海は広いな大きいな
ラムに骨身を砕かれ、右手が腱鞘炎になるまで使い込んだ次の日。
俺は1人で海に来ていた。
海と言っても美女が戯れるビーチではない。人気のない岸壁で漁船が停泊している場所である。
昔から真剣に考え事をする時、海を眺めるクセがある。防波堤に座ってどこまでも広がる水平線を見ていると、悩みなど鼻クソに思えるから不思議だ。
自分がいかにちっぽけな人間か。なぜこの世に生を受けたのか。常日頃から考えている哲学が駆け巡る。
ちなみに、ビーチの方へ行くと「布に隠された真実」が下半身を刺激し、悩み自体が無くなるから摩訶不思議だ。
それはさておき。
いま俺を悩ます最大の原因は奴らである。
別に女人禁制の硬派でやっている訳ではない。どちらかといえば、今すぐにでも彼女を作って青春を謳歌したいと願っているナンパな3人組だ。ただ、クラスでも異色の存在で女子からは「バカとスケベがうつる」と敬遠されている。
奴らに比べたら俺はまだマシなので怖いもの見たさで近づいてくる勇気ある少女もいる。残り2人に関しては圧倒的にモテない。趣味が覗きと、スカートめくりと、エロの話題。毎日女体盛りの事しか考えない不憫な奴らなため、同年代女子としては要注意人物だろう。
そんな腹を空かせた獣に「女」という単語を出しただけで涎を垂れ流して群がってくるのは自明の理である。特に同じ部類に属する仲間が禁断のリンゴをかじったら確実に毒を盛られる。
「き、貴様ぁ~。ヤったのか!」
「おい、目を覚ませ。恋愛なんて空想の世界だけだぞ」
「親友ならお裾分けが常識だろうがっ!」
「悪魔に魂を売ったか……」
「裏切り者は滅!」
そして狂気の刑が発動される……。
昨日のラムを見る限り、心の底から嬉しそうにしていた。その証拠に体をピッタリ寄せて抱きついていた。それはチージョ星特有の表現で、感謝の気持ちや信頼の証でもある。異国の地での経験は今後の人生に役立つだろう。永遠に刻まれる思い出になるかもしれない。
約束した手前、もはや取り消しは不可能だ。約束を守るのが男。彼女を笑顔してやるのも男の仕事である。
いまさらグダグダ考えてもしょうがない。この身がどうなろう構わない。
たとえ「川の水に真っ裸で浸かる刑」に処されても……。
友情と愛情の狭間を右往左往しつつ、雄大な海でちっぽけな自分を見つめ返していると。
「ねえ。なに黄昏てるの?」
「にゃぁぁぁーーー」
真後ろからラムの声がした。物思いにふけっている最中の声掛けは、心臓が爆発するくらいビックリする。
突然の襲来に驚いた俺は、心の準備もないまま海へ放り出された。
「ゴボッ。な、なんだ。何事が我が身に!」
「だ、大丈夫?」
「ちょ、ちょっと待っ……」
瞬間的に泳ぎ方を忘れてしまった。普段なら離れ小島まで余裕で遠泳出来るほどの運動能力を持っているが、いまの俺にそんな余裕などない。犬掻きとのしをミックスさせたような新手の泳法で難を逃れた。
「いきなり声を掛けるな!」
「だってボンヤリしていたから」
「溺れる所だったろうがっ!」
「三次って器用なんだね」
「こっちは死に物狂いじゃぁぁ」
「アハハハ」
笑っているヒマがあったら助けろ。と思ったが、彼女の体系から推測するに運動は苦手そうである。下手に救助されても二次被害を起こしかねない。
薄情極まりない女の横でズブ濡れTシャツを絞っていると、ラムは不思議そうに水平線を眺めた。
「地球の海って本当に青いのね」
「半分以上が海だからね。まさしく青い星だよ」
「神秘的ね」
「ラムの星にも海ってあるの?」
「あるわよ」
「何色?」
「私たちの星は緑よ」
「緑ぃ!?」
惑星チージョの海は青ではなく緑なんだとか。
地球では青と決まっている。だが、緑の海からやってきた者からすれば不思議な光景なのだろう。初めて降り立った時、青い海に驚いたという。
同じ水なのに環境によって色が違うから驚きである。
果てしなく広い宇宙には、もしかしたら黄色い海や赤い海の惑星があるかもしれない。一度見てみたい気はするが、でもやっぱり海は青がいい!
「青も緑も違いはないさ。同じ海だから」
「そうね。海は海よね」
「ラムの星ってさ、山とかあるの?」
「うんあるよ。大きな山がいくつも」
「登ったりする?」
「小学校の遠足でみんなで登ったことがある」
「遠足もあるんだぁ~」
「こっちにもあるの?」
「もちろん」
「他にさ、何か地球と違うところってある?」
「うーん、そうねぇ~」
しばらく考えた後、澄み渡った空を指さした。
「色々あるけど、最も違うのはこれね」
「その心は?」
「私の所には太陽が3つあるの」
「み、3つぅ!?」
「こんなに大きくないけど、小さな太陽が3つ」
これには驚いた。惑星によって様々な違いはあると思うが、太陽が3つもある世界は意外過ぎて鼻水が出る。
惑星チージョは海が緑で太陽が3つ。地球規模の観点でしか物事を捉えられない俺には想像すら出来ない世界観である。ラムと出会わなければ井の中の蛙だった。
「宇宙って本当に広いんだな」
「星の数だけ人がいるからね」
「そう考えると、地球なんてちっぽけだな」
「そんな事ないよ。とても素晴らしい星よ」
「どこがよ。空気は汚いし、人はゴチャゴチャしてるし、バカばっかりだよ」
「でも三次がいるじゃない!」
ウィンクされた。
と、飛び込みますよ?
「色んな惑星を旅するのも面白いかもな」
「新しい発見があってワクワクするわよ」
「いつかラムの星に行ってみたいなぁ~」
「いつでもいいよ。大好きな三次だったら大歓迎!」
ダメ。大好きなんて隠微な言葉を使っちゃダメだよぉぉぉ。
恥ずかしさに耐えられなくった俺は、頭から海へダイブした。それを見て大笑いするラム。暑い夏の日の熱い想い。火照った体を波が優しく冷やしてくれる。
今日は人生最良の日だ。
青春という名の海中からラムの笑顔を見た時。
「そこの中学生。さっきから飛び込んで危ないだろ!」
漁港のおっさんに拡声器で怒鳴られた。
「そろそろ帰ろうか」
「そうね」
「宇宙船まで送ってやるよ」
「大丈夫。飛んで帰るから」
「そうか。じゃ明日河原へ迎えに行くよ」
「うん。よろしくね」
ラムは余韻も残さず消えて行った。
「さて。家へ帰って明日の対処法を……ん?」
その時、沸騰した脳が海で冷却されて沈静化した。
同化。それは物質と一体になる能力。
瞬間移動。それは離れた場所へ一瞬で移動する能力。
両者共に地球では起こり得ない超常現象である。
この能力を使えば……。
グハハハッ。おい、お前ら。俺を甘く見るなよ。
誰が「川の水に真っ裸で浸かる刑」なぞやるかっ!