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宮本三次は今日も逝く  作者: 室町幸兵衛
愉快な仲間に囲まれて
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初めてのショッピング

 一通り海中を堪能し、無事入口へ戻って来た。


「楽しかったね」

「そうだな」

「ちょっと休憩しましょ」

「どこで?」

「ここよ」


 研究所には食事処が併設されていた。

 ここはバリアが張り巡らされている特別施設。例え職員であっても同化や瞬間移動は使えず、施設内は全て徒歩移動になる。

 加えて海のど真ん中である。外界との移動が容易ではないため、働く職員たち向けに食事処&喫茶店を作ったらしい。会社でいう社員食堂的な役割だろう。

 派手さのない質素な店内は家族連れやカップル、職員などで賑わっていた。

 ちなみに、俺とチージョ星の喫茶店は相性が悪い。

 初めての時は、ラム行きつけの店でカブトムシジュースだった。次に行ったフラワーパークでは、激甘の泥水だった。

 商品提供とメニュー構成が滅裂なので慎重に事を運ばなければ痛い目に合う。写真も食品サンプルもない状態で見た事もない文字列を紐解かねばならない。

 ラムは何度か来たことがあるらしく、好みの物を注文していた。俺は彼女に聞きながら慎重に選別した。


「これは?」

「マコーネチポーネよ」

「これは?」

「シッコキモッチ」

「……これは?」

「ゲルゲルベロベル」

「もういい。自分で決める!」


 単語が一つも分からない。ここは直観力が試される場面である。蜘蛛の巣だらけの頭脳を駆使して真剣に悩んだ。

 穴が空くほど丸型メニューを凝視していると、文字の最後尾に星マークが付いているモノを発見した。わざわざマークを付けるという事は、これは店長おすすめで店自慢の一品に違いない。自信満々で注文した。


「結構混んでるんだね」

「年に何回かしか開催されないから、みんなこれを楽しみにしてるの」

「チージョ星でも珍しいイベントなのかぁ~」

「スペシャルイベントかな」

「そういえば海中で何台ものカプセルとすれ違ったものな」

「ここは恋人同士で来る人が多いわね」

「へぇ~そうなの?」

「だって、嫌いな人と密室で横並びなんてイヤでしょ」

「ま、まあな」


 ……という事は、どういう事?

 その可憐で切ない胸にタッチもアリなの?


 学校の事やら近頃起こった出来事やらで盛り上がっていると、ラムの元へ注文の品が運ばれてきた。オレンジ色の甘酸っぱい香りがする飲み物だった。一口飲ませて貰ったら、ミカンと人参とレモンをミックスさせた味ですこぶる美味しかった。

 そして自信満々で俺の元へ届いたのは……空っぽのコップだった。


「な、何これ?」

「お砂糖を固めて作ったコップよ」

「どうやって飲むの?」

「そのままかじるのよ」

「か、かじるの? コップを?」

「ここは海の喫茶店だから砂糖が豊富で新鮮な砂糖の味を楽しめるの」

「……」

「それはここの名物なのよ」

「め、名物ですか……」

「文字が読めないのにそれを注文するって、三次って感が鋭いのね」


 チージョ人には大当たりかもしれないが、俺にとっては大外れだ。俺はいま喉が乾いているのだ。食べ物を頼んだ覚えはない。

 せっかく注文したのにもったいないので試しにカジってみた。喉が焼けつくくらい甘かった。しかもガッツリ固められているので歯が折れるくらい硬い。

 周りが冷えたジュースを美味しそうに飲んでいる傍らで、空のコップをバリバリかじっている俺。名物なのに誰一人注文しているヤツはいない。

 本当にこれが人気商品なのか。何をどうすればこういうモノを考案できるのか。

 硬すぎて口の中が血だらけなんだが……。


 頼むから水を持ってきてくれ。無ければ海水でもいい。

 砂糖に水分を全部持って行かれて喉がバッサバサなんだよ!



 喉の粘膜をやられつつ店を出ると、すぐ横にお土産屋が隣接していた。


「ねえ三次。ちょっと見ていい?」

「いいよ」


 考えてみれば、チージョ星のショップに入るのは初めてだった。いつも同化という越えられない壁に道を塞がれ内部へ足を踏み入れた事がない。公園の丸型ベンチで大道芸をやっているだけだった。

 しかしここは、バリアなるものが張り巡らされていてチージョ星人ですら同化が出来ない。そのため室内を仕切る壁というモノがなく出入りが自由であった。

 バカという特殊能力しか持ち合わせていない俺には有難い。ドキドキしながら店内へ足を踏み入れた。


 感想はと言うと……地球と何も変わらなかった。

 図鑑、ぬいぐるみ、食器からキーホルダーなど、海洋生物にまつわるグッズが多数取り揃えてあった。

 先ほど見たド派手な色の熱帯魚キーホルダー。日本の食卓には欠かせない魚たちの絵はがき。子供がおねだりしそうなぬいぐるみ&クッション。日本の観光地を彷彿とさせる商魂たくましい姿だった。

 別に欲しいモノがある訳ではない。あてもなくグルグルしていると、店内の片隅に深海コーナーがあった。

 チアガールの持っているポンポンみたいな奴とか。テニスボールに割りばしが刺さったような奴とか。どの角度から見ても可愛いとは思えない写真とグッズが売られていた。

 たぶん、この店でも圧倒的に人気のないコーナーだろう。

 その中で例の奴を見つけた。名前は確かブヒブヒモサブーだった気がする。牙をむき出しにしてニヤッと笑い、目から黄色のビームを発射している写真があった。

 パッと見た瞬間は気持ち悪いと思った。顔がネコで体がムカデだもの。誰だって驚くだろう。だが、奴の写真をじっくり見ていると、以外に愛嬌があって何だか愛くるしく思える。アナウンスでは「ブヒブヒモサブーが目から光を放つのは愛情の印」と言っていた。


「うーん」


 奴は俺の事が気に入っている。写真を見る限り俺もまんざらではない。深海生物でありながら入口付近までついてくるし、何となく人なっこい猫のようだ。相思相愛という事で買うことにした。

 写真を持ってレジへ行くと、ラムが「これも一緒に買って」と言って本を3冊と魚模様のハンカチを持ってきた。

 金額が分からないのでポケットから適当にお金を取り出した。ラムはその中から5枚くらい引き抜いて支払いをしていた。


 一言いいか?


 世話になっているから奢るのは別にいい。俺がチージョマネーを持っていても無意味なので好きに使って構わない。だが、受け取った釣り銭を自分のポケットに仕舞うのはやめろ。感じ悪いから。



 買い物を済ませてご機嫌で地上へ出ると、外は真っ赤に染まっていた。

 何度見てもチージョ星の夕日は最高である。特にここは海に浮かぶ原っぱで上空を遮るモノが1つもない。水平線と地平線のハーモニーだ。そこへ3つの太陽が沈んで行く。木々も草原も目に見える全てが深紅だった。

 雄大というかスケールが違うというか。地球では絶対に見る事が出来ない風景。美しいを飛び越えて心が震えるくらい凄い。


「ホントにスゲーな、チージョ星の夕焼けは」

「自然って偉大ね」

「地球の夕焼けがバカバカしく思えるよ」

「そんな事ないよ。地球の夕日も素敵よ」


 どちらからともなく手を繋ぎ、目に飛び込んでくる圧倒的な景色をしばらく眺めていた。


「そろそろ帰ろっか」

「そうだな。そろそろ帰るかぁ~」





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