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宮本三次は今日も逝く  作者: 室町幸兵衛
難問続出のお願い事
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関取の一言

 地球へ戻った俺は、町中をウロウロしていた。


「いいアイデアはないものか」


 エロ以外で頭を使った事のない俺にとって、考えるという行為は脳死を意味する。使えば使うほど視界がぼやけ、瞼が閉じようと躍起になる。ある一定量を越えるとクラッカーみたいにパーンと弾けて訳が分からなくなる。そうなったら誰にも止められない。たぶん町中を全裸で走り回る。


『中2の男子 商店街を全裸で駆け抜ける』


 いくつものスレが立てられ、ネット掲示板を盛り上げる事になりそうだ。友則と克己は俺を英雄と崇め模造犯と化すだろう。

 チージョ星に余計なモノを持ち込まなきゃよかったな。そう思うが、いまさら後悔しても遅い。ココもパパも期待してるだろうし責任は俺にある。

 パニックになりそうな頭を必死で堪え、商店街を彷徨い歩いた。


 ちょうど薬局の前を通りかかった時だった。店先にサトちゃんと並んで小さな自販機を見つけた。


「こ、これは……」


 大きさ、仕組み、船内へ持ち運び可能。まさに理想に近い自販機だった。

 探し求めているモノが目の前にあるのだが……問題は内容物である。


 『明るい家族計画 驚異の0.01ミリ』


 自販機の横に製造会社名が記載されていて、そこに連絡をすればコンタクトは取れる。だが、中2の俺が連絡を取れる代物ではない。仮に電話をしても人生最速で切られるだろう。

 夜中にこっそりやってきて盗むわけにもいくまい。明るい家族計画が一転、地獄の家族騒動に発展する。

 薬局のおじさんに事情を説明して譲り受けて……何て説明する?

「10万光年先に物資を届けたい」などと言ったら、気の毒な中坊として「これあげるよ」と、涙ながらに極薄ゼリーを手渡されるだろう。

 喉から手どころか内臓が出るくらい欲しいが手も足も内臓も出ない。


「くそぉ~。もう一歩なんだがなぁ~」


 サトちゃんの頭をバンバン叩きながら自販機を眺めていた。


「あれ? バカ三次?」


 背後から名前を呼ばれた。

 その声に体がビクンと反応し、いや~な汗が背筋を伝った。


 せ、関取!?


 一番見られてはイケナイ人物に見つかった。


「ふ~ん。それ買うの?」

「か、買わねぇよ」

「さすが下品の最高峰ね」

「下品の最高峰って何だよっ!」

「ホント、イヤらしいわね」

「お前には関係ねぇだろうが」

「そんなもん買ってどうするの? 使うの?」

「つ、使わねぇよ!」

「下劣」


 まるでゴミでも見るような目の関取は、次第にその顔を隠微にさせた。


「明日、学校に行ったらみんなに言いふらしてやるから」

「……」

「楽しみにしてなさい」

「うるせぇな」

「ああっ、明日が待ち遠しいわ」

「……ってか、これが何なのか知ってるのか?」

「な、なによ急に」

「使い方知ってるのか?」

「し、知ってるわよ」

「知ってんの? もしかして使った事あるんじゃねぇのか」

「ある訳ないでしょ!」


 顔を真っ赤にして怒り出した。関取といえども中2の女子である。0.01ミリを目の前にして平静を保てる訳がない。


「殴るわよ」

「なんだお前。やんのか?」

「金蹴り食らわすわよ」

「おう、やってみろや!」


 普段は強がっているが、この手のエロ会話には慣れていないらしい。怒りながらも恥ずかしそうに顔を赤らめていた。逆にエロ以外に話題のない俺からしてみたら、幼稚園児の襟首を掴んで泣かすくらい簡単である。


「あっ、もしかして2組の川上と使ったのかぁ」

「な、なに言ってるのよ」

「そうか。川上かぁ~」

「ないって言ってるでしょ!」

「お前、あいつの事好きだって言ってたもんな」

「ち、違うわよ!」


 先ほどまでの勢いは失せ、急にうつむき加減になった。


「俺は自販機が気になっただけだ。別にこれが欲しい訳じゃない」

「……」

「なるべく小さくて持ち運びの出来る自販機を探してるんだ」

「小さい自販機が何で必要なのよ」

「この間、説明したろ? 欲しい人がいるって」

「……」


 千葉パパの講義を受けている最中、「どうして自販機を調べるのか」と問われ、「知り合いに欲しい人がいて頼まれた」と回答した。

「欲しいなら業者に連絡すれば?」と真っ当なご意見を言われたが、「新しい自販機を一から作成したいらしい」と言って誤魔化した。

 まさか、チージョ星がどうのこうのとは口が裂けても言えないので、「その人は発明好きで、色んなモノを作ってみたいと言っていたので俺が協力している」的な事を適当にほざいて何とかその場をしのいだ。


「本物を購入するのはお金がかかるし、置く所だってないだろう」

「……」

「だから、なるべく小型の自販機が欲しいんだよ」

「……」

「事情も知らずに生意気な口を聞くんじゃねぇよ!」


 そう吐き捨てて帰ろうとした。

 すると関取は、悔しそうな顔をしながら、


「そんなに欲しいならおもちゃにすれば?」


 そうのたまった。


「おもちゃ?」

「子供用のおもちゃの自販機なら簡単に買えるでしょ」

「そうか。その手があったか!」


 子供向けのおままごと玩具におもちゃの自販機がある。昔、妹がおねだりして買ってもらってた記憶がある。

 おもちゃといえども基本構造はたいして変わりない。複雑な本物より、簡易の方が仕組みを理解するには最適だろう。それを元に制作すれば、チージョ星オリジナルの自販機が完成するかもしれない。


「それ、いいアイデアじゃねぇか」

「普通でしょ」

「そうか。おもちゃかぁ~」

「どう、私の凄さ分かった? バカ三次!」

「……」


 なあ、お前もミドルネームのようにバカを付けるな。

 俺は決してバカではない。考え事をすると眠くなるだけだ。


「ありがとな」


 そう言って別れようとした時、関取が手を差し出した。


「アイデア料」

「は?」

「思いついたのは私なんだから、アイデア料出しなさいよ」

「……相変わらずタチ悪いな」

「ほら、早く!」

「お前が手を出したら懸賞金にしか見えんぞ」

「うるさい。早くアイデア料を出せ」


 振り払ってもしつこく手を出して迫ってくる。仮にここでお金を渡したら、後々「足りない」だの「追加料」だのとチンピラの如く恐喝してくるだろう。支払わない場合、つっぱり連打からの突き倒しが待っている。この手のタイプに甘い態度は禁物である。

 辟易した俺は彼女の豊満な胸をペロンと触った。


「釣りはいらねぇ。駄賃に取っとけ!」


 そして逃亡した。


「バ、バカ三次ぃぃぃ~。明日、覚えてなさいよぉぉーー」




 豊満だがちょっと硬めの胸を味わいつつ、猛ダッシュで自宅へ帰った。玄関先にリュックを放り投げて倉庫へ突入した。

 ガキの頃の物なのでどうなっているか分からない。しかも持ち主は妹である。

 ガサツで無神経なあいつが大切に扱っているとは思えない。興味のある時は大切に愛でるが、飽きた途端にぞんざいに扱う。彼女にとって興味を失った物と兄貴はゴミ以下でしかない。

 将来の結婚相手が不憫でならない……。


 手荒に扱って壊れているかもしれない。部品が欠損している場合もありうる。全部が揃っていてくれれば助かるのだが、欠品があったら再購入を余儀なくされる。既に処分されている可能性もある。

 この所、お小遣いのほとんどをチージョ星のために使っている。自分の欲しいものは1つも買っていない。


 エロ本交換会の際、


「また同じヤツかよ」

「マニアックだな、お前」

「たまには新作を持って来いよ。ド変態がっ!」

「何だったら、俺の最新作を貸そうか?」


 などと、変態の極みみたいなヤツらにスペシャル変態の汚名を着せられている。

 以前、克己が自信作と豪語して持って来た漫画は、美少女とロープの仲良しコラボだった。1ページ開くごとに涙した記憶がある。


 俺だってそろそろ新しい恋人が欲しい。

 新鮮な息吹を感じたい。

 あいつらのお古はイヤだ。


 かつてないほど真剣な表情で埃まみれの段ボールを何個も開け閉めしていた。


「なんだよ。この乱雑な仕舞い方は。目印くらい張って置けよ!」


 整理整頓が出来ない親子を嘆きつつ、奥の奥からようやく目的のブツを見つけた。壊れていないかその場で確かめた。全てが正常だった。しかも箱付きで中身は綺麗だった。


「よっしゃぁぁー--」


 これで何とかなる。新たな恋人が我が家へ来る。本屋で記憶、残像で妄想。そんな悲しい日々とはおさらばだ。

 おもちゃの自販機を大切に抱きかかえ、埃と蜘蛛の巣まみれで倉庫から出ると、タイミング悪く妹が帰って来た。


「いい年してそんなので遊ぶの? 季節の変わり目ってイヤ~ね」


 俺の薄汚い姿と大事そうに抱えているおもちゃを眺め、兄の権威を簡単に踏みにじって家へ入って行った。


 双葉よ。何を言われてもお兄ちゃんはお前の味方だからな。だから安心しろ。

 決して「洗濯機の中の憧れ」というテーマで事を運んだりしないから。友人を集めてオークションなんて開催しないから。


 ゲス扱いされながら部屋へ戻った俺は、さっそく電池を入れて試してみた。

 プラスチック缶を上の穴から挿入。コインを入れてボタンを押すと、コトンという可愛い音を立てて取り出し口から出てきた。

 仕組みは単純そのものだが自販機としての機能は完璧に備わっている。ココが試作したモノより何十倍も高性能であった。

 たかだかおもちゃと侮るなかれ。子供の興味と勤勉意識を育むには十分すぎる代物である。改めて玩具メーカーの凄さを思い知った俺は、汚れていた箇所をタオルとシンナーで拭き、ピカピカにして机の上に置いた。


 夜中の3時。俺はメッセージを送った。


 ラムへ 至急連絡求む


 そして心安らかに眠りについた。




 次の日。


 学校へ行ったらクラスの女子全員が俺を蔑んだ目で見ていた。「おはよう」と声をかけても完全無視された。

 何の事か分からず、隣の席の賢いヤツに聞いた所。


 昨日、薬屋の自販機の前で物欲しそうに眺めていた。

 あの調子だと、もしかしたら盗みを働いたかもしれない。


 ……だった。


 単なる憶測の話に尾ひれが付き、なぜか「ゴム泥棒」になっていた。

 噂というのは聞く方の知的レベルに大きく左右される。頭のいい奴は言葉を真っすぐに捉え、虫の湧いた奴はイメージだけで想像する。

 俺のクラスの女共は……所詮この程度だわ。

 関取を睨みつけると、ニヤッと気色の悪い笑顔を浮かべていた。


 そう来るならこっちにも考えがある。

 お前の自転車のハンドル、それが楽しい事になるぜ。素肌感覚の潤いゼリー付きだ。覚えておけよ!


 ゴム泥棒の噂を聞きつけたとびっきりの2人は、


「よくやった!」

「少し分けてくれ」


 俺の肩をねっとりと抱いておねだりしてきた。


 使い道ねぇだろうがっ!




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