ストーブを求めて10万光年
ミルクさんの集中攻撃に骨の髄まで砕かれ瀕死の重傷を負った俺は、再び地球へ向かった。
チージョ星人の挨拶はチェリーな中坊には破壊力満点である。ただでさえ敏感なお肌なのに、そこへボヨ~ンは脳死を意味する。思考回路は完全にストップして肉体だけが一人歩きするのだ。
ミルクさんの魔の手にかかり、再び地球へ降り立った俺はダッシュで家へ……。
「あれ、三次?」
「は?」
河原を走り抜けようとしたら友則に呼び止められた。
「何やってんだ。帰ったんじゃないのか?」
「な、なんでお前らがいるんだ」
「はぁ? そりゃこっちのセリフだよ」
「……」
すっかり忘れいてた。宇宙空間を旅すると時の流れに誤差が生じ、時間が巻き戻るという事を。
チージョ星で1泊したので俺の中では1日が過ぎている。しかし時間が巻き戻っているため、地球の感覚では彼らと別れてから10分くらいしか経っていない。
「いやぁ、ちょっと忘れ物しちゃってさ」
「何言ってんだお前」
「ごめんごめん。じゃあな」
「おい、ちょっと待てよ!」
素早くその場から離れた。
かなりの確立で危なかった。俺は時空を超える男。全ての時を自在に操れる宇宙の体験者である。チージョ星と地球では時間の動きが違う事を考慮に入れていなかった。あいつらは脳みそが鳥だから三歩も歩けば忘れるだろうが、これからは細心の注意を払って行動しなければいけない。
冷や汗を搔きつつ、自宅へ戻った俺は部屋の押し入れへ飛び込んだ。そこから小型電気ストーブを取り出した。
まだまだ夏の終わりという気候だが、これから季節は冬に向かう。これがなければ寒さを凌ぐ道具がなくなる。
部屋で凍える寒さと、ミルクさんの人肌温かいボヨ~ン。この両者が戦った場合、完全勝利で弾力性に軍配が上がる。
いざとなれば、妹の部屋にあるヤツを奪い取れば問題は解決である。
俺は電気ストーブを小脇に抱え、再び宇宙船まで猛ダッシュした。
残暑が厳しい中、ストーブを抱えて走りぬける少年に憐れみの視線を投げかける人々。中には「季節の変わり目だから」と深いため息を付いている人もいた。
そんな冷酷非情な地球人を横目に全力で河原へ向かった。
慎重に用心深く河原を覗くと、まだ奴らがしゃべっていた。
仮にここで見つかったら、
「さっきから何やってるんだ」
「もしかして、女体研究の続きか?」
などと根も葉もない妄想をされ、
「ストーブで熱くさせて脱がそうというのか」
「やり口が下劣で最低だな」
「さすが親友。俺もまぜろ!」
「仲間からついに犯罪者が……」
そう言われ、残暑に最適「股間メントールの刑」に処されるであろう。
見つかったら最悪である。俺は木の葉隠れした忍者のようにそ~っと奴らの後ろを通り過ぎた。そして宇宙船に辿り着くと、間髪入れずボタンを押した。
フィーーン、フィーーン。
警報らしき音が鳴り響いた。
シュパッ!と無事脱出に成功した。
さっきは本当に危なかった。時間を飛び越えての移動は頭が混乱する。1日経ったのに実は10分も経ってないとか。
冷静に考えたら通常より長く時間を使っている気がする。このまま時間を巻き戻し続けたら何かおかしな事になりそうな……。
まあ、いくら考えても耳の奥でキーンと低周波が鳴り続けるだけなので、無駄な考えはしないに限る。
頭使うと前頭葉がコンニャクみたいにダラ~ンとなるし。
それよりなにより、これを持って行ったらミルクさん喜ぶだろうな。
「宮本君ってホントにステキ!」
「ミルクの喜ぶ顔が見れただけで幸せさ」
「もう、カッコ良すぎ!」
「君のためなら地獄の底でも往復しちゃうぜ」
「今日は帰りたくない……」
ガハッ! 妄想してたら鼻血が止まんないよぉぉ。
ティ、ティシュない?
それにしても宇宙船の中って暇すぎてやる事がないな。
妄想で時間を潰すか、それとも寝るか。
寝よ。
ミルクさんとの狂おしいラブロマンスを妄想し、色んな箇所が熱く燃えたぎってストーブのいらない体になっていると。
ミーーン、 ミーーン。
セミの鳴き声がした。
もはや自宅~学校の感覚である。朝起きて支度してクラスメイトに会うみたいな気軽さだ。本来は10万光年という記憶も薄れそうな距離なのに、こう何度も往復していると隣近所に思えるから不思議である。
「ただいま」
「あっ、お帰り」
パパが出迎えてくれた。
「それかい? ストーブという代物は」
「そうです」
「ちょっと見せてくれる?」
「いいですよ」
目新しい物に興味津々だった。手渡すと上下左右、四方八方から眺めた。
「見た目は簡素だけど、どうやって使うの?」
「このコードをコンセントに差すと動くんです」
「コンセント?」
「……」
とてつもなく面倒くさい予感がした。今の聞き方から察するに、この星にコンセントはないと思われる。
そう言えば、この星に来て何かしらを充電している所を見た事がなかった。冷蔵庫やPCなど電気系統で動く物は存在するが配線は繋がっていない。普通なら部屋が配線でゴチャゴチャになり、油断すると足を引っかけて電源を切ってしまいそうである。
以前、ゲームをしている最中に妹が足を引っかけ、セーブデータがスッとんだ時は怒りに打ち震えた。奴を和太鼓のように乱打すると、ラスボスの親父が出てきてクライマックスへ突入した……。
そんな話はどうでもいい。
地球では電気系統は配線で繋がっているが、チージョ星の電化製品回りはスッキリしていた。
もしコンセントが存在しないとなると、この星のエネルギー源から調べなければいけない。サウナの前に電気工事が必要になる。
「このコードの先にあるプラグに電流を流すんです」
「なるほど。これを通して本体を動作させる訳か」
「ただ、これにはコンセントという物が必要でして」
「コンセントって知らないけど、要は電気を通せばいいのだろう?」
「はい」
「じゃあ簡単だよ」
パパは得体の知れないA4サイズの箱型機材を持ち出しプラグに当てた。すると電気が流れ始め、ほんのり赤みを帯びた。
「おおっ、温かいね」
「これがストーブです」
「面白い物だね」
チージョ星にコンセントは存在しない。しかし電気を起こすシステムはある。
通常は電信柱から電線を通って部屋に送られる仕組みになっている。そして全ての器具がコンセントに繋がれて作動するのが普通だ。
だがこの星では、電気系統は通信システムになっていて、あらゆる器具に受信装置が備わっている。
家の外に設置された増幅器を通って室内へ電波が運ばれ、器具に触れただけで作動する仕組みになっていた。携帯電話の電気バージョンといえば分かりやすいかもしれない。
ちなみにパパの場合、研究者なので特殊に電気を発生する装置を持っている。
俺の持ってきたストーブは受信装置という物は付いてないので、プラグに直接電流を流したらしい。
「パパさん。この発電装置すごいですね」
「特別に作ったものだからね」
「こんな小さいのに電気を流せるんですね」
「触ってみる?」
「触っていいんですか?」
「ただし100万ボルトだけどね」
し、死ぬわ! シレっとした顔で冗談を言うんじゃねぇよ。
その後、パパにこの星使用に改造できるかを聞いたところ「超簡単」と言っていたので、受信装置を取り付けてもらう事にした。
明日が待ち遠しい。ミルクさんの驚く顔と揺れる胸元を想像しながら心安らかに眠りについた。
これから俺はミルク一筋だぜ。




