
今は夜だからか、昼間にはない妖しい雰囲気が王城にはあった。
そんなどうでもいいことを感じながら、アインとの合流を諦めたメシアは門の扉を開けて、真正面から乗り込んだ。
……その周辺にある、門番らしき人々の死体から目を逸らして。
「チッ……少し遅かったか」
悪態をつきながら、王城の敷地内をメシアは歩く。
そのまま玄関へ向かい、念の為にノッカーで扉を叩くが、当然のように返答は無い。
分かっていたとばかりに力を入れると、扉は何の抵抗も無く開いた。
「…………」
そこには、血の匂いがあった。
それも当然だろう。扉を開けた先には、沢山の兵士の死体があったのだから。
鋭い目で、メシアはそんな死体を観察していく
「……殆どが一撃で死んでいるな。真っ二つに斬られているのが殆ど……剣ではないな。ここまで綺麗に斬られるわけが無い」
そう、その死体の切り傷は、綺麗過ぎたのだ。
まるでなんの抵抗もなく、包丁で豆腐を斬ったかのように。
「…………」
なんとなくで上の階に行ってみることにしたメシアは、再び動き出した。
上の階にも、兵士の死体がそこらじゅうにある。
扉を開けていくつかの部屋を見てみるが、そこに生きている人間は一人も居ない。
そのままメシアは、王城の屋上までゆっくりと、一歩一歩を踏みしめるように歩く。
そして、屋上への扉の前にたどり着いた。
一度深呼吸をして、メシアは勢いよく扉を開けた。
ばぁん!と豪快な音を鳴らして、屋上への道を開く。
メシアが見る限り、そこに人影は存在していなかった。
ぱっと見れば、そこにあるのは血塗られた死体のみ……それでも、メシアは気づいていた。
「……そこにいるのはわかっている。天時ノア」
「──あれっ? バレちゃった?」
場違いに、明るい声がメシアの背後から聞こえた。
メシアが振り向けば、そこには一人の少年がいた。
そんな彼の声はまるで、公園で友人に会ったように穏やかだ。
だが、その声を発した少年の身体中についている鮮血が、その穏やかさを否定する。
金色のラインが入った白衣を着こなした、蒼髪の小学生ぐらいの身長をした少年……全ての特徴が、フェリの情報と一致する。
暗黒蓮華機関、神秘の到達者《怠惰》。
──天時ノアが、そこにいた。
■□■
「……お前が、天時ノアか」
「うん、そうだよ。それにしても、バレるなんてね……君、僕が思ってたよりも感知能力が高いんだね」
感心するような表情をするノア。
「それで……僕に何か用?」
「この王城の異常事態は、お前がやったということでいいんだな」
「うん、正解。それで?」
「"PROJECT・WORLD BREAKER"……世界を壊そうとしているのも、本当だな?」
「ん? あれ? どうして知って……あー、イフか。……余計な事しかしないねー、アイツも」
「……何故だ?」
メシアは、一つ一つの疑問点を解消するために質問を投げかける。
その疑問に対し、ノアは。
「綺麗なものが見たいんだ」
そんな、答えているようで答えていない言葉を言った。
「…………は?」
「じゃ、君……えっと、名前は?」
「……メシアだ」
「メシア……聞いたことあるね。どこでだったっけ……? いや、今はいいや」
ふと頭に指を当てて思い出そうとするが、すぐに諦めたのか話を戻す。
「それよりも、メシア。君にとって、綺麗なものとは何かな?」
「綺麗なもの……? ……水晶や月、それに夕焼けとかか?」
「ああ、それが一般的だ。それが普通だ。……でもね、僕からすれば違ったんだ。水晶なんて、二酸化ケイ素が結晶してできた鉱物、つまりただの石だ。月だって、輝石やカンラン石、斜長石、イルメナイトなどの鉱物が宇宙にあるだけ。夕焼けだって、赤い色の光の波長があるだけだ。……それのどこが綺麗なのか、僕にはさっぱり分からなかった。それどころか、その全てが僕にとっては醜くて目障りだった」
「……!」
自分の感じたことを話していくノアは、心底訳がわからないといった表情をしていた。
「だから僕には、綺麗だと思えるものが無かった」
それは、他者とは違う美的感覚に対する障害。
「だけどね……その中に、綺麗なモノがあったんだ。それはね、ものが壊れる瞬間だ」
「!!」
「人であれ、物であれ……価値あるものが壊れる瞬間、それはおぞましいほどの美しさを生み出すんだよ!」
これは、ノアの昔の話。
ノアは生まれたときから、美しいと思えるものが何も無かった。
他者が綺麗だと宣うものに、少しも共感することができなかった。
花にも、空にも、ノアには綺麗だという感情を抱くことができなかったのだ。
ノアにとっての世界は、醜いものしかなかった。
ただ、他の人は違った。自分が何も感じられないモノを、美しいだなどという。
最初は、ノアも周りに合わせて必死に"普通"を演じていた。
他者が美しいというモノを同じく美しいと嘯き、同調圧力に耐え続ける毎日。
だが、それにノアの心は耐えきれずに発狂した。
そうしてノアは、その時身近に居た父、母、弟を魔術によって殺害した。
ただ……そのときに、ノアは初めて綺麗という感情の意味を知った。
自分の手で家族が死にゆく瞬間に、美しさを感じてしまった。
それはノアにとっては"希望"だったのか、"絶望"だったのか……それは、彼自身にも分からないだろう。
「僕が初めて壊したとき、感動で涙を流したよ……これまで憎いとしか思えなかったこの世界が、とても愛おしく思えたんだッ! だから、だからッ! この世界を壊せれば、僕は感じることができるはずなんだッ! この世界で"一番"の美しさをッ! あっはははははははははははははッッッ!」
過去を振り返り興奮に顔を染めるノアに、メシアは憐憫と軽蔑の視線を送る。
「……それで? 私は何をすればいいんだ? 哀れだと言って泣き崩れればいいのか? それとも、腹を抱えて笑ってやるのが正解か?」
「はは、あははは…………は?」
「確かに、お前の欠陥には同情するよ。天時ノア、お前は哀れだ。……だが、それでもお前が大勢の人間を殺したことに変わりはない」
「……それなら、僕が人々の為に自殺でもすれば良かったとでも?」
「そうじゃない。お前が悪だろうがそうじゃなかろうが、私にとってはどうでもいいんだ。お前を放っておけば沢山の人が死ぬ。だから殺す。……それだけだ」
話は終わりだと言わんばかりに、メシアは銃を腰から勢いよく抜き取る。
「例えお前の方が正しかったのだとしても、皆の救世主になると誓った幼い私を、裏切ることはできないからな」
「そうかい。……なら、試してみようか。この不完全で歪な世界が、僕と君の、どちらを勝者と定めるか」
ノアの魔力が身体から溢れ出し、周りの空間を侵蝕していく。
その光景を見て、メシアは恐怖を誤魔化すように笑った。




