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宮本三次は今日も逝く  作者: 室町幸兵衛
第三部 やっぱり地球は面白い
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到着したはいいのだが

 ミーーン、 ミーーン。

 セミの鳴き声がした。


 即座に宇宙船を降りた俺は、目の前にそびえ立つ建物を見上げた。

 白壁を基調とした5階建ての大きな建物で、飾りっ気のない無機質な外観だった。いかにも病院といった感じである。

 ここはチージョ星。視界に入る全てが球体であるため、俺の目には巨大な鏡餅が半分埋まっている状態にしか見えなかった。


「ここに入院してるのか」

「そうでございますですぅ」

「病室ってどこなの?」

「3階でござい」

「3階かぁ~。こりゃ手間がかかるな」

「して、その心は?」


 何度も言うが、ここは入口が存在しないチージョ星である。同化という特殊能力が無ければ院内に一歩たりとも入ることが出来ないのだ。

 病室が1階なら窓から「こんにちは」で済むが、3階となるとそう簡単にはいかない。壁をよじ登るか、どこかの窓から侵入するか。

 地球だったら何かしらの角がある。それを足がかりに窓から侵入も可能だ。

 実際に学校の外壁をつたって2階の教室へ侵入した事がある。

 ちょうど運良く女子が体操着に着替えている最中で、突然の訪問者に全員が黄色い雄たけびを上げた。俺はワザとらしく「ああ、ごめんごめん」と言いながら、白、ブルー、ピンクを横目に逃走した。

 ちなみに、俺の武勇伝を聞きつけた友則がチャレンジし、窓から叩き落とされていたのはナイショで。

 思い出話はどうでもいい。


 とにかく取っ掛かりさえあれば容易いものだ。身体能力が野生のサル並みに発達している俺からすれば造作もない事。しかし角のないチージョ星は、外観も窓も全てが丸く手がかりが何一つない。スパイダーマンでもない限り壁伝いの侵入は無理であろう。


「なあココ。内部に壁のない出入り口ってあるか?」

「壁のない出入り口?」

「なるべく目立たなくて、しかも自由に行き来できる場所」

「うーん。すこぶる難解ですねぇ」


 窓から入ったはいいが、室内に出入口がなく全面が壁だったらどうしようもない。ラム家の風呂で脱衣所にさえ行けない状態と一緒だ。すり抜けの出来ない俺にとっては密室と同じ事である。

 一刻も早く様子を見に行きたい。彼女も相当落ち込んでいると思う。俺が顔を出せば少しは元気になるかもしれない。その前に院内に入ることがミッションインポッシブルなのである。

 チージョ星に同化は必須。これが出来なければ暮らしていけない。改めてその重要性を思い知らされた。


「ここは診察室だろうし、ここは廊下だな。廊下は目立ちすぎる」

「この辺りはいかがなものでしょうか?」

「ここは、たぶん倉庫……ダメだな」


 ココを手下のように引き連れて周回してみた。

 どこもかしこも内部に出入口が付いていないと思われる。建物の内部構造を頭に思い描き、窓から室内を1つ1つ覗いて回った。


「うーん。ここもダメかぁ~」

「困りましたな」

「何かいい方法は……」


 もはや院内潜入は不可能かと半ば諦めていた時、ふと、少し高い位置に設置されている窓を見つけた。


「もしかして……ここってトイレじゃないかな?」


 通常の窓は胸辺りの位置にある。トイレの窓は一段高い場所に設置してある事が多い。低い位置だと色んな物が丸見えになってしまう可能性があるからだ。

 見せたい願望が強い友則クラスの変態なら話は別だが、何かしらを丸出しにしている姿は、なるべく人に見られたくはない。これは地球でもチージョ星でも変わらないのではないだろうか。


「ちょっとこの場所が何なのか調べてくれるか?」

「ここですかぁ?」

「俺の感ではトイレだと思うんだが……」

「分かりました。調査してきますですぅ」


 スッと壁に消えたココが数秒で戻ってきた。


「はい。トイレでしたぁ」

「やっぱり。トイレの出入り口って壁だったか?」

「何もありません。もはや変幻自在ですねぇ」

「そうか、よくやった」


 俺は彼女の頭をナデナデしてやった。それに対してココは、ずり落ちるメガネの中央を人差し指で持ち上げ「エヘッ」と照れ笑った。

 なかなか可愛いじゃねぇか。今度、自販機奢ってやんよ。


 ココにカギを開けて来るよう指示し、開かれた窓からようやく院内へ入ることが出来た。内部潜入をクリアーしたら後は楽勝である。何も考えなくていい。その足で病室に向かえば念願のご対面だ。

 ホッと胸を撫でおろして病室へ行こうとした……その時だった。

 トイレの個室から女の人が出てきた。「え?」と驚いたのと同時に女の人と目が合った。彼女は俺を見た途端、恐怖にひきつった顔で叫んだ。


「キャァァァーーーー。の、覗き魔っ!」


 ま、まさか……。


 慌てて辺りを見渡すと個室が6個くらい並んでいて男性用便器はなかった。男便所特有の落書きもなく清潔感が漂っていい匂いがする。

 お約束で二度見してみた。そこは紛れもなく女子トイレであった。室内へ入る事で頭が一杯で男女の確認をするのを忘れていた。

 俺と目が合った女性は動揺を隠しきれず、再び大声で叫んだ。


「警備員さぁぁー-ん。変態が女子トイレに入ってますぅぅ--」


 これはかなりの確立でヤバくなってきた。状況的に見ても女子トイレを覗きに来た変質者である。


「ヤベッ。に、逃げろ!」


 そう指示するとココは瞬間で消えた。

 取り残された俺は、完全に覗き魔としての地位を確立してしまった。ココがいたら状況説明してもらい無事に済んだかもしれない。しかし普段から何かやらかした時、逃げるのがクセになっている。

 友則、克己といる時は、誰かしらが「逃げろ!」と叫ぶ。それを合図に俺らはバラバラになって逃走するのが日常茶飯事になっていた。

 クセって怖いな。


 悲痛な叫び声に人がドンドン集まって来た。それと同時に奥から数名の警備員が警棒を片手に鬼のような形相で駆けつけた。

 もう言い訳が通用するレベルの話ではなくなった。

 危険極まりない状況に陥った俺は爆速で逃げた。人をかき分け、警備員を全力で振り切り、階段を駆け上がって人気のない男子トイレへ逃げ込んだ。


「マ、マジかよ。ラムに会うだけで何故こんな目に」


 気付かれないよう、しばらく個室で息をひそめていると。


 ピンポンパンポーーン。


「院内の方々へお知らせいたします。只今、1階の女子トイレに覗き魔が出没しました。現在、警備員が総力を挙げて犯人を探しております。しばらくの間、病室から出ないようにしてください」


 犯罪のないチージョ星で初の犯罪者認定をされてしまった。

 総動員で探しているという事は、1階から上へと捜査網が広がるであろう。このままジッとしてても捕まるのは時間の問題である。早めに脱出しないとえらい事になりそうだ。

 普段は使う事のない左脳を駆使して脱出経路を模索していると、トイレの窓が開いている事に気付いた。


「この窓から飛び降りるか」


 慌てて外を覗いた。思った以上に高かった。たぶん飛び降りたらケガどころか骨折は免れないと思われる。ここで骨折したらラムと同室になり、1日中「覗き魔」だの「変態色魔」だのと言われ精神的にイジメられるであろう。

 猛ダッシュで逃げるのはいいが出入口がない。封鎖されたこの空間からの脱出する方法……それはトイレの窓、もしくは通路の窓しかない。

 1階は警備員が見回っていて戻るのは危険である。2階から上は爆死の恐れあり。


「屋上から非常階段を使って脱出するか」


 いつもながらピンチの時の気転は天下一品である。

 個室からそぉ~と抜け出した俺は、外に人気がないのを確認すると全速力で屋上まで駆け上がった。


 だが、屋上の出入口は壁だった……。


 行動力は超人的にある。足りないのは壊滅的な頭脳だけだ。己のバカさ加減に泣きそうになりながら下へ降りて行くと、心配したココが迎えに来た。


「ご様子はいかがでしょうか?」

「ああ、お陰様で」

「最初から病院に説明すれば良かったのでは?」

「……だな」


 真っ当なご意見にシュンとしながら、ようやくラムの病室へ入ることができた。


 バカの見本とか言うなよ。これでも一所懸命考えてるんだからっ!




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