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宮本三次は今日も逝く  作者: 室町幸兵衛
難問続出のお願い事
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こぼれ話 関取から巨牛へ昇進

「三次。ちょっと職員室まで来い!」

「……はい」


 心当たりは十二分にある。たぶんアレの事だろう。そしてチクったのはあいつで間違いない。


「お前、千葉の自転車のカゴにハチの巣を入れたそうだな」

「……」

「駐輪場がパニックになったんだぞ」

「……」

「何でそんな事をしたんだ」

「……」

「黙ってちゃ分からないだろ。答えろ!」

「……」


 放り込んだのは俺ではない。俺は虫とか爬虫類とかが苦手だ。特にべビ系は見ているだけで鳥肌が立つくらい嫌いだ。やったのは克己。

 関取があらぬ噂を立てまくり、俺の名誉を失墜させた事に憤慨した克己が「報復戦!」と叫んで自転車のカゴに放り込んだ。親友が俺のために動いてくれたのに、ここで自己保身に走ってチクる訳にはいかない。

 ま、主犯と実行犯の違いだけだが。


「お前、いい加減にしろ!」


 職員室に響き渡る声で怒鳴り散らされた。それでも黙秘権を続けていた時、男子テニス部の顧問が話しかけてきた。


「お前、それってもしかして部室に巣くってたハチか?」

「……はい」

「取ってくれたのか?」

「2組の川上から頼まれまして」



 実は……。


 男子テニス部の部室の軒下にハチが巣を作った。結構大きめの巣で部室の周りをブンブン飛んでいた。


「うわ! やべ!」

「キャー。男子、何とかしてよ!」


 男女共に大騒ぎしていた。

 ちょうどたまたま偶然に部室の前を通りかかった俺と克己。


「おい川上、何やってんだ?」

「三次、ちょうど良かった。これ見ろよ」

「うわっ、ハチの巣かよ」

「そうなんだよ。どうしていいか」


 軒下を縦横無尽に飛び回るハチの大群がいた。

 怖いくらいの羽音を響かせて大群で暴れ回っている。傍若無人な姿にビビっている俺らの隣で克己は愛くるしい表情で巣を眺めていた。


「なんだよ、ミツバチじゃねぇか。可愛いな」

「可愛い? メチャクチャ怖いだろ?」

「ミツバチは滅多に人を刺す事がないから安全だよ」

「そ、そうなのか?」

「何だったら取ってやろうか?」


 川上に向かって平然と言い放った。それを聞いたテニス部員たちは驚きの表情で克己を見た。


「お前、取れるのかよ」

「こんなん余裕だよ」

「マジかよ!」

「脚立か何かあるか?」


 そう言うと、倉庫から脚立を取り出し、コンビニのビニール袋を片手にサクッとハチの巣を確保した。


「おおっ、すげー」

「お前やるじゃねぇか!」


 男子から賞賛が上がった。


「すごい。克己君」

「カッコいい!」


 女子から憧れの黄色い声援が飛んだ。


「こんなんどうって事ないぜ!」


 今まで褒められた事など一度もない輩である。テニス部内で一躍ヒーローになった克己は、鼻の穴をフガフガさせてご満悦だった。



「お前スゲェな」

「このくらい朝飯前だぜ」

「俺、虫系苦手だから尊敬するよ」

「お前、カブトムシもダメだもんな」

「ところで。ビニールのハチがブンブン唸ってるんだが」

「パニックになってんだろ?」

「それ、どうするのよ」

「可哀想だから河原へ放してやろうぜ」

「そうするかぁ~」


 ハチの巣を河原へ放すため校門の前まで来ると、何かを思いついたように立ち止まった。


「どうしたんだ?」

「なあ三次……」

「何だよ」

「どうする? 河原に放すか? それとも」

「それとも?」

「何だったらやるか?」

「……そうだな。よしやるか!」


 俺と克己はニヤッと笑い駐輪場へ向かった。



 話を聞いた担任と顧問はあきれ果てた表情をしていた。


「お前、本当のバカだな」

「……」

「もういい。帰れ!」


 一礼して職員室を出ようとした時、テニス部顧問が素朴な疑問を投げかけてきた。


「ところでお前ら、なぜ部室の前を通りかかったんだ」

「え?」

「校門と部室は真逆の方向だぞ」

「……」

「まさか女子の部室を覗くためじゃないだろうな」

「いえ、そんな事は……しませんです」

「じゃあ何で部室の前をウロウロしてたんだ」

「パ、パトロールです」


 苦肉の言い訳に納得いかない顔をしていたが、良い事と悪い事を同時進行してので怒るに怒れない。それに覗きに行ったという証拠もない。

 疑いは晴れぬまま「今回は保留にする」という事で解放された。




 しこたま説教を喰らい、ようやく解放された俺は自宅への道を歩いていた。商店街を抜けて河原へ辿り着いた時。


「バカ三次!」


 後ろから関取に声をかけられた。


「さっき職員室で怒られてたでしょ」

「……」

「いい気味だわ」

「うるせーよ」

「天罰ね。ハハハ!」

「てめぇー。余計な事をチクるんじゃねぇよ」

「チクるって、あんたが悪いんでしょ」

「は? 俺がお前に何かしたのか?」

「自転車のカゴにハチの巣を入れたでしょ」

「お前が根も葉もない噂を立てるからだろうがっ!」

「本当の事じゃない」

「俺がいつゴム泥棒したんだよっ!」

「あんただったら絶対にやるでしょ」


 言っている意味がこれっぽっちも分からん。やってもいない事で噂を立てられ、それが彼女の妄想からくる世迷言。そのお陰で校内中から「ゴム人間」呼ばわりされている。廊下を歩いているだけで女子たちが悲鳴を上げ、モーゼのように道が広がるのだから、どの角度から見ても納得いかない。


「もういいよ。とっとと帰りやがれ!」

「何よその言い草は。悪いのはあんたでしょ!」

「いい加減にしとけよ」

「あの後、大変だったんだから。みんなハチに刺されたりしたんだからね」

「……お前もか?」

「そうよ。私だって刺されたんだからっ!」

「胸をか?」

「な、なに言ってるのよ」


 彼女の胸を凝視すると、両手でサッと隠し真っ赤になって怒り出した。


「ど、どこ見てるのよ。変態!」

「お前、近頃評判だぞ。日に日に大きくなってるって」

「や、やめてよ」

「ハチに刺されて良かったじゃねぇか。川上は巨乳好きだからな」

「ちょっと。いい加減に怒るわよ」

「そのうち、関取じゃなく「巨牛なみ」に変わるんじゃねぇかぁ?」

「そんなアダ名付けたら許さないからね!」

「じゃあな。巨牛ぅ~」


 帰ろうとして後ろを振り向くと、背中を思いっきり蹴られた。


「うがっっ。な、何しやがるんだ!」

「学校で呼んだらタダじゃおかないわよ」


 もうこいつと絡むのは面倒くさい。妄想で貶められ、何かを言えば十倍返し。気に入らないと暴力を振るい、相手を完全になめ切ってバカにするその態度。男子全員が着信拒否ならぬ視線拒否している理由がわかる。

 これ以上彼女と対峙しても疲れるだけ。底辺の争いになるのは明白だ。かといって甘い態度を取るとつけあがる。

 心の底から憔悴した俺は、彼女に近づきギューッとした。

 チージョ星の挨拶を。


「キャァァーーーー。な、何するのよ!」


 予告もなしに抱きしめられた元関取、現巨牛は俺を付き飛ばし、河原の向こうの夕焼けくらい顔を真っ赤にして逃げ帰った。


 87か……これからだな。





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