パパの作品は危険がいっぱい
「三次君出来たよ」
「ありがとうございます」
「これ、モジャチンカ山に持って行くんでしょ?」
「はい。そうです」
「ちょっと火力が弱かったから改造しておいたね」
「あ、ありがとうございます」
こめかみがジンジンするくらい危険な予感がするんだが……。
「パパさん。クルマイスを借りていいですか?」
「もちろんいいよ」
「テストも兼ねて試乗してきます」
「背もたれを跳ね上げると物を入れられるようにしたよ」
「それは便利ですね」
「帰ったら乗り心地を聞かせてね」
「分かりました」
アイノデリモンクーに往復分のデータを入れてもらった。
背もたれ部分のメットインにストーブを放り込み、俺は愛する人が待つモジャチンカ山へ向かった。
相も変わらず草原を大爆走するのは心地がいい。周りには人っ子一人歩いておらず、木の葉が風でこすれ合う音が聞こえてくる。時折、おしゃべりな小鳥たちが枝先で木の実をついばんで舌鼓を打っている。頭上には3つの太陽が煌びやかに輝いていて、常夏のチージョ星を暖かく見守っていた。
乗り心地、操作性共に抜群のクルマイスは心に安心感をもたらし、それだけで豊かになった気がする。ツムーリゲバロンより遥かに乗り心地が良かった。
右のひじ掛けを叩くとスピードがUPする。方向転換はひじ掛けに置いた手を行きたい方へ向ければいいだけである。右に行きたければ右へ。斜めに行きたければ斜めへ向けるだけ。それだけでスムーズな運転操作が可能だった。
「初めからこんな便利なモノを作ればいいのに」
今回も左ひじ掛けにレバーが付いており使用目的は不明だったが、途中、ヒマになったのでレバーを前後にいじくりながらひたすら爆走した。
大自然を体全体で感じ、チージョ星の風になって進んで行くうち、モジャチンカ山が見えてきた。
前回ここに来た時は瓦礫の山だった。何もない岩だらけの中から硫黄の匂いが鼻を突き、水が滴る音と視界を遮る煙が充満している異様な場所だった。まるで地獄の入口に迷い込んだ感覚である。
現在は工事が着々と進められていた。高く組まれた足場で工事人が忙しく働いていた。すぐ横ではボーリングの機械が爆音を轟かせて岩盤を打ち砕いている。少し離れた場所から湯けむりが上がっていた。たぶん、温泉を貯めておく貯水槽だろう。
以前の殺風景な面影は微塵もなく、沢山の人が賑やかに仕事をしていて笑い声が響いていた。
うーむ。自然との共存は、確かに難しいのかもしれない。
作業の邪魔にならないよう現場を避けながらウロついていると、貯水槽付近にミルクさんの後ろ姿を発見した。
愛する人の背中は心を躍らせる。一刻も早く後ろから抱きしめたい。
「ミ~~ルク」
「わっ、何!?」
「お待たせ」
「もう驚かせないでよ!」
「ごめんごめん。お詫びに、チュッ」
「ねぇ、ダメよ。人が見てるからっ!」
狂った妄想に鼻の下を伸ばしながらスピードを上げ、頃合いのいい所で左ひじ掛けを1回叩いた。クルマイスは何の前触れもなくビタッと急激に停車した。
結構なスピードからの急停車である。反動で体を持っていかれた俺は、ミルクさんの頭上を飛び越え、その勢いのまま貯水槽に頭から突っ込んだ。
ウギャァァーー。アツ、アチィーー。
突然やって来て50℃以上のお湯にダイブして悶絶する異星人。現場の職人たちが不思議そうな顔で一斉にこちらを向き、ミルクさんは、
「宮本君。何やってるの?」
目を丸くして呆れていた。
おい、バーカパパ。お前にはブレーキという思考はないのか。仮にシートベルトを付けてたとしても、この速度からの急停車は内臓を全部破裂させる。しかもこれはケガした娘のために作った乗り物だろう。病院から帰って来た娘を再び病院送りにするつもりかっ!
「どうも……遅くなりまして」
「大丈夫?」
「ま、何とか……」
全身ビッチョビチョでホッカホカの湯気を上げながらストーブを取り出した。
「これがストーブです」
「思ったより小さいわね」
「これはサブ用です。本格的な物はもっと大きくて頑丈です」
「簡易でも温まるの?」
「地球の物じゃ力が弱いのでパパに改造してもらったんです」
「宮本君って計画的で行動力があるのね」
「いやぁ~、それほどでも」
「学校でも成績優秀なんでしょ」
「い、いやぁ~」
「気が付くし、優しいし、女の子のモテモテでしょ!」
「ま、まあ。そのう……」
そうなのだ。これが俺本来の姿なのだ。
クラスメイトにバカにされているのは友人が悪いから。成績が芳しくないのはバカ2人が邪魔をするから。本気を出した俺は、宇宙でも通用する頭脳と行動力が備わったスーパーマンなのだ。
よし。地球へ帰ったらあいつらとは縁を切ろう。
そして、マジメっ子たちと将来について語り合うのだぁ~。
若き血潮を滾らせてミルクさんと一緒に現場へ入った。
まだ未完成ではあるが、その形は間違いなくサウナ室だった。段違いに設置されたイス、中央にストーブを置くための枠組み。壁と床には日本と同じく木材が張られていて、覗き窓もしっかり付いていた。
グランドリバーミヤモトのサウナ室がそのまま再現された感じだった。
「凄いですね。完璧にサウナですね」
「地球で撮った写真を見ながら真似をして作ったの」
「地球人が見ても納得の出来栄えですよ」
「そう? そう言ってくれると作った甲斐があるわ」
サウナのない世界で写真と想像力だけで建設するのは大変だったろう。現場の職人に説明するのが難しかったと思う。よくここまで作り上げたものだと関心する。
俺は「へぇ~」と言いながら室内を見渡し、持ってきたストーブを中央の囲い部分に設置した。
「じゃあ、付けますよ」
「うん。お願い」
「これはあくまで簡易ですから、温かさは期待しないで下さい」
「分かってる。雰囲気だけでも十分よ」
「それじゃいきます」
「凄く楽しみ。何だかワクワクするわ」
興味津々のミルクさんに自慢するようにスイッチを入れた。
ゴオォォーという激しい炎を吹き出したストーブは瞬間で赤くなり、室内が一気に高温になり始めた。
ミルクさんは拍手をし「凄い! 温かい!」と大喜びだった。
「本当に凄いわね」
「ま、まあ……」
「これでサウナの目途はついたわ」
「よ、よかったですね」
「ありがとう。宮本君!」
「……」
ミルクさんの期待に応えるかのように目の前のストーブは唸りを上げて真っ赤に燃えさかっていた。
……このストーブ、そんなにパワーは無いはず。部屋全体を温める機能など持ち合わせていないはずだが。
これって改造し過ぎじゃないのか? 爆発するぞ。このまま続けたら。
俺の心配をよそに、ミルクさんは色んな角度から写真を撮りまくっていた。今後の資料としてデータを蓄積するのだろう。
美人でスタイルもよく、仕事もバリバリこなすチージョウーマンは見ていて気持ちがいい。
現場監督らしき人に指示を出したり、図面を見ながら何かを話したり。生き生きと働いている姿を眺めると「苦労した甲斐があった」と思った。
「宮本君。今日は本当にありがとう」
「いえ、どういたしまして」
「これからどうするの?」
「そうですねぇ~。ラムの様子を見に行って、その後帰ります」
「地球に帰るのね」
「はい」
「元気でね」
「はい。ミルクさんも体に気をつけてください」
「うん。ありがとう」
そう言うと、ミルクさんはポケットから紙袋を取り出した。
「何ですかこれ?」
「少ないけどお礼よ」
たぶんお金であろう。以前パパからも貰った事がある。ラムとの花見デートで少し使ったくらいでその後の使い道はまったくない。
「いや、いらないですよ」
「ストーブだってタダじゃないでしょ?」
「この星のお金を貰っても使い道がありませんから」
「いいの。これは私の気持ち」
「あっ、いや……」
「受け取って!」
ニコッと笑うと俺の体を引き寄せて力いっぱい抱きしめてくれた。
は、はい。受け取らせていただきますぅぅ!
「今回は宮本君に助けられたわ」
「いやぁ~、それほどでもありませんよ」
「色んな情報を提供してくれて私も勉強になったわ」
「それはミルクさんの努力ですよ」
「本当にありがとう」
「いえいえ。こちらこそありがとうございました」
「温泉が出来たら必ず来てね!」
「はい。楽しみにしてます」
さらにグッと抱き寄せられた。
ひぃぃっ。ダ、ダメになっちゃう。
これ以上抱きしめられたら……。
「何よ、この異物は。どうしてこうなってるの、答えなさい!」
「お、お姉様の魅力に憑りつかれまして……」
「ホント豚野郎ね。ほら、足の裏をおナメ!」
「はい、喜んで!」
って、なっちゃうからぁぁーー。




