次なる野望
露天とミルクさんを心行くまで堪能し、暴れん坊将軍を抑えようと唇が紫に変色するまで嚙み砕きながら洋服に着替えた。
「あー、サッパリしたわ」
「ホント、いいお湯でしたね」
「温泉って身も心もスッキリして最高ね」
「特に星空がサイコーでしたね」
温泉に浸かって気持ちいいと思う感覚は、地球人もチージョ星人も一緒である。たぶんバルタン星人でさえ頭に手ぬぐいをのっけて「ういぃ~」と唸るであろう。
恐るべし温泉効果である。
風呂から上がって大量の汗をかいたら喉が乾く。腰に手を当てながらフルーツ牛乳を飲みたくなる。
「喉が乾きましたね。飲み物を売っている売店はあるんですか?」
「そう。それなのよ、宮本君に相談したいのは」
フロアーには何十人もの人がウロウロしていたが、それは順番を待つ人の姿である。ほとんどのチージョ星人は、入浴が終わるとサッと帰ってしまうんだとか。
そのため、施設内には売店はおろか給水機すらなかった。
風呂から上がって喉が乾いたら自宅へ帰って冷えたジュースを飲めばいい。わざわざ施設に留まる必要はない。大勢がウロウロしている場所より、自宅のソファーで寛いだ方が心休まるだろう。瞬間移動の出来る種族だからこその技である。
お客の立場なら一連の行動も納得もする。しかし経営側としては寂しさを感じる気持ちは分からんでもない。
10万光年という途方もない距離を移動し、みんなの笑顔のために粉骨砕身で取り組んだ。人工的な自然を作り出し、ライトアップで幻想的な雰囲気を演出した。周りの景色や雰囲気を味わったり、施設内を探検してみたり。日頃のストレスを発散し、明日への活力に繋がる場所。そんな想いで作り上げた。
だが淡白なチージョ星人は、
「ああ、いいお湯だった」
「さて、帰るか!」
そう言って瞬時に帰宅するらしい。そこが唯一の不満点なのだとか。
「もう少し余韻を楽しんでくれたら嬉しいんだけど」
「まあ、どうするかは人それぞれですからね」
「みんなサッと帰っちゃうから、少し寂しいかな」
「それはたぶん、ここが日帰り温泉の部類だからじゃないですかね」
「日帰り温泉?」
温泉施設にはいくつかの種類がある。
グランドリバーミヤモトは温泉付きのホテル。この場合、メインは旅行である。温泉はその中の一環として存在する。家族などで1~2泊してホテルと温泉の両方を楽しむのが一般的である。
気が向いた時にフラッと立ち寄って湯船に浸かり、温泉自体を満喫するのが日帰り温泉。この場合のメインは温泉のため、入浴し終わったら帰る。チージョ星人のような淡白な帰り方はしないが、サッパリして帰るのは地球でも同じ。この2つの違いなのでは?
という説明をした。
「旅行と日帰りの違いかぁ」
「地球では両方とも行きますね」
「うーん……」
「ゆっくりするなら温泉ホテルですかね」
「いきなりホテル建設はハードルが高いわ」
先ほどの艶やかな姿はどこへやら。仕事モードに突入した。
「地球の日帰り温泉はどんな感じなの?」
「そうですねぇ~。売店があったり、食事処があったりします」
「食事処?」
「温泉に入った後、ご飯を食べたり飲み物を飲んだりして、しばらくの間ゆっくりします」
「温泉でご飯を食べるの?」
「まあ、必ずって訳ではないですが」
説明がすこぶる難しい。各施設によっても異なるし、各人によっても行動はバラバラだ。一概に「これ!」とは言い難い。
町民が利用するような小さな温泉小屋は別として、スーパー銭湯などの施設には必ず休憩処がある。そしてそこでは飲食が可能である。
使用するかしないかは各自の好き好きで、休む休まないは本人の自由。そんな感じである。
「休憩場所を作ったらどうですか?」
「なるほど」
「そうすれば、ゆっくり休んでくれる人もいると思います」
「休憩所かぁ~」
「それが大きくなったのがホテルです」
「なるほどねぇ~」
「いきなりは難しいかもしれませんが」
「でもアイデアは凄くいいわよ」
「俺も何かいい方法があるか考えてみます」
「さすが宮本君。頼りになるわね」
真剣な表情で俺の話を聞きメモ書きをしていた。
この先どういう展開になるか予測できないが、それはミルクさんの采配に任せるとしよう。きっと素晴らしい施設になるに違いない。
「ところで、ここの施設に名前ってあるんですか?」
「名前? まだ無いわ。みんな温泉って呼んでるだけ」
「じゃあ、ミルク温泉にしませんか?」
「えっ? ちょっと恥ずかしいな」
「いや、ピッタリだと思いますよ」
「そんなぁ~」
ピッタリですよ。外観の形も大きさも。
そして乳白色のお湯も!
照れ笑いするミルクさんに別れを告げ、再びクルマイスで帰路へ……。
妖怪猫娘が闇夜をぶっ飛ばし、木々に体をズサズサと強力マッサージされ、自宅へ戻った頃には恐怖の脂汗で体中がベトベトになっていた。
温泉に入った意味、まるで無し!




