完成した自販機の行方
昨日、闇夜を切り裂くクレイジー妖怪、レロレロ娘が大爆走をし、精も魂も尽き果てベトベトのまま寝てしまった。朝起きたら体中から豚足の匂いがして気持ち悪かった。外水道という名の露天風呂で体を洗い流していると……。
「ご入湯ですかぁ?」
「どわぁぁーーー」
目の前にココが現れた。
「な、なに?」
「三次さんが来ていると小耳にはさみまして」
「ミルクさんから聞いたの?」
「そうですぅ」
そんな冷静な顔でジロジロ見るな。ちょうど尻の穴を洗っていて気恥ずかしいんだから。
「何か用?」
「自販機が完成の日の目を見まして」
「成功したのか!?」
「はい。お陰様で」
「そうか。そりゃ良かった」
「で、お父様が三次君を呼んで来てくれと」
「パパが?」
「はいですぅ」
再び意味が分からん。完成したのなら俺を呼ぶ必要などないと思う。もしかして、また面倒くさい頼み事だろうか。
屈託ない笑顔でこちらを見ている彼女の前で「行きたくない」とは言いにくい。
「……分かった。今から行こうか」
気乗りはしなかったが、倉庫からクルマイスを持ち出してシートに座った。
「後ろに乗れよ」
「何と、奇天烈な乗り物ですな」
「ラムがケガした時にパパが作ったんだよ」
「ほうほう」
「見た目は格好悪いけど乗り心地はいいよ」
「して、ラムちゃんは?」
「さっき、キャァーーって悲鳴を上げて何処かへ飛んで行ったよ」
「いずこへ?」
「本を持ってたから図書館じゃない?」
「そうですかぁ」
同じ女の子なのにこの違いはなんだろう。
片方は俺の全裸姿に驚き、チージョ星に響き渡る悲鳴を上げて逃げ飛んで行った。もう片方は物珍しそうに俺の全てを凝視する。
どちらも悪くない。俺は宮本三次。英語圏内ではSanji Miyamoto……イニシャルが語っている。
ココを後ろに乗せ、安全運転で自宅へ向かった。
スピード狂乱のレロレロ娘と違ってココはのんびりした感じが好きなようだ。
「町を見渡しながら走るのって美味ですねぇ」
「普段は瞬間移動だもんな」
「こんな時でもなければ、景色を見る事は叶いません」
「そうね」
「他者が奇妙な目つきで閲覧しておりますが」
「そ、そうね」
「あまりジロジロ見られると……」
「恥ずかしいよな」
「羞恥心が快楽へとぉぉぉ」
「……そうね」
珍しそうに辺りをキョロキョロ見渡すココ。不思議な物体で町を滑走している俺らをせせら笑うチージョ星人たち。
乗り物に乗る習慣がない星人からしたら、得体の知れない代物で商店街をウロついている俺らは滑稽に映るのだろう。
すれ違いざまにコソコソ話をしたり、子供たちが指をさして大笑いしたり。ビックリ顔で二度見する者もいた。完全に注目の的になっていて凄く恥ずかしい。すっ飛ばすラムの気持ちが分からないでもない。
道行く人のキテレツな視線をビシバシ浴び、後ろのシートで「はふぅぅ」と小刻みに震える少女を無視し、ココ宅へ辿り着いた。
到着するやいなや、パパが「待ってました」と言わんばかりに駆け寄ってきた。
「おお三次君。久しぶり」
「お久しぶりです」
「早速だがこれを見てくれ!」
テンション高めに裏庭の倉庫へ案内された。そこには大きな球体が置いてあった。
「これが試作品だよ」
「これですか……」
想像を遥かに超えて不思議な出来栄えだった。
口裂け女になるくらい何度も言う。チージョ星に角はない。球体になるのはある程度予測はしていたが、ここまで完璧な丸だとは思いもしなかった。
外観はもちろん、陳列ガラスも丸型。飲み物が入ったカプセルも丸。コイン投入口も取り出し口もまん丸。俺の壊滅的な頭脳で表現すると、巨大なバルーン風船に楕円形の陳列ガラスを取り付け、そこにソフトボールを並べた感じ。さらに試作品なので飾りや色は付いておらず全てが真っ白だった。
遠目から眺めると、メガネをかけた顔色の悪いニコちゃんマークにしか見えなかった。
脳への伝達情報が混乱しているのですが……。
「ちょっと試してみてくれるかい?」
「あ、はい。分かりました」
パパからコインを受け取り投入口へ。何やら文字が書いてあったが読めないので右端を適当に押してみた。取り出し口からガチャガチャのカプセルみたいな代物が出てきた。
見た目は巨大バルーンだが仕組みや内部構造は完璧である。商品を選ぶ。お金を入れる。ボタンを押す。出てくる。自販機に備わっている基本的機能が完全再現されていた。
「どうだい?」
「完璧ですね」
「そうか。完璧か!」
「地球のモノと遜色ありませんね」
「三次君がそう言ってくれるなら安心だ」
「良かったですね」
「よし、早速商品化しよう!」
「後は中身に何を入れるかですね」
「それは私の得意分野だから大丈夫だよ」
「パパは飲料メーカーの社長さんでしたね」
パパと話をしているとココが舌なめずりをした。
「ババノトレックは絶対欲しいですねぇ~」
「ババノトレック?」
「そうです。吾輩の大好物ですぅ」
「ああ、あの斬新な味の」
「ネットリとしたのど越しがぁぁ」
「……」
味覚は人それぞれなので別に文句はないのだが、チージョ星人でも特殊な人しか食べないモノをジュースにして売れるかどうか。
それは次期社長候補としてどうなのって話だと思うぞ。婿を貰うならそれはそれでいいがな。
「地球ではどんな所に設置しているの?」
「町中至る所にあります」
「どこにでもあるの?」
「 道端はもちろん、店先、駅など色んな所で見かけます」
「そんなに沢山あるのか」
「3メートルも歩けば必ず1台は設置されてますね」
「地球では当たり前なんだね」
「温泉に行った時も所々に存在アリでしたぁ」
ココは実際に設置風景を見ているので、その数の多さに驚いていた。
「この星ではそこまで難しいかな。まだ知られていない物だから」
「そうですね」
「まずは周知して貰うのが先決だな」
「はい」
「初めはインパクトのある場所に設置するのがいいだろう」
その時、灰色の脳細胞が真っ黒に壊死した。
「パパさん。それならば……」
ミルクさんが温泉施設で慌ただしく帰宅するチージョ星人に物寂しさを感じていた。もう少し長く、そしてゆっくり疲れを癒して欲しい。そのために心血を注いで取り組んでいる。食事処も検討してくれていて、試行錯誤しながらも色んな事にチャレンジしている。そこに自販機を置いたらどうか。お風呂上がりには冷たい飲み物が欲しくなる。飲食している最中は温泉でまったりとするだろうし、その間、景色などを眺めながら楽しめるのではないだろうか。
という提案をしてみた。
「おおっ三次君。素晴らしいアイデアだよ」
「そ、そうですか?」
「いま大人気のスポットで、しかも各地から沢山の人が訪れる名所だ。そこへ設置となれば色んな人の目に留まるだろうし、興味を持ってくれる者もいるかもしれないな」
「そうですね」
「君は天才か!」
そう言うと目を輝かせて家の中へ消えて行った。
しばらくして戻ってきたパパは、俺に向かってOKサインを出した。
「会社に連絡して温泉施設に設置をお願いするよう指示したよ」
「さすが社長。行動が素早いですね」
「私のモットーは即断即決だから」
「でも、それって勇気いりますよね」
「自分と社員を信じていれば失敗はしないよ」
「パパさんの会社に入った社員さんって幸せですね」
「ハハハ。ありがとう。一番の誉め言葉だよ」
パパはニッコリ笑い、それから俺に封筒を手渡した。
「何ですかこれ?」
「少ないけどお礼だよ」
「そんな。お礼なんていりませんよ」
「いいから受け取って」
「そのう……」
貰うのをためらっていると、
「いいかい?三次君。アイデアや閃きっていうのは自分の財産なんだよ。三次君のアイデアで沢山の人が喜んだり楽しんだりする。それを惜しみなく提供してくれたら感謝するのは当たり前だろ?」
そう言って強引に俺の手に握らせた。
「それじゃ、遠慮なくいただきます」
「そう。中学生は素直じゃないとね」
パパの経営哲学とポリシーに感銘を受けつつ、ココ家を後にした。
何だろう。この心地よい違和感は。
この星に来てから天才だのステキだのと言われ続けている。地球では絶対にあり得ないお褒めの言葉。人間は褒められたら成長するというが、俺はこの星で日々成長している。そんな気がする。
文化と技術と人間性が進化した星と、狂乱が闊歩する我が故郷。
地球は……ダメだな。




