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宮本三次は今日も逝く  作者: 室町幸兵衛
愉快な仲間に囲まれて
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ケンカは両成敗が基本

 ミーーン、 ミーーン。

 セミの鳴き声がした。


 知ってる? セミって幼虫から直接成虫になるんだ。これを不完全変態と呼ぶんだ。10万光年かけてケンカを止めに来る俺は完全変態だ!



 ラム家からクルマイスで移動すると命に係わるため、直接温泉へ横付けするようにした。

 相変わらず大きいおっぱいにしか見えない建物を横目に裏口へ回り、犬小屋みたいにポッカリ開いた入口から内部へ入った。

 事務所へ辿り着くと、ミルクさんとココが言い争いをしていた。


「何でそんなこと言うんですかぁ~」

「ダメなモノはダメなの!」

「そんな殺生なぁ~」

「ココ。いい加減にしなさい!」

「いい加減はそっちですよぉ。吾輩は断固としてキョヒリますからねっ!」

「お父さんに言うわよ」

「お父様は関係ありま……」


 途中まで言いかけて俺の存在に気付いた。


「わ、我らが救世主ぅぅ~」

「なに? どしたの?」

「ミルクが吾輩の心を犯すんですぅぅ」

「はい?」


 子猫のように抱きついてきた。味方の登場で調子に乗り、ミルクさんが如何に横暴かを訴えるココ。それに対し、眉間にシワを寄せるミルクさん。


「何言ってるのよ。宮本君は関係ないでしょ」

「さ、三次さんは我が守護神ですよぉ」

「そんな勝手な言い分は通らないわよ。宮本君も困ってるでしょ!」

「困ってませんです。全然余裕ですぅ」

「もう。本当にいい加減にしなさいよ!」


 俺を囲んで言い争いは熱を帯びた。

 状況がこれっぽっちも飲み込めなかった。何の説明もなく連れて来られ、ケンカの真っ最中に出くわしたら誰でも戸惑うだろう。


 だがしかし!


 愛と平和をこよなく愛する男。全てを司る神々と同等の頭脳を持つ創造主。宇宙の心理を体験した三次様である。

 こういう場合、ケンカの原因を知る事が先決である。双方の話を聞き、お互いの着地点を見出す。大岡越前になったつもりで、俺の背中に入っている桜吹雪を披露して両成敗する。これである。


「分かったから2人共ちょっと冷静になって」


 俺の言葉に不満げな顔でしぶしぶ従うココとミルクさん。事情が分からない事には、いくら大岡越前でも裁くのは無理である。同時に話を聞くと再びヒートアップするため、双方別々で事情を聞いた。



 温泉施設に自販機を設置した事で、ミルクさんの望み通り施設でまったりする人が増えた。

 慌ただしく移動するチージョ星人が風呂上がりに喉の渇きを潤し、その合間に散歩をしたり景色を堪能したりと、施設内でゆっくり時間を過ごすようになった。

 願いが叶ったミルクさんは大喜びで、ココやパパに感謝しているという。

 ココ家にとっても好都合だった。自販機の設置によって販売機自体が認知されるようになった。各所から設置依頼が舞い込んだそうだ。それにより会社の知名度もさらに上がり、売り上げも右肩上がりだった。


 ここまでは問題ない。すべてが丸く収まり、めでたし。めでたし。である。

 原因は温泉施設に食事処を併設した所から始まった。


 チージョ星人が温泉をのんびり満喫するようになり、それに伴い食事処が作られた。この店はココパパの会社で運営されているらしく、ココが率先して企画立案していた。

 様々なアイデアを試行錯誤していた時、彼女が新メニューを考案した。

 その新メニューとは「焼きそば」であった。

 地球で食べた焼きそばの味が忘れられず、見様見真似で作り上げたのだが……。

 これが得も言われぬ不味さだという。見た目、味、素材のどれ1つ合っていない奇妙奇天烈な代物だった。

 ラムも食べさせてもらったが似て非なる物だったらしい。だがココは「絶品!」と豪語し、オリジナル焼きそばを店のメニューに加えた。これに憤慨したミルクさんがココを叱った。

 美味い食べ物なら喜んで加えるが、不味い食べ物をお客さんに提供する訳にはいかない。それは温泉施設の看板に関わる重大事案である。「この店は不味い」と評判になれば客足は遠のき、施設としても何らかの影響が出ると思われる。それだけは阻止しなければならない。

 しかしココはオリジナル焼きそばを美味しいと思っているらしく、頑なに譲らなかった。ラムも必死の説得を試みたが聞く耳を持たず、独断と偏見で推し進めようとしてミルクさんと言い争いになった。


 ざっくり話すとこんな内容だった。


 やれやれ、である。

 味覚は人それぞれで美味い不味いは本人の自由である。100人中100人が好むモノなど存在しない。その前に作れないと思う。誰かが絶品と思っても他者が嫌いという事もある。その辺を説明しても、頭の中で「美味い」が完成しているココの耳には届かないのだろう。

 困り果てたミルクさんを見ると、足の裏に飼っている水虫がジュクジュクする。ここは男気を見せねばなるまい。


「なあココ。問題の焼きそばを持ってきてくれ」

「しょ、食してくれるのでしょうかぁぁ~」

「焼きそばは地球生まれだ。美味いか不味いか俺が判断してやるよ」

「頼れる言霊。さっそく調理して参りますですぅぅ」


 ココは事務所から飛び出して厨房へ向かった。


「ねぇ宮本君。ココを甘やかさないで」

「甘やかす?」

「お父様が経営しているお店だから、自分が経営者になったつもりなのよ」

「なるほど」

「不味いって言ったら泣き出して反抗するし、自分の考えは絶対に曲げないし」

「ハハハ。ちょっとワガママなお嬢様ですね」

「んもう。笑い事じゃないのよ」


 ミルクさんはお怒り気味にふくれっ面をした。


「三次も食べてみれば分かるわよ」

「そんなに不味いの?」

「食べた事のない不味さね」


 ラムの言葉にミルクさんも頷き、思い出したようにウゲッとしていた。


「あの娘は末っ子で甘やかされて育てられたから、わがまま言い放題なのよ」

「そうなんですか」

「思い通りにならないと駄々をこねるから」

「ハハハ」

「宮本君。絶対に褒めちゃダメよ。彼女の為にならないから」

「分かりました。正直に答えます」


 ミルクさんの言い分は分からなくもない。

 このまま成長してロクでもない大人になって欲しくない。自分勝手でわがままを突き通すのは子供のやる事。まだ中2なので許容している部分もあるが、将来を考えたら勝手をつつしみ、他人の意見も取り入れた言動が必要になる。このまま地で突っ走ったら人と上手くやっていけないし、気が付いたら孤立する事だってある。

 人間関係は複雑で大変だ。でもそこに思いやりや気遣いがあれば何をやっても上手くいく。誰しもが心を惹かれ盛り上げてくれる。

 ココにはそういう大人になって欲しい、と……。


「ミルクさんて優しくて立派な方ですね」

「そ、そんなぁ」

「ココの為にそこまで考えてるなんて」

「ありがとう。宮本君」


 ココとの壮絶なバトルでお疲れなのだろう。自分の気持ちを理解してくれる人が現れてホッとしているのかもしれない。


「宮本君って頼りになるわね」


 ミルクさんは安堵の表情を浮かべ、俺をぶちゅーっと抱きしめてくれた。

 だ、弾力性が……立派です。何なりとお申し付け下さいませ!




 しばらくして。


「長らくですぅ~」


 意気揚々と持ってきた。


「よし。じゃあ試食してやるよ」

「渾身の作ですよぉ」

「どれどれ」


 皿に乗っていたブツを見た瞬間に凍り付いた。

 薄茶色の太く長い麺が1本丸ごと皿の上でとぐろを巻いており、その上に真っ黒な液体が絡みつくようにかけられていた。

 麺は幼稚園児が粘土を手の平でグルグル伸ばした感じの手ごね。野菜は葉っぱを千切って置いただけ。上にかかっているソース風の液体から甘ったるい匂いが漂ってくる。

 百歩譲っても体内から……やめよう。

 仮にこんなのが運ばれてきたとしたら、食欲は失せ、楽しい食事処を奈落の底に叩き落とすのは間違いない。

 口に運ぶまでに相当な覚悟と勇気が必要な一品である。


「インパクトは最強だな……」


 ココに焼きそばを教えたのは俺。彼女のオタク心に火をつけた責任もある。

 脳内の五感を完全にシャットアウトして口へ運んだ。一口で涙目になり、二口で全身に痙攣が走った。

 うどん並みに太い面が喉の奥に引っ掛かり、苦い葉っぱと極上に甘いタレが交互に襲ってくる。細胞の全てが拒否反応を示し、嚙み砕く行為そのものが苦痛になった。

 この世に「不味い物選手権」があったとしたらぶっちぎり優勝である。

 皿を目の前にフリーズしている俺を見たラムとミルクさんは「ほれ見た事か」的な顔をしていた。


「これは焼きそばじゃないな」

「ど、どうしてですかぁ~」

「お前も食べた事があるだろ。こんな感じだったか?」

「完璧ではないと思いますが、ほぼ一緒の頃合いです」

「ぜんぜん違うだろ」

「ち、違いませんよ」

「まったくダメだな」

「さ、三次さんまで我が思考を破壊するんですかぁぁ!」


 完全否定されたココは再びゴネ始めた。いくらゴネた所で違うモノは違う。ミルクさんではないが、わがままを押し通しても無駄である。

 他の人には通用するかもしれない。けど、わがままの真骨頂である友則克己の自己中コンビに翻弄されながら暮らしている俺からしてみたら、ココなど取るに足らない。


「よく聞けよ。焼きそばは地球の食べ物だ。そして俺は地球人だ。小さい頃から慣れ親しんだ食べ物を間違える訳ないだろう」

「で、でもですね」

「お前は一度っきりしか食べた事がないだろう。俺は毎日食ってるんだぞ」

「……」

「その俺が違うと言うんだから返事は「はい」だろ」

「……」

「それとも、お前の味覚は地球人より優れているのか?」

「す、優れてますです」


 引くに引けずに意地を張る気持ちは分かる。だが、この狂気に満ちた食べ物を提供するのは、チージョ星全体を悪夢に陥れる事になる。温泉施設に命を懸けたミルクさん。完成に情熱を注いだ職人や関係各社。彼らの気持ちを考えると引く訳にはいかない。 


「分かった。じゃあ、もう一回食べさせてやるよ」


 少し強めの口調で言った。

 口で言ってダメなら体験させるのが一番である。本来はこの場で作って食べさせれば納得がいくと思うが、材料がないのでどうする事も出来ない。


「3人とも。ここで少し待っててくれ。材料買い出しに行ってくるから」


 俺は食材調達のため再び地球へ舞い戻った。






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