ココの正体はお嬢様
調子に乗ったラムがワルツを奏でながら爆走するので、立つのもやっとなくらいフラフラだった。
「うげぇ。まだ目眩がするし吐き気もする」
女の子と遊園地に行った際、テンションが上がり過ぎてコーヒーカップのハンドルを狂ったように回すバカ中学生に匹敵する。彼女たちが「止めてぇ~」と叫んでも「ギャハハハッ!」と笑いながら回転を止めない輩のようだ。大体、こういう奴は女子に嫌われる。むろん、三半規管も脳みそもない。
あれだけの高速回転で彼女は目が回らないのだろうか。超絶スピードから急停車したにもかかわらず、なぜラムは飛び上がらないのだろか。チージョ星人の尻には特殊吸盤が付いているに違いない。
未だフラフラする頭を振りながらココに挨拶……。
「でかっ!」
ニコニコ笑っているココの後ろには、広大な敷地が広がっていた。ありきたりな例えで言うと、東京ドーム2個分くらいある。
所々に家らしき巨大な丸が点在していて、そのどれもがゴージャスというか高級感漂うというか。外壁も質感も今まで見たチージョ建造物の中でも遥かに高品質で優雅だった。
俺がゲロった入口の門から自宅建物の間でサッカーが出来そうな広さである。
先ほど通り過ぎた住宅街も大きな屋敷が建ち並んでいたが、それよりも遥かにデカい。これが個人宅とは思えないほど圧巻だった。
「ココの家って凄いんだね」
「そんな事はありませんです」
「もしかしてお金持ちなの?」
「全くもって一般ピーポーです」
これが普通だとしたら俺んちは犬小屋である。
「ココちゃんのお父さんは会社の社長さんなの」
「そ、そうなの?」
「惑星でも1、2位を争うお金持ちなのよ」
「スゲェな」
お金持ちならこの広大な敷地も納得もいく。周り近所の屋敷も含め、ここはチージョ星の高級住宅街であった。
「ココってお嬢様だったんだな」
「そんな事ございませんです」
「初めて知ったよ」
「ベホホホヘ!」
否定しながら照れ笑いをしていた。
立ち話もなんだからと、ココの部屋へ案内されたのだが……。
これが凄い。50畳くらいの大広間で、バスツアーの温泉団体客が宴会出来るほどの広さだった。
棚には小難しそうな本がズラっと並べられ、いかにも勤勉な頭の良い子の部屋という感じがする。当然、机の周りは整理整頓されている。
エロ本とDVDとプロレス雑誌が乱雑に投げ捨てられ、ゴミ箱から干しイカの匂いがする俺の部屋とは雲泥の差である。
ベッドは3人並んで寝れそうな大きさで、その横に座り心地の良さそうな白いソファーにちょっとしたテーブル。鏡付のドレスルーム。窓にはピンクのフリフリカーテンが吊るされていた。誰もがイメージするお金持ち像がそこにあった。
ただし、全てが丸く、本も丸いのには驚いた。
角がなさ過ぎて感覚が麻痺しそうですぅ。
「生まれて初めて見たよ。こんな広い部屋」
「他者はもっと広大ですから」
「温泉の宴会場みたいだな」
「ミャヘヘヘッ!」
本人は気軽に笑っているが、こちとら笑顔も出ないくらいビックリである。これに比べたら俺の部屋は燕の巣にしか見えない。
無性に切なくなってるんだが……。
「さっきラムが言ってたけど、お父さんて社長なの?」
「はい。一応そういう塩梅になっている所存で」
「何をやってるの?」
「飲料メーカーを営んでいる有様」
「な、なんですとぉ!?」
ココの父親はチージョ星全土に飲み物を提供する、地球でいう所の大企業の社長だという。喫茶店からスーパー、各施設に販売提供している。そのシェアは何と100%だとか。競合他社がいないため一社独占状態らしい。
何故このような状態かというと。
チージョ星で飲み物は誰でも簡単に作れてしまう代物で、お金を出して買うという習性がない。ラムママも庭に出て木の葉や花を摘み、それをミキサーみたいなモノに突っ込んでいた。
このミキサーは丸型の水筒になっており、好みの葉っぱを入れれば僅か10秒くらいでジュースが完成する。
例えば、
「喉が乾いたな」
「よし、今日はあの葉っぱにするか!」
むしり取った葉を水筒に詰め込み2~3回振ると「ジュースの出来上がり!」である。そのため、喉が渇いたからといって飲み物を買いに行く必要がない。
水筒ジューサーがあれば天下無敵なのだ。
だがしかし。
個人ならそれで済む話。一度に何十人、何百人を相手にする商売となるとそう簡単にはいかない。喫茶店のように1つ1つを手作りするのは効率が悪い。そこでお客相手の商売をしているお店や企業の手間と効率を考え、ココパパが飲料メーカーを設立した。そして大成功を収めた。
「もし水筒ジューサーがなければ、もっと繁盛してたかもな」
「そうですね。でも凄く便利ですよぉ」
「確かに便利だろうな。いつでもジュースが作れるんだものな」
「さすがラムちゃんのお父様ですねぇ~」
「はあぁぁ!?」
水筒ジューサーを作ったのはラムパパなんだと。
しかも10代の頃に作ったんだと。
それがバカ売れしたんだと。
そして科学の道へ進んだんだと。
この星はラムとココで成り立っているのか?
俺は今、凄い人たちに囲まれてる気がしないでもない。
「あまりの急展開に頭が追い付かないよ」
「またまたぁ~。三次殿は天才の極み」
「いや、そんな事……うぎゃぁぁぁーーー!」
突如、壁から人が現れた。ココのお父さんだった。
何度も経験しているが、チージョ星人の襲来は未だに慣れない。
「ようこそ我が家へ」
「お、お邪魔してます」
「もしかして君が地球人の三次君?」
「は、はい。そうです」
「私はサドムチ・ロクソ―です」
頭を取ってサド……にしようと思ったら、隣でラムが「絶対にダメ!」と脇腹をつねるのでココパパでいい?
「三次君。申し訳ないが、自販機を詳しく教えてくれないだろうか?」
「もちろんそのつもりで来ました」
俺は持っている資料を全てココパパに見せた。
当然、日本語で書かれた資料は読めない。という事は、ここから先は俺の出番である。ただでさえ言語を司る中枢が壊死しているというのに、専門用語だらけの資料を読み解かねばならない。これは難航しそうな気配がする。
オーバーヒート気味の頭をフル回転させ、片言の日本語で説明した。分かりにくい箇所は図を描き、それ以外は身振り手振りのパントマイムで伝えた。
「凄く複雑な作りなんだね」
「ラムのパパに頼んでみたのですが、難しいと言われまして」
「ラムちゃんのお父さんって、確か科学者だったよね」
「はい。そうです」
「うーん。分野が違うのかぁ」
「そう言ってました」
「この星でこの仕組みを作るとなると……」
パパは資料に目を通しながら、少し困惑した表情になっていた。
言わんとする意味は分かる。
毎度のことながら、地球とチージョ星の10万光年の大きな壁。それが門番のように仁王立ちして頭を悩ませる元凶である。素材、機械類の違いがどうしても越えられないのだ。
もし自販機をこの星に運べて、それを参考にしながら作るのであれば最先端の技術を持つチージョ星人には容易いだろう。しかし運ぶこと自体が困難を極める。
何十万の代物を買うお金はない。100キロ以上の重さを俺一人では運べない。仮に手に入れたとしても宇宙船へ運ぶには手助けが必要になる。宇宙船の存在を地球人に知られてはマズい。
散々色んな事をやって来たが、この星に来て初めての不可能かもしれない。
俺、ラム、パパの3人が真剣に悩んでいると。
「三次さん。これを閲覧くださいぃ~」
ココが手作り自販機を持ってきた。
フィッツケースほどの大きさで、もちろん球体。クリアガラスがはめ込まれ商品が陳列していた。コイン投入口、取り出し口も再現されている。
見た目は完璧な自販機だった。だが、ボタンを押しても商品は出てこない。コインを入れた途端に3個同時に出てきた。押したボタンが引っ込んだまま。基本機能は再現されていなかった。
内部を想像しながら制作した割にはよく出来てると思う。知らないでこれだけのモノを作れるのだから素直に凄い。
「よく出来てるよ」
「よく出来てますかぁ~」
「もうちょっとなんだけどな」
「もうちょっとですかぁ~」
「あと一歩の所なんだが」
「あと一歩ですかぁ~」
「完成まで目前なんだけど」
「目前ですかぁ~」
「……」
「……」
無念そうな顔をしている彼女を見ると目頭がジュポジュポする。
地球で自販機を見つけて虜になったココ。飲料メーカーの社長令嬢として、「これをチージョ星に持ち込んだら面白いかも」と考えた。既に大会社の地位を確立しているが、こういう面白い物があったらさらに飛躍するだろう。
パパの会社に貢献したい!
その純粋な親子愛を目の当たりにしたら協力したくなるのが人情である。困っている人を助けるのが人の道である。
「パパさん。資料は置いて行きます。頑張って開発してください」
「三次君はどうするんだい?」
「俺は一旦地球に帰って自販機が手に入るかやってみます」
「何度も往復するなんて、君は精神力があるね」
「仲間が困っているのを見捨てる事は出来ませんから」
「ありがとう」
ココパパは俺を優しく抱きしめてくれた。
「じゃココ。またな」
「はい。よろしくお願いしますですぅ」
クルマイスに乗り込み、一旦ラム家へ帰宅。庭先でゲロを吐き、外水道で体を洗い流し、My倉庫で横になった。
倉庫の屋根がグルングルンして止まらないのだが。
大丈夫か。俺の三半規管……。




