お前は誰だ
「た、助けて。三次ぃぃーー」
「待ってろ。今すぐ助けてやるぞ!」
「イヤァァー。や、やめてぇー」
「ラムに触るな!」
「あっ。あぁぁー」
「ラ、ラムーー!」
いや~な汗をかいて目が覚めた。
ラムが得体の知れない生物に追われていた。必死で後を追いかけたが間に合わず、どこかへ連れ去られてしまった。
こんな気持ちの悪い夢を見たのは初めてである。
昨日のメッセージといい、先ほどの夢といい、妙な胸騒ぎがする。
俺は銀河を縦横無尽に駆け巡る宇宙戦士サンジーだ。普段はとびっきりの頭脳を駆使して問題を解決している。だが、今回は直感が脳を支配していた。
「気になるな。河原へ行ってみるか」
本能だけで動いている俺は、登校する途中に河原へ寄ってみた。
メッセージは読めなかったが何やら危機迫る雰囲気があった。夢の中でラムが誰かに追われ、ちょっぴり切ない胸をサワサワされていた。この2つを重ね合わせて考えると、チージョ星で何かしらの事件が起こっている気がする。
草露をかき分け、体中をビショビショにしながら秘密基地へ辿り着いた。
そこには宇宙船が停泊していた。紛れもなくチージョ星の卵型宇宙船であった。
「やっぱり。ラムが来ているのか」
コンコン。
ノックしてみたが音沙汰はなかった。試しにもう一度ノックをすると扉がスッと開き、中からラム……誰?
宇宙船の中から男か女かも判別不可能なヒョロヒョロの奴が現れた。
ひょろっこいその野郎の肌は赤紫だった。頭部に髪の毛はなく、マスク的なモノで顔の半分以上を覆い隠している。口や鼻は見えず、目だけがギョロリと光っていてこちらをヤブ睨みしていた。
明らかに人間ではなかった。もちろんチージョ星人でもない。
ただ、何となくどこかで見た事があるような容姿である。
「お前は誰だ」
「ああぁ~ん?」
いきなり高圧的な態度を取られた。
俺はこう見えて温厚なタイプだ。滅多な事では怒らないし、常に誠実な対応を心がけている。初対面の奴に生意気な態度を取られても心はお釈迦様のように穏やかである。
「ああぁ~ん?じゃねぇんだよ。誰だって聞いてんだよっ!」
「……」
「日本語分かるか? 薄らハゲ」
「なんだとぉー」
どうやら日本語は分かるらしい。
「何者だっつってんの!」
「うるせーよ」
「ほう。なかなか反抗的な態度じゃねぇか」
「お前には関係ないだろ」
「ぶん殴られたいのか?」
「お前こそ何者だよ」
「俺は地球人だ」
「俺はチンカースバロ星人だ」
「チンカ……ス?」
ギャハハハ。ち、ちんかす!
思わず笑ってしまった。どこかで見た事のある容姿だな、とは思っていたが、まさか毎日ご尊顔しているアレか?
よくよく見ると、顔を覆い隠しているのはタートルネック的な代物だった。紫光りしている頭部の先っちょが微妙におちょぼ口になっていた。頭でっかちでエラが張り、体はクビレのない寸胴。そこから腕と足が生えていた。
単純明快に言うと、俺の分身に目と手足を付けた精度100%のアレだった。
「ギャハハハ。ち、ちんかすって。腹いてぇー」
「なに笑ってるだよ」
「文化祭か何かの出し物なのか」
「はぁぁ?」
「それか、地球人を喜ばせに来た大道芸人か!」
腹を抱えて大笑いしている俺にカチンと来たのだろう。チンカースバロ星人はグーで肩パンしてきた。
「い、いてぇーなコラッ!」
「やるのか?」
「上等だよ!」
「突き突きしまくっちゃお」
頭脳は底辺を彷徨い負け戦だが肉弾戦は得意である。
こんなヒョロヒョロのタートルネック野郎に負けたら、大人として少しづつ成長している三次様の名が廃る。
頭突きで向かってきた野郎をサラッと交わし、ムーンサルトケーオーキック。略してムーケーを後頭部に叩き込んだ。振り返りざまシークレットミサイルパンチ。略してシミパンを脇腹へ炸裂させた。
この時点で既にフラフラの奴のカリ首めがけてクロスチョップグローリー。略してクログロを見舞った。
俺の圧倒的な攻撃力に成す術もなく、チンカースバロ星人は宇宙船を背にして倒れ込んだ。
「まだやんのか?」
「くっ、くそぉ~」
「地球人をなめんじゃねぇぞ」
こんなもんで許してやるか。と手を緩めたその時、奴は背中から銃を取り出した。
「こ、光線銃!?」
「なめてるのはお前の方じゃないのか?」
チンカースバロ星人は銃口をこちらに向けてゆっくり立ち上がった。
いくら無敵の三次様でも銃はヤバイ。相手は宇宙人である。地球のような弾丸ではなく光線が発射される代物に違いない。超高熱ビームで瞬間蒸発させられるか。もしくは硫酸的な液体でドロドロに溶かされるか。どちらにしろ命の保証はない。
「ち、ちょっと待て」
「やかましい!」
「お、落ち着け。話し合えば分かる」
「くたばれ」
奴は躊躇する事なく引き金を引いた。銃からピュッと飛び出た謎の液体は俺の股間に命中した。
「硫酸で溶かされる! しかも大切な我が家にぃー」
まだ一度も経験した事のないスイートスポットが遥か彼方へ遠のいていく。目の前が霧のように霞んで何も見えない。脳裏をよぎるのは将来のフィアンセ。彼女と紡ぐ未来の証が切ない涙を流している。
一度でいいから「触って擦って何でしょう」をやりたかった。
友則、克己。代わりに頼む。ごめん、俺は先に……。
「ん?」
痛くも痒くもなかった。股間がしっとり濡れただけだった。
最後の砦の武器が不発に終わり、唖然とするチンカースバロ星人。
「テ、テメェー。驚かせやがって」
「なぜベットーリカムクが効かないんだ」
「ベットーリカムク? なんだそりゃ」
「生き物を溶かす最新兵器なのに」
「俺は最狂の三次様だ。そんなのが通用すると思ってんのか!」
何事もなくホッとした。
チェリーのまま死んだら後悔と恨みの念が溢れまくり、閻魔様の襟首を掴んで「地球に戻せや。クソジジイ!」と狂気の行動を起こすだろう。当然地獄へ叩き込まれるが、女体の恨みは鬼より怖ろしい。奴らの持っている金棒を奪い取り「一緒にヌキポンしようぜ」と言葉巧みに従わせ、天界へ反撃の狼煙を上げるだろう。
その前に。ションベン漏らしたみたいだろうが、これじゃ!
頭に来た俺は、奴に素早く駆け寄り、前蹴りを入れて態勢を崩したと同時にヘッドロックした。
「ざけんじゃねぇぞ!」
「グガッ、ギギギッ」
「この宇宙船はどこから手に入れたんだ」
「う、うるせー」
「答えろ!」
「か、関係ないだろ」
「カリ首へし折るぞ」
「グギギギッ」
「それとも、余った皮を根元まで一気に剥くか?」
「ウゲェェ」
首をガッツリ押さえられてもなお抵抗するチンカースバロ星人。それどころか、ありったけの力で押してくる。突き上げる力はかなり強い。カリを引っかけて奥までガンガンに突き上げられた。休む暇さえ与えない強さだった。
地面に足を密着させて相撲取りのように耐えたが、興奮状態の奴は動きを止めない。強力な突きを喰らって川べりまで押された。あと一歩でも油断したら落ちる。
銀河の英雄サンジーがこんな所で負ける訳にはいかない。タートルネック野郎に敗北となれば、友則と克己に爆笑される。
「子供に敗北とは、情けねぇな。三次ちゃんよぉ~」
「シャワーを全開にして浴びせろ!」
「今日からお前は生まれ変わる。真性・宮本三次としてな」
「火星へ行けば、仮性人になれるぜ」
「グハハハッ」
「ギャハハハッ」
両腕を抱えられ、専門クリニックへ連れて行かれるだろう。もはや屈辱以外の何ものでもない。
ここは絶対に負けられない場面である。俺は両足に全体重を乗せ、首をさらに下へ捻り、奴の体をガッツリ固定した。
「おら、言え!」
「チ、チージョ……」
「まさか、チージョ星人に手をかけたんじゃないだろうな」
「ガガッ、ウギギギッ」
「答えろ!」
「町に散らばった仲間が殲滅……ググギギッ」
殲滅という言葉を聞き、怒りが頂点に達した。
もはや、こいつを地獄へ叩き落とさねば気が済まない。閻魔様に反旗を翻した罪滅ぼしをしなくてはいけない。
腕の感覚が無くなるまで全身全霊で締め上げた。もがき苦しみながらもさらにグイグイ押し付けてくる。このまま長引いても体力が消耗するだけだ。腕力も限界に近い。そうそうに決着を付けないと後々面倒くさい事になる。
俺はボディーに膝蹴りを食らわし、ヘッドロックをしたまま素早く潜り込んで奴の股ぐらに手を入れた。その瞬間、チンカースバロ星人は「ウッ」と短い声を上げ、全ての力が緩んだ。
チャンスは今しかない。
「このチンカス野郎がぁぁぁーー」
ありったけの力で持ち上げ、ブレンバスターで川へ放り投げた。
ギィヤァァァァァ!
悲痛な叫び声が辺りに響き渡り、間髪入れずジュッという奇妙な音が聞こえた。
「ハァハァ。な、なめやがって……ジュッ?」
慌てて川の方を振り向いた。だが痕跡はどこにも無かった。
普通ならバシャーンとかビチャーンとか軽快な音を奏で、振り返るとズブ濡れの奴がいるはず。ところが、どこを見渡しても姿は見えなかった。
この辺りは川の流れがゆったりとしていて瞬時に流されたとは思えない。川底も20センチくらいの浅瀬である。沈んでいるとも考えにくい。念のため川底も確認したが平穏無事な流れだった。
どういう事?




