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宮本三次は今日も逝く  作者: 室町幸兵衛
愉快な仲間に囲まれて
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不満だらけの巨牛

 体育祭も無事に終わって一息ついた俺は、学校帰りに河原で寝そべって空を見上げていた。

 そろそろ9月も終わりに近づいているのに外は未だに熱を帯びている。頭上に輝く太陽は狂ったように町中を照らし、排気ガスで濁った青空に息苦しそうなトンビが輪をかいていた。温暖化の影響なのか地球最後の悪あがきなのか。

 自然との共存は宇宙規模の課題なのかもしれない。

 などと真面目に環境の心配していると頭に石が飛んできた。


「い、イテェーな。誰だコラァー!」


 とっさに飛び起きて石が飛んできた方を見た。

 元関取、現巨牛であった。


「巨牛かよ」

「ちょっとあんた!」


 明らかに怒り心頭でこちらへ向かってきた。


「あれ、どうしたのよ」

「は? あれって?」

「とぼけないでよ!」

「うるせーな。だから、あれって何の事だよ」

「友則に被せた……あれ」

「被せた?」

「あれ」

「あれ?」

「……もう。分かってるでしょ!」


 分かってはいた。ただ、雄牛みたいな強気な女が赤ら顔で少女のようにモジモジしている。その姿が妙に面白くてスッとぼけてみた。


「私のでしょ!」

「私のって?」

「パ……ン」

「パン?」

「ああっ、ムカつく!」


 ニヤニヤ顔でからかう俺にイラっときたのだろう。頭めがけてチョップしてきた。


「イテェーな。何すんだよ」

「返しなさいよ!」

「だ・か・ら。な・に・をだよ!」

「パ、パンツ……」

「パンツ?」

「あれ、私のパンツでしょ!」


 はい。大きな声で上手に言えましたね。


「返して!」

「へぇ~。あれってお前のパンツだったの?」

「そうよ。どうやって盗んだのよ」

「盗む? 誰が?」

「あんたに決まってるでしょ!」

「証拠は?」

「無くなってるのよ」

「無くなったら俺が盗んだのか?」

「あんた以外にそんな事する人いないでしょ!」

「答えになってねぇぞ、それ」


 これ以上会話してもラチがあかないので真実を説明しよう。

 少し長くなるが聞いてくれ。



 確かに花柄パンツは彼女の物だ。しかし断じて盗んだ訳ではない。人んちに勝手に侵入して下着を盗むのは犯罪だ。犯罪は刑務所行き。それくらいはバカな俺でも知っている。

 実は彼女には弟がいる。3コ下で俺の妹と同級生だった。

 この弟、かなり気弱でクラスでも言葉少ない大人しい部類に入る。姉に男性ホルモンを全部持って行かれたため、逆に弟には女性ホルモンが満タンになった。漫画で言うところのオイルの濃い妹と薄い主人公、という感じ。

 妹に聞いても「影が薄くて存在感がない」という地味な子だった。


 ある日。


 学校帰りに町をプラプラしていると、中学生くらいの奴らが男の子を囲んでいた。よく見ると囲まれているのは千葉奈美の弟だった。


「おい。お前、千葉奈美の弟じゃないか?」


 そう声をかけると、弟は真っ青な顔で走り寄ってきた。


「どうしたよ。何焦ってるんだ?」

「あっ、いえ。あの……」


 この焦り方からするとカツアゲか何かされてたっぽい。向こうにチラッと目をやると、頭の悪そうな奴らがこちらを睨んでいた。いかにも成績最下層という2人組で学校ではお荷物的存在で間違いない。

 俺はこう見えて忙しい身分である。家へ帰って予習復習をし、明日のために備えておかねばならない。バカに構っているヒマなどない。

 弟の肩を抱き、無視して立ち去ろうとしたら絡んできた。

 どこの誰かは知らんが、宇宙規模で活躍する三次様にケンカを売るとは良い度胸である。しかも俺の町で悪さをする輩にはお仕置きが必要だ。イキがる2人を正義のドギーランチャーで壊滅させて自宅まで送ってあげた。


「お前、もう少し強くならないとダメだぞ」

「……はい」

「姉ちゃんは男勝りじゃないか」

「まあ、そのう」

「家でイジメられてないか?」

「と、時々……」

「なんかあったら俺に言えよ。姉ちゃんに説教してやるから」

「あ、ありがとう」


 千葉家へ到着すると「ちょっと待ってて」そう言って中に入って行った。

 しばらくして。


「あのこれ、お礼……です」

「お礼なんていらないよ」

「いや、でも……た、助けてくれたから」


 弱々しい声で何かを差し出した。彼の手に握られたモノを見ると。


「は、花柄っ!」

「お姉ちゃんのです」

「いや、そのう。そうじゃなくて」

「お姉ちゃんがよく言ってます。三次はバカでドスケベだって」

「……あの、やろう」


 彼にしてみたら本当に怖かったのだと思う。

 トチ狂ったヤンキーに絡まれた。言う事を聞かなければ殴られるか、僅かなお小遣いを盗られるか。喧嘩などした事がない気弱な彼は恐怖で手足が震えたと思う。

 そんな絶体絶命ピンチの時、正義のヒーロー宮本電王が登場した。何事もなく無事に帰宅できた喜びと感謝。しかし何をどうしていいのか分からない。そこで姉から刷り込まれた「バカ三次。ドスケベ三次」のドスケベに照準をあて、パンツを持参した。

 ま、こんな経緯である。


 俺としては巨牛のパンツを貰っても嬉しくはない。犬猿の仲ならぬハブとマングースくらい小競り合っている。だが、生パンツである以上使い道がない事もない。ご馳走ではないが刺身のツマくらいの役割は果たせる。

 自宅へ帰って箪笥の奥のお宝コーナーに閉まっていた時、小池と井上が激高しながら俺んちへ来た。そして、友則を説得して欲しいと頼まれた。

 奴を動かすにはこれしかない。行き場所を失った花柄をエサにした。

 これが全貌で真実である。



「本当にサイテーね。警察に言うよ?」

「言ってみろよ。お前んち崩壊するぞ」

「どういう意味よ」

「同じ柄のパンツなんて日本全国に何万枚もあるだろう」

「……」

「あれがお前の物だって証拠でもあるのか? 名前書いてんのか?」

「……」

「無くなったからって俺を疑うのはお門違いだ。もっとよく探せや!」

「絶対にあんたに決まってる……」

「じゃあな、巨牛ぅぅ!」

「う、うるさい。そのあだ名で呼ぶなぁぁぁ!」


 俺の脇腹めがけて蹴りを見舞ってきたが、宮本電王にそんな蹴りは通用しない。ひらりと交わし、「巨牛のパンツはシマシマパンツ~♪」と歌いながら坂を駆け上がった。

 ただでさえ花柄をクラス中に見られたうえ、先ほどの蹴りで本日のパンツまで確認された巨牛。


「もう完全に頭に来た!」


 鬼の形相で追いかけてきた。


 と、その時。


 河原の上流に閃光が走った。

 たぶんラムが来たと思われる。わざわざ地球に来るのだから、俺に用があるのは間違いない。だが俺は今、鬼と鬼ごっこをしているので忙しい。


「くっそぉ。どうすっかな」


 俺は一旦河原に降り、追いかけてくる巨牛への目くらましに上空へ大量の小石をばら撒いた。空から小石が振ってきて一瞬たじろぐ巨牛。その隙に全力ダッシュで上流へ逃げた。

 息も絶え絶えに秘密基地に辿り着くと、案の定、そこには卵型宇宙船が停泊していた。ドアがスッと開いて中からラムが出てきた。


「キャッ。なに? 何で三次がいるの?」

「ハアァハァハァ。ラ、ラム」

「どうしたの?」

「い、いや、その……ハアァハァア」

「何でゼイゼイ言ってるの?」


 予想もしない登場に驚いていると、割と近くから、


「ドスケベ三次ぃ。どこよ! 隠れてないで出てきなさいぃ」


 鬼の叫び声が聞こえた。

 しつこい。いつもに増して執念深い。その声は次第に近づいてくる様子。


「やべ。おいラム、今すぐ宇宙船を出せ!」


 ラムの手を引き船内へ飛び込んだ。間髪入れず緊急用ボタンを押した。


 フィーーン、フィーーン。

 シュパッ!と危機一髪の音が聞こえた。





 難を逃れた俺は船内でぶっ倒れていた。


「ガハッ。し、心臓が爆発する」

「また変な事しでかしたの?」

「し、しでかしてねぇよ」


 毎回そんな事をしている風に言うな。

 今日は、たまたまハプニングが起こっただけだ。


「ところで何の用だ」

「実はミルクさんとココちゃんがケンカしてるの」

「ケ、ケンカぁ~?」

「ちょっとした事なんだけど、二人共ヒートアップしちゃって」

「で?」

「お互いに引くに引けなくなっているみたで」

「で?」

「従妹同士だから余計に意固地になっているみたいで」

「で?」

「三次に止めて欲しいな、と思って」

「……」


 お前、俺をなめてるのか? 他人のケンカに口出すほど暇じゃねぇんだよ。

 それと話の設定を理解しているのか? 地球~チージョ間は10万光年も離れているんだぞ。近所で起こったトラブルじゃねぇんだ。

 そこん所をキチンと把握してだな……。


「お願い。三次!」


 ばびゅ~んと抱っこされた。


 わ、分かりました。私めにお任せ下さい!




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