問題山積みの自販機
「おはよ」
「にゃぁぁぁ---」
ぺ、ペッタンコ!?
「なになに?」
「は?」
「もしかして私に会いたくなっちゃったの?」
「へ?」
「急に連絡くれるなんて、三次ってば見かけによらず純情ね」
「……何の事ですかい?」
1週間くらい前、アイノデリモンクーを使ってラムにメッセージを送った。
やった直後から「たぶん無理だろうな」そう思っていた。何せ送り先は10万光年も離れた宇宙空間である。僅かな期待に望みを賭けて胸を膨らますよりも、僅かな隙間に命を懸けて股間を膨らませる方がいい。
俺自身、半信半疑でやっていたのですっかり忘れていた。
「もしかして届いたの?」
「うん。バッチリ!」
ラムが寝ようとしていた時、遠くの空がキラッと光った。「ん?」と思い、光の行く先を見ていると、真っすぐ自分の家へ向かって来たという。
光は部屋の前まで来てユラユラと揺れ出した。数秒後に上空へメッセージが浮かび上がった。日本語で書かれていたため内容は分からなかったが、たぶん三次だろうと推測した。
ただし学校があるため急には来れず、休みの日を狙って先ほど現れた。
という経緯らしい。
光がその人の家まで行ってから文字に変わる。どういう仕組みなのか。聞いても頭の輪っかがギューンと締め付けられて終わりだと思う。
なんか生き物みたいでちょっと怖いんですけど。
「で、ご用事な~に?」
「ラムというよりはココに用があるんだ」
「ココちゃんに?」
「頼まれ事をされちゃったんだよね」
「どんな事?」
ココが自販機を熱望しており、そのために地球へ帰って調べた。
大体の構造が分かったので知らせたいが連絡を取る手段がない。試しにアイノデリモンクーを使ってみた所、ラムにコンタクトを取る事が出来た。
とても分かりやすく単純に説明した。
「なるほどね」
「説明しても分かるかどうかは別だけど」
「ココちゃんなら大丈夫だよ。彼女頭がいいから」
「機械類となると難しいんじゃないか?」
「うーん。どうだろう」
「ラムの方が得意なんじゃない? パパの子だから」
「もう、三次ったらぁ〜」
背中をバシッと叩かれた。
お前は照れると人を叩くクセがあるな。別にいいけどさ、たまに痛い時があるから気を付けろよ。
「ところでラム。火傷はもう大丈夫なのか?」
「うん。すっかり良くなった」
「傷跡とか残らなかったの?」
「ぜんぜん。キレイさっぱり元通りよ」
「ホントに?」
「お医者さんって素晴らしいわ」
「ちょっと見せてみ」
「イヤよ。なんで見せなきゃいけないのよ!」
「背中は自分じゃ見えないだろ。俺が確認……」
Tシャツをめくろうとしたら、ドカッと背中を叩かれた。
「ドスケベ!」
お前は怒った時も人を叩くクセがあるな。
今のは結構痛かったぞ!
骨折もそうだし、火傷もそうだし、傷跡1つ残さず完治するのが考えられない。彼女の場合、全治5日という瀕死の重傷を負ったにも関わらず、こうやって元気になるのだから不思議である。
もし俺がケガをしてチージョ医療にお世話になったらすっかり直るのだろうか。体内構造が違う地球人でも大丈夫なのだろうか。
試してみたい気はするが、そのためだけにケガをするのは人として狂ってるので止めよう。
「ラムも元気になった事だし、ココに会いに行くか」
「そうね。そうしましょ」
どうなるか分からないが会うだけ会ってみよう。それから判断しても遅くはない。パパにもお願いしたい事もあるし。
という訳で再びチージョ星へ向かった。
2時間後。
ミーーン、 ミーーン。
セミの鳴き声がした。
そろそろ夏も終わりだし、スズムシにしない?
季節感があって涼しいと思うぞ。
ラム家に降り立った俺はパパの元へ行った。
「パパさん。ちょっといいですか?」
「なに?」
「実は……」
ココが自販機を切望している旨を告げ、
写真と図面だけで制作は可能か。
缶や瓶等の制作は可能か。
中身の飲み物を大量生産するのは可能か。
以上の3点を聞いてみた。
答えは「無理」だった。
パパの職業は科学者である。自販機は作れるが試作のみ。大量に制作するとなると工場生産が必要になる。缶やペットボトル、飲み物の制作は基本的に無理。新製品を生み出すのは可能だとか。
要するに、成分を調べて新たな発見をするのが科学者の仕事である。それを元に他の人が改良、開発を経て商品化されるのが一般的である。
今まで制作したモノはあくまで個人的趣味でパパは工学の専門家ではない。今回の依頼は不特定多数が使う道具なため、素人のパパはお手上げらしい。
のっけから暗礁に乗り上げてしまった。
「どうする?」
「パパもダメってなると難しいわね」
「俺らじゃどうにもならないな」
「うーん」
パパは万能科学者だと思っていたが、よく考えれば畑違いのお門違いである。
「しょうがない。ココに謝るか」
「とりあえずココちゃんのお家に行ってみましょ」
「そうだな」
その前にもう1点。
「パパさん。もう1ついいですか?」
「うん。なに?」
「クルマイスなんですけど」
お宅のスピード狂乱娘がやたらめったら飛ばすので危なくてしょうがない。このままだとチージョ医療のお世話になりそうなので2人乗りに改造してくれないか。
答えは「超簡単」だった。30分もあれば出来上がるというので、その間、写真や図面を見ながら今後の対策を練った。
「クラスに飲料メーカーの父親がいて、その人に教えてもらったんだ」
「凄いわね、この写真。内部は複雑な構造ね」
「これを作るのは至難の業だな」
「専門家じゃないと無理ね」
「構造もそうだけど、部品が調達出来るかがカギだな」
「地球とここじゃ、基本が違うからね」
「そうなんだよなぁ。そこが問題なんだよなぁ~」
想像以上に難しい事を知り、ラムも頭を悩ませていた。
物質が異なる世界で似たようなモノを作れるか。それが悩みのタネである。
毎回、この問題にぶつかるのは仕方のない事。ここは異世界で俺は常に異文化交流をしている。その中で試行錯誤を繰り返し、花火もサウナも何とかなった。
しかし自販機は……。
「仕組みや作り方は聞いてきたんでしょ?」
「話を聞いたけど、半分以上分からなかった」
「普段、勉強してないからでしょ」
「それとこれとは関係ないだろう」
「同じよ。学習だもの」
「知った風な口を利くな。運動神経0のクセに」
「頭脳が0の人に言われたくないわよ!」
「き、貴様ぁ~」
「何よ。バカ三次!」
なあ、枕詞みたいにバカを付けるのはやめろ。
俺はバカではない。難しい事を聞くと脳が拒否反応を示すだけだ。
今後の対策どころか今後の関係性を対策しなきゃならない状況の中、2人乗り用クルマイスが完成した。
背もたれのメットインをシートに変更しただけで見た目は以前と変わりない。バイクのタンデムシートだと思えば分かりやすいかも。
バランスボールにイスが2つ装着されている奇妙な乗り物だが、これでスピード狂に振り回されることなく安心して乗れるようになった。
「さて、行くか!」
「そうね」
ラムが操縦し、俺は後ろに座って出発した。
出だしからハイスピードで爆走する狂乱娘。イスに座っている状態なので安定性抜群である。どれだけスピードを出してもビクともしない。
「こりゃ楽だ」
「もっと出していい?」
「おう。MAXでも大丈夫だぜ!」
「じゃ、遠慮なく」
そう言うと、ニヤッと怪しげな笑みを浮かべてひじ掛けをバンバン叩いた。
ズギューンと体が後ろへ持って行かれた。周りの景色は風になり、町の照明はビームライトのように流れた。時速300キロは軽々越えている。
「まだまだ余裕だぜ!」
安心と安定は、これほど人の心を満足させるのか。
俺もラムも風と一体になり、チージョ星を駆け抜けた。
ココの家は町から少し外れた閑静な住宅街にある。彼女の家へ辿り着くには商店街を抜け、ビル群を越えたその先にあるらしい。
ハイスピードで向かっていた時。
「ここを通れば近道よ」
そう言って商店街の中へ入ろうとした。
地球と一緒で商店街は、看板やら植え込みやらがゴチャゴチャ置かれていて道幅も狭い。店外にテーブルやイスを設置している店もある。もちろん人も沢山いて賑わいを見せてる。そんな中を爆走するのはヤバイ。ぶつかる確立が極めて高く、危険要素満載である。
「商店街は危ないぞ」
「大丈夫よ」
「別に近道じゃなくてもいいだろう」
「回り道してたら時間が勿体ないでしょ」
商店街の入口へ突入するとラムの表情が引き締まった。このまま爆走したら確実に人に当ててケガをさせてしまう。慌てて止めようとラムの肩を握った途端、クルマイスはクルっと横向きになり、路地と路地の細い隙間へ入った。そして真横を向いたまま狭い路地裏を爆走した。
「なっ、おい。待て!」
横向きのまましばらく走ると道が二手に分かれた。再びクルっと反転したクルマイスは真後ろを向き、スピードを落とす事なくバックで激走した。
「ま、ち、ちょ……」
「これは360度で走行できるの」
「360度!?」
「凄いでしょ」
「あ、危ないからよせ!」
俺の言葉など聞く耳持たず、商店街の裏路地を狂ったワルツように方向を変えながら進んだ。まるでコーヒーカップに乗っている感じである。
商店街を抜けビル群に入ると、さらにスピードを加速した。ビルとビルの間を縦横無尽に回転しながら走り抜けるラムとクルマイス。
「や、やめろ。は、吐きそう」
「根性ないわね」
「根性の問題じゃねぇ!」
「この辺りは人が少ないから飛ばせるわ」
「もういい加減に……うっ、うげっ」
ビル群を抜けて住宅街に入っても回転を止めない。それどころか、閑散とした住宅街はスピード狂には格好の餌食である。増々調子に乗ったラムは、壊れたコーヒーカップの如く回り続けた。
三半規管がパニックを起こし、瞳孔が開き切った頃、ココ家の門が見えてきた。
「た、助かったぁ~」と呟いたと同時に何の予告もなくビタッと急停車した。勢いあまってシートから発射した俺は、庭に敷き詰められた芝生に野球選手のような華麗なヘッドスライディングをした。
そしてその場でゲロをした。
「何をなさっているのでしょうか?」
庭の騒ぎを聞きつけたココが姿を現し、ゲロっている俺を不思議そうな顔で見ていた。
ラムと乗り物。渡し舟と奪衣婆。三途の川を渡ってしまいそうだ。
六文銭やるから勘弁してくれないかな。




