ラムと思い出のデート
ココパパの人間性と器の大きさに感動した。しかもアイデア料という名のお礼まで頂いた。
ココとミルクさんは親戚で従妹同士の間柄になる。ミルク温泉への自販機設置は近いうち現実となるだろう。これを機に温泉も会社も躍進するかと思うと、協力した甲斐があるというものだ。
手にした札束を丸型フィッツケースに仕舞って外へ出た。
今日もすこぶる快晴である。3つの太陽がサンサンと輝いていた。
この星の朝は風が爽やかで目覚めがいい。起き上がって息を吸った途端、心が浄化されてやる気が満ち溢れる。
目覚めた瞬間に咳を連発し、窓を開けたと同時に焼け焦げたアスファルトの匂いが漂って来る星とは大違いだ。
両手を伸ばして光合成をしていると。
「おはよ」
「おう。おはよう」
「ねぇ三次」
「なに?」
「いつ地球に帰る?」
「え?」
サッパリ忘れていた。俺は地球人である事を。
この星があまりにも心地よく、純真無垢な俺をさらに磨いてくれるため、地球へ帰る事など頭の片隅にもなかった。
というか、わざわざ薄汚れた地球へ戻って狂った仲間たちと友情を深め合う必要もない。チージョ星が我が故郷で十分である。
「そうだな。明日辺りでも帰ろうかな」
「じゃあさ、今日遊びに行かない?」
「どこへ?」
「イソクサムーンに行こ」
「磯臭い?」
「イソクサムーン!」
地名を言われても、それがどこなのか分からない。行き先不明だったが、とりあえずクルマイスに乗った。
相変わらずMAXで飛ばすラム。光は線になり、景色は消え失せ、空気は風になる。もはや異次元のスピードでチージョ星を駆け抜けている。
だが今回は余裕である。俺は常に学習する男。何度も同じ手は食わない。
前回はお腹部分に安全ベルトを取り付けてもらった。しかし急激な停車に耐えられず、内臓を破裂させ、ラムの後頭部を破壊した。
そこで肩から固定するバーを作ってもらった。気分的にはジェットコースターに乗車している感じである。これならば、どんなスピードにも耐えられる。
「時間が勿体ないから飛ばすわよ」
「おう。ドンドン行けよ」
「ホントに?」
「2人で時空を越えちゃおうぜ!」
「よーし!」
気合を入れた途端、ズギュゥーーン!という音と共に、いままで体感した事のない世界が広がった。
視界に入るモノすべてが白。物質とか時間とか空間とかあらゆる三次元を超越した時、そこに広がるのは何もない無の世界。たぶん、ラムたちチージョ星人は同化する一瞬の間、この感覚を味わっているのではないだろうか。
三次元から四次元に移動する瞬間、それは宇宙そのものなのだ。
そして今、俺こと三次は三次元を越えた。
シュィィィィン。ビタッ。
「着いたわよ」
「ガガギギググッ。か、肩がもげる……」
次元を超えるスピードから急停車したクルマイス。安全バーのお陰で体は持って行かれなかったが、固定されたバーが肩にめり込み、両腕だけ残して体が飛んでいきそうだった。
何度も言う。どうしてお前は平気なのだ。
俺は三次元を超える……死んじゃうぞ、そのうち。
異次元から無事生還した俺は、クルマイスを降りて辺りを見渡した。
何もなかった。建物とかそういった施設的なものは何もなく、背の高い木々もない。青い空と地平線が広がっていて、視界に入る全てが草原だった。
「どこ、ここ?」
「イソクサムーン」
「あのう、草原を見に来たの?」
「違うわよ。こっち」
ラムに手を引かれ、草原の中をしばらく歩くと、何の予告もなく迷彩柄の丸型建造物が姿を現した。
「え? なにこれ?」
「イソクサムーンの入口」
「いや、そうじゃなくて。今まで何も見えなかったのだが」
「まあまあ、いいから」
「いいからって……」
先ほどまでは何もない平坦な原っぱだった。そこに突然姿を現した謎の建造物。俺の目が悪いのか、それとも何かしらのトリックなのか。ここはチージョ星だから同化的なものが作用しているのかもしれない。ラムに聞いても淫靡な顔をするだけで答えてはくれなかった。
何やら怪しい気配がプンプンする。周りに人の気配はなく、この場には2人っきり。目の前には、何かから守るように設計された迷彩建造物。膿を持った脳がアラームを警鐘する。
まさか人気のない室内へ誘い込み、俺の朝顔を開花させようって魂胆か。それはそれでプレイスタイルとしては面白い。ただ一気に開花宣言はやめて。今の所、五分咲きだから。
良からぬ妄想を企てながら丸型建造物に入った。
そこは一畳分しかない小部屋だった。室内は薄暗く、ピンクの照明に照らされた怪しげな二人用のソファーが置いてあった。
「こ、こんな所へ入ってどうするの?」
「これに座って」
「……はい」
「準備はいい?」
「あのう。は、初めてなので優しくして頂ければ……」
「何言ってるの?」
「ちょっと臭いので、出来ればシャワーを……」
「じゃあ行くよ」
座った途端、ズンッ!という衝撃と共に体が沈み込んだ。そして一気に真下へ加速した。結構なスピードで急降下している。
「どこに行くの?」
「地下の受付」
「地下にある受付? そ、それって危険じゃない?」
「着けば分かるわよ」
「……」
ゴォォーーと地下鉄みたいな音を響かせて爆速で下降するソファー。
たとえ知らない場所であっても、地上なら視界が広がるので少しは安心する。目で捉えた物が伝達信号として脳に送られるので前もって予測可能だ。
だが、地下の、しかも真っ暗闇を下降するってメチャクチャ恐怖を煽る。さらに先ほどまで見えなかった建物が急に現れる。その内部へ進入している。状況が不明過ぎて脳波の乱れを感じる。
このまま秘密裏に進められている地下組織へ連行される訳ではあるまいな。
普段見ているラムは仮の姿で、本当は惑星を滅ぼす悪の秘密結社かもしれない。俺は改造人間に仕立て上げられ、仮面サンジーとして生まれ変わるのか!
姿形は改造されても、心まで奪うことは出来ないぜ。
悪の組織には絶対に屈服しない。仮面サンジーはいつでも正義の味方だ。
チージョ星の平和を守るため……。
それにしてもさっから耳が痛い。地上から一気に下降しているため、気圧の変化でキーンとしてる。一体どこまで降りて行くのだろう。
耳から変な液体が流れ出ているんだが。早く到着しないと鼓膜が破れるぞ!




