満の味を宇宙へ宅配
地球へ戻った俺は、焼きそば専門店「満」へ向かった。
おじさんに作り方を教わり、材料を調達してチージョ星に持って行けば納得もいくだろう。食事処にはプロの料理人がいるので、その人にレシピを渡せば問題は解決する。
チージョ星で数々の難問をクリアーしてきたが、今回のミッションは楽勝である。
余裕の口笛を吹きつつ、河原を駆け上がって商店街の入口付近へ来た時。
「あっ、バカ三次。どこへ隠れてたのよ!」
巨牛に声をかけられた。
「な、なんでお前がここにいるんだ?」
「はあ? あんたこそ何言ってるのよ」
忘れてた。時空移動の歪みか……。
「ちょっと、いい加減に白状しなさいよ。パンツドロ!」
「しつけぇな。盗んでないって言ってんだろ」
「あんた以外に誰がやるのよ」
「調子に乗んな。お前のパンツを欲するほど落ちぶれちゃいないんだよ」
「それどういう意味よ」
「お前のパンツなんか雑巾にしか使えないって言ってんだよ」
「う、うるさい!」
再び前蹴りを食らわせてきた。
もうこの女と絡むのはごめん被る。
俺は宇宙規模で活躍する超多忙な身の上だ。これから満で焼きそばの極意を学び、チージョ星に戻ってクッキング教室を開かなくてはいけない。たかだかパンツ1枚で大騒ぎする輩に付き合っているヒマなどない。
こういう場合の対処法は……。
「あっ、川上!」
「は? 何言ってんの。そんな手には引っ掛からないわよ」
シャレだと思ったらしく、巨牛はいつもの調子で俺の胸ぐらを掴んだ。
「おう三次。何やってるんだ?」
その声に巨牛はパッと後ろを振り向いた。ウソだと思っていたら本物が現れたので度肝を抜かれ、真っ赤になりながら慌てて手を放した。
「なんだ痴話ゲンカか?」
「川上ぃ~。ちょうどいい所へ来た」
「どうしたんだ?」
「お前、ちょっと手貸してみ」
「なんだよ」
俺は川上の手を掴むと、巨牛の胸へ押し当てた。
いきなり胸を触られた巨牛と予告もなしに胸タッチを味わった川上は、目を丸くしながら俺を見た。
「どうだ。なかなかの弾力だろ」
「お、お前……」
「遠慮はいらねぇ。日々成長している89センチを思いっきり揉みしだけよ」
そう言い残し、爆速でその場から逃げた。
巨乳好きの川上に巨乳へ進化途中のなみ。なかなかお似合いのカップルじゃないか。俺が仲を取り持ってやったんだから感謝しろ。
付き合った暁には粗品でいいから持って来いよ!
面倒くさい女を無事に譲り渡して満へ急いだ。
少しでも早い方が仲直りもしやすい。あのままいがみ合っていたら着地点を見つけられず、それこそ骨肉の争いになりそうだ。
ミルクさんの気持ちも分かる。ココの言い分も理解できる。焼きそばをチージョ星に持ち込んだのは俺。最後は俺が責任を取る。
ケンカ両成敗。背中の桜吹雪がお見通しだぜ。
「おじさぁーーん。焼きそばの作り方教えて!」
「な、なんだ。突然!」
「焼きそばの作り方を教えてください」
「はあぁ?」
叫びながら店内へ飛び込んだ。
唐突に訳の分からない事を言われて戸惑うおじさん。それ以上にビックリした顔のおばさん。
まあ、そうなるだろう。理由もなしに作り方を教えろと言われても納得するはずがない。
おじさんの焼きそばは日本一だ。焼き方、ソースの絡め方、コテ捌きはもはや芸術品だ。この味をみんなに伝えたい。ぜひ俺に伝授して欲しい。
そうお願いした。
普段は無口で黙々と焼きそばを炒め続けるおじさんだが、自分の仕事に興味を持ってくれ、それを教えて欲しいと言われてイヤな気はしない。
「分かった。じゃあ、横で黙って見てな」
そう言うと、コテをクルっと回して華麗なる焼きそば炒めを披露してくれた。俺はその手捌きと炒め方を双眼鏡メガネで録画し、具材や調理のコツを聞きながらメモを取った。
「三次。あんた焼きそば屋を始める気かい?」
横から九官鳥以上におしゃべりなおばさんが尋ねてきた。
「まさか」
「じゃあ、何で作り方を聞くのよ」
「ちょっと訳アリでね」
「ははーん。さてはあのメガネの子ね」
「まあ、そんなところかな」
「あの子に頼まれたんでしょ!」
「ま、まあ」
だいぶ勘のいい九官鳥である。
「ねえ。メガネの子とポニーテールの子、どっちが本命?」
「いや、どっちも友達だよ」
「三次の好みからしたら、ポニーテールの子ね」
「あっ、いや……」
「モテる男は辛いわね」
「そ、それほどでも」
「もうキスとかしたの?」
「……」
なあ、九官鳥。俺はいま真剣におじさんの腕を勉強してるんだ。余計な口を挟むな。これ以上おしゃべりしたら本当に書くぞ。満の看板の横に「子」の字を!
余計な事をペチャクチャしゃべっているうち、アツアツの鉄板に追加ソースを回しかけて皿に盛った。
「ほら、これで完成だ」
小学校の頃から週に2回は通い、必ずといっていいほどおじさんのコテ捌きを見て来た。今更教わらなくても作り方くらいは知っている。材料を買ってきて自分で作った事もある。だが、何度チャレンジしても満の味にはならなかった。特別にソースを分けてもらい、それを使っても同じ味にはならなかった。
それはたぶん、長年培ってきた経験。そして、旨い焼きそばを食べて貰いたいという調理人の心意気がプラスアルファされ、深みのある味になったのだと思う。
鉄板の前で汗だくになりながらコテを振るっていたおじさんは、冷たい水をゴクリと飲んで満足げな顔で休憩していた。
職業に貴賎なし。たかが焼きそば。されど焼きそばである。
自分の仕事に誇りを持ち、1日を真剣勝負している姿はカッコいいと思う。
おじさん、ありがとうございました。
あなたは宇宙一の焼きそば職人です!




