青春のお祭り騒ぎ
午前中、友則から連絡が来たので「現地で」という一言で済ませた。
俺はラムが来るまでの間、準備に余念がなかった。
まずは、お小遣いの前借である。
この間、「見せたい欲求が強くなった時の対処法」という参考書を入手したため、所持金が20円しかなかった。これでは綿あめどころかジュースさえ飲めない。
特に今年は女の子と一緒に祭りデートという夢の祭典である。人生最大のイベントで無一文は、公衆便所で紙が無かった時の悲しさに通じる。
ラム自体はお金を持っているかも知れないが、おそらくチージョマネーの可能性が高い。世界中を探しても日本円に換金するシステムがない以上、彼女は0円である。
所持金20円と0円の2人が盆踊りで大量の汗をかいた場合。
「三次、喉が渇いちゃった」
「そこに水飲み場あるよ」
「水……飲むの?」
「日本の水は安全だから」
「私、涙出て来ちゃった」
次の日から「宇宙一のドケチ野郎」と呼ばれるだろう。これでは異文化交流どころか宇宙戦争が勃発するかもしれない。
地球の平和を守るためには譲れない交渉である。
「2000円でいいから前借させてくれ!」
「この間あげたでしょ。何でこんな短期間でなくなるのよ」
「事情があるんだよ」
「何の事情よ。言ってみなさい!」
「いや、それは……」
「言えないこと?」
俺と母親が言い争いをしている真横を妹の双葉が通り抜け、
「どうせエロい事にでも使ったんでしょ」
余計な口を挟んできた。
こ、この小娘……。お前のパンツを克己に売り渡す。これ決定事項な!
妹の一言で機嫌を損ねた母だったが、俺の名誉と地球の平和が掛かっているため引く訳にはいかない。必死の交渉を重ね、無事2000円をゲットすることが出来た。
次に用意したのはウエストバック。これに爆竹を入れた。もし奴らが襲ってきたら爆竹で足止めし、その間にラムを逃がす。彼女は瞬間移動という特殊能力を持っているため、その場から消えるのはお手のものである。
ラムが消えたのを確認したら「これは夢だ!」という暗示をかける。奴らは脳みそが鳥なので3歩も歩けばすぐに忘れる。
もはや一部の隙もないほど完璧な計画だ。
天才的な閃きを自画自賛しつつ、全ての準備を整えて家を出た。
河原へ辿り着くと、いつもの場所にいつもの笑顔で待っていた。
「お待たせ」
「今日は凄い楽しみ」
「せっかくの祭りだから盛り上がろうぜ」
「うん!」
何気なく手を差し出すと、ラムは俺の手をギュッと握った。
「じゃ、そろそろ行きますか!」
「うん。行こう!」
俺らは仲良く手を繋いで祭り会場へ向かった。
会場はすでに人で溢れていた。運動公園とは名ばかりで普段はヒマを持て余した老人か、犬を散歩させてる人しかいない。
今日は佃煮にしたいくらいごった返していた。
だだっ広い公園内には屋台が立ち並び、辺りに食欲のそそる匂いが充満していた。レジャーシートに座ってお酒を飲む者。おしゃべりしながら盆踊りを待つ者。買い食いしすぎて芝生に寝転んでいる者など、それぞれの楽しみ方をしていた。
「すごい人出ね」
「この辺じゃ、一番大きな祭りだからね」
「屋台っていうの? あれ光っててキレイね」
「まだ少し明るいけど、暗くなったら幻想的だぜ」
そう言いながら屋台へ向かった。焼きそば、綿あめ、金魚すくい、かき氷など。心躍る一品が勢ぞろいしている。
「色んな食べ物があるのね」
「ここで歩きながら食べるのが祭りの醍醐味だよ」
「歩きながら食べるの?」
「ちょっと行儀悪いかもしれないけど、それがいいんだよ」
「ふーん」
「やってみようか?」
俺はそう言って綿あめを買って手渡した。
「雲みたいにフワフワしてる。これな~に?」
「綿あめ。原材料はザラメ。砂糖だね」
「ふ~ん」
ラムは不思議そうな顔で一口食べた。
「あまぁ~~い」
「だろ?」
「すっごく甘いお菓子ね」
「甘いの苦手?」
「星にこんな食べ物はないから新鮮!」
ホッと胸をなでおろした。気に入ってくれたようだ。
色んな屋台が立ち並んでいる風景もさる事ながら、ライトアップされた雰囲気が斬新だったようでラムの質問は絶えなかった。
「水に浮いている丸い物は何」との質問に「ヨーヨー風船」と答え、「魚が泳いでいるがあれは?」の問いに「金魚すくい」と説明。「棒に刺さっている茶色の食べ物はグレボッキなの?」と聞かれたので、チージョ星にもバナナはあるんだ。と思った。途中、お面にビックリしたようで顔だけなので少し怖いと言っていた。
久しぶりの夏祭りで女の子と初めての屋台巡り。色んな意味でテンションが上がる。1つ1つを説明し、時間をかけてゆっくり回った。
次第に辺りが薄暗くなっていき、屋台の明かりが暗闇に映える頃。太鼓の音が響き渡った。ドンドンドンと威勢の良い太鼓のリズムに、日本人なら誰でも知っている祭りの音頭。これを聞くだけで自然と体が踊り出す。
「踊りに行こうか」
ラムの手を引き、盆踊りの輪に入った。
練習した成果の表れか。初めて聞く祭囃子に調子を合わせ、上手くリズムに乗っていた。俺は身振り手振りでアドバイスをし、ラムは懸命に真似して踊っていた。
スピーカーから流れる音頭に合わせて心躍る太鼓のリズム。やぐらを囲んで全員が輪になり、笑顔になり、一体になる。短い夏の平和なひと時をラムのみならず、みんなが揃って楽しんでいた。
夏って最高だ。青春って素晴らしい。やっぱバカ友より彼女が一番である。
「あー楽し!」
「そろそろ疲れたんじゃないか?」
「うん。少し休もう」
盆踊りを全身で体験してご満悦のラム。会場の近くだと例の奴らに会う可能性もあるため、ここは細心の注意を払わなければいけない。会場から少し離れた人もまばらな場所でしばし休憩する事にした。
「いっぱい動いて汗かいちゃったね」
「夏だからな」
「私、喉が乾いちゃった」
「飲み物買ってきてやるよ」
俺は猛ダッシュで飲み物を買いに行った。
母親にゴリ押しした甲斐があるってものだ。もし交渉が決裂した場合、空のペットボトルに水を汲み、運動公園天然水を渡さなければならない。彼女の大きな瞳から一筋の涙がこぼれ落ちるだろう。
慎重かつ大胆に屋台を選別し、キンキンに冷えたラムネを買った。夏といえばラムネである。たぶん彼女の星では絶対に存在しない代物だ。ただ、ラムネ自体は甘いから喉の渇きが取れないかもしれない。ここは用心のため、お茶も用意した方が無難であろう。
もはや出来る男として行動している俺。普段からこのような行動を心掛けていれば女子からモテまくると思う。そうすると、例のバカ共とツルむ事もなくなり成績は赤丸急……。
ラムネとお茶を持って戻ろうとした時、遠くの人込みにあいつらの姿を発見した。りんご飴を恋人のように交互にかじりながら辺りをキョロキョロと見渡していた。
まるで誰かを探しているようである。
一瞬ビクッとなったが、この位置関係じゃ見えないであろう。ただ、友則は視力がアフリカ人並みに発達しているから油断は禁物である。
人込みと屋台を忍者のように渡り歩き、隠れるようにラムの所へ戻った。
「お待たせ」
「ご苦労様」
「とりあえずこれ飲んでみて」
「なにこれ?」
「ラムネ」
「ラムネ?」
俺は自慢の一品を差し出した。ラムは不思議そうに口を付けた。
「うぃぃぃーーー」
「不味い?」
「ジガジガする。なんか飲みにくい」
「炭酸っていうんだけど星にはないかぁ~」
「あんまり好きじゃない、これ」
「そう言うと思った。だからはい!」
俺はお茶を手渡した。
なにせ出来る男だから。
2人で喉を潤し、夜空を眺めながら休憩した。
「ラムの星ってここから見えるかな」
「たぶん見えないと思う」
「10万光年だっけ? もう桁が分かんないくらい遠いね」
「近ければ移動はすぐなんだけど、さすがに地球は遠いわ」
「2時間弱だろ?」
「時間的にはそうなんだけど」
瞬時移動が出来る者にとって2時間は果てしない長さに感じられるんだとか。どこへ行くのも一瞬のため、時間の捉え方が俺らとは異なるらしい。地球なら「寝てれば着く」くらいの感覚でしかない。
「それじゃ、学校へ行く時は瞬間?」
「うん。家から0.1秒かな」
「羨ましいな。ギリギリまで寝てられるな」
「ハハハ」
「遅刻とかした事ある?」
「三次じゃないんだから、そんな事しませんよ!」
笑顔で背中をバシッと叩かれた。
出会ってまだ4日目だが既に仲間と認定するほど近しい存在になっている。
いや、仲間というよりは……。
「ねえ三次、疲れ取れた?」
「俺は疲れ知らずで有名な三次様だぞ」
「もう一回行く?」
「よし。受けて立つ!」
ラムと手を繋ぎ、再び盆踊り会場へ向かった。人も多くなってきて太鼓の音が近づいた時だった。
「あっ、三次!」
後ろから超絶危険な声が聞こえた。恐る恐る振り返ると、遠くに奴らの姿を発見した。2人は獲物を見つけた野生動物のようなダッシュを決め、鬼の形相で向かってきた。
……というか、軽く100メートル以上は離れてるのになぜ俺だと分かる。しかも暗闇で!
「こらぁー三次、テメェー!」
「ふざけんな、この野郎ぉぉーー」
ヤベッ!
ラムの手を握りしめて人込みに紛れようとした。
だが、あいつらは野生児のうえ、特に友則は足が異常に速い。陸上部の顧問が直々にスカウトするくらいだ。あっという間に距離を詰められた。
俺は用意していた爆竹を取り出して奴らの足元へ投げつけた。バンバンバンッと火花を散らして爆音が鳴り響いた。
「ウワグゥ、あ、あちっ」
「熱くて煙くて臭いぃぃ」
「三次ぃぃー。テメー覚悟はいいな!」
「明日覚えてろよ」
犬の遠吠えを聞きながら、ひるんだ隙を狙って人込みの中へ隠れた。息を切らせながらも無事脱出に成功した。「消えろ!」の指示さえ間に合わないくらいだった。
あの足の速さ、バカじゃなければオリンピックも夢じゃないと思う。でもバカだから出場するチャンスはない。
「いいの? お友達にあんなことして」
突然の襲撃に戸惑いを隠せないラム。
「いいんだよ。あんな事じゃヘコたれないから」
「でも、お友達でしょ」
「悪友な」
「……」
「前も言ったろ? あいつらラムの事を見ても信じちゃくれないだろうし、それに俺も何って説明していいか分かんないし」
「……」
「それにさ、俺はラムと一緒にいたいから」
「えっ?」
なんか俺、サラッと危険な発言をしたような……。
「あの2人には申し訳ないけど、今回は勘弁してもらうよ。大丈夫。後で謝っておくから」
「……」
「人を恨んだりしない奴らだから」
ラムから「一緒に遊べばいいのでは?」という提案もあったが、確実に胸やお尻を触るだろう。そして隙あらば体にまとわりつき、匂いを嗅ぐのは明白だ。せっかく遠い星からやってきた彼女に地球の恥部を晒したくない。
ま、俺もその一部だが……。
「気にせず最後まで楽しもうぜ!」
多少の戸惑いはあったものの、俺とラムは最後まで祭りを楽しんだ。
ごめんなラム。変な所を見せちゃって。
ごめんな2人共。今度謝るから許してね。