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宮本三次は今日も逝く  作者: 室町幸兵衛
第一部 可愛い彼女は宇宙人
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今日も楽しく河原へ行こう

 出会って2日目。

 昨日と同じ場所でラムが太陽を浴びていた。


「オス!」

「おはよ」

「今日も暑いな」

「ホントね」


 まだ午前中だというのに気温は既に30度を越していた。座って話をしているだけで汗がしたたり落ちて後頭部がビッチャビチャになる。

 遮るモノがない河原は日差しが強く、殺人光線が容赦なく襲い掛かってくる。ラムも顔を真っ赤にさせながら何度もハンカチで汗を拭いていた。


「観察は順調?」

「案内して貰ったから宿題がはかどるわ」

「そうか。それは良かった」

「今日はどうするの?」

「暑いからショッピングモールでも行こうか」

「ショッピングモール?」

「本屋とかゲーセンとか、色んなモノが揃ってる場所だよ」

「商店街とどう違うの?」

「個人商店と大型店舗の違いかなぁ~」

「マスカキーレとモッコシカみたいなものね」

「……まあ、そんなもんだ」


 今日はいつもに増して暑かった。迂闊に外で遊ぼうものなら熱射病になる危険性大である。先ほども町内スピーカーから「外出は控えてください」というアナウンスが流れていた。こんな日は室内で涼むのが一番である。


「いやぁ~今日は本当に暑いな」

「毎日こんな感じなの?」

「今年の夏は特に酷いな」

「そうなんだ」

「ラムの星でもこんなに暑いの」

「暑いのは暑いけど、こんなにムシムシしないわね」

「もう体中ベタベタだよ」

「地球って高温多湿なのね」

「地球って言うか……まあそうだな」

「私の星では常に一定の風が吹くから暑いけど爽やかよ」

「そりゃ羨ましいな」


 河原から駅前のショッピングモールまで徒歩で10分程度だが、ちょっと動いただけでも汗が滴ってくる。不快指数200%を超える中、ラムはハンカチで汗を拭い、俺は手の平で弾き飛ばしながらショッピングモールまでやって来た。

 店内へ一歩入ると、そこは天国だった。目眩と吐き気の灼熱地獄から一変。快適を通り越して眠くなるくらい涼しくて心地よい。エアコンを発明した人に感謝の気持ちを伝えたくなる。

 快適と感じるのは俺ばかりではない。近所のじーさんが「こりゃ天国だ」と言って設置されたソファーでうたた寝をしていた。ばーさん連中はスーパーで買った食料をフードコートに持ち込み、永遠のおしゃべりに興じている。

 そんな早めの極楽浄土を満喫している連中を横目に、あちこち回って歩いた。


「店内って広いのね」

「チージョ星にはこういう施設はあるの?」

「ここまで何でも揃っているお店はないわね」

「町一番の大型施設だから」

「あの歯型みたいなマークって、もしかして歯医者さん?」

「そうだよ」

「凄い。病院まであるんだ」


 近年はスーパーや衣料関係だけでなく、フィットネスクラブや病院まで併設されている。ここは駅直結のため託児所まである。店内を一周すれば生活に欠かせない全ての物が揃う。

 とにかくだだっ広いので、土日ともなると迷子の放送が鳴りやまない。どこかしらで母親を探して泣いている子供を目撃する。


「ラム。迷子になるなよ」

「大丈夫よ」

「はぐれたら大変だぞ」

「そしたら飛んで帰るもん」

「なるほど」


 何気なく頷てみたが、よく考えれば「飛んで帰る」という表現に違和感なく答えている俺は、既にラムの影響を強く受けている気がする。

 その後も「この店なんでしょう」クイズをしたり。UFOキャッチャーでぬいぐるみをゲットしたり。プリ機で記念写真を撮ってみたり。友則と克己に見つかったら即死刑判決を下される事を次々とやり遂げ揃って楽しんでいた。

 ところが……。

 しばらくすると、ラムの口数が徐々に少なくなっていった。それどころか次第に顔色が悪くなり、小刻みに震えはじめた。


「どうしたの?」

「さ、寒い」

「え?」


 鳥肌全開で唇が紫色に変色していた。


「大丈夫?」

「ダ、ダメ。寒くて凍っちゃいそう」

「こんなに快適なのに?」

「ねぇ。もう出よ。お願い!」

「だ、大丈夫か?」

「ごめん。凄く寒くて気分が……」


 クーラー病というやつなのだろうか。ラムのような体の細い人がなりやすいと聞いた事がある。

 上に何か着せてやれば少しは落ち着くと思うが、あいにくTシャツと短パンという軽装ないで立ちだ。ここで上着を脱いで彼女に着せたら俺は上半身裸で町中を闊歩する羽目になる。それは思った以上に勇気と根性が要る。

 だが、彼女の様子を見る限り悠長な事を言っている場合ではなさそうだ。目は虚ろで唇は紫から青に変色している。震えが止まらず、腕にしがみついて歩行も困難な状態だった。

 ここは男の勇気が試される場面だ。弱り切った女の子を放置するのは鬼畜の所業である。俺は迷わずTシャツを脱ぎ、ラムに着せてやった。そして彼女の腕をしっかりと支えてモールの外へ連れ出した。

 上半身裸で女の子と腕を組み、寒さで乳首をビンビンに尖らせている俺を見た通行人は、「既に露出狂の片鱗が見え隠れする変態中学生」と蔑んでいた……。


「と、とにかく休もうか」

「うん」

「河原へ戻ろう。あそこなら日がガンガン当たるから」

「……うん」


 冷凍マグロみたいに冷えたラムの腕を支え、自分の体温で彼女の体を温めようと肩をしっかり掴みながら河原へ移動した。


 震えるラムから聞いた話では、チージョ星は一年を通して夏日和なのだそうだ。平均気温が30~35度前後で南国の島みたいな気候だという。

 常夏と聞くとジリジリ焦げ付く日差しをイメージするが、窓を開けると爽やかな自然の風が入ってきて、それだけで涼しいんだとか。そのためチージョ星には冷房装置が存在しないらしい。

 日本のように高温多湿の気候ではエアコン無しの生活は無理である。

 冷房装置のない世界から来た者にとっては、急激な温度変化に体が対応しないのだろう。具合が悪くなったのも頷ける。


「気分はどう?」

「うん。もう平気」

「そうか、良かった。さっきは焦ったよ」

「心配かけてごめんね」

「気にするな」

「三次って……優しいんだね」

「ま、まあな」

「ああっ、やっぱり太陽っていいわね」

「そうだな」

「うーん。本当に気持がちいい!」


 サンサンに降り注ぐ日光を浴びたラムは、血色がみるみる良くなって頬に赤みがさしてきた。

 本当に太陽は偉大だ。野菜だって光合成をすれば元気になる。先ほどまでグッタリしていた顔に明るさが戻り、おしゃべりになった。


「河原っていつ見てもキレイね」

「最近は建物が増えて景色が悪くなっちゃったけどね」

「昔は違ったの?」

「子供の頃は、この辺何もなかったから川の水ももっと透き通ってたよ」

「町と自然の共存ねぇ~。問題はどこも一緒ね」


 何だか小難しい事を考えているようですね、ラムさん。


「ラムの星にも河原ってあるの?」

「あるけど、今はだいぶ少なくなっちゃったな」

「どうして?」

「ここと同じ。町が発展する代わり自然が失われていく。共存が大切なのよ」

「……さいですか」


 話を聞く限り、彼女は真面目で頭のいい子だと思う。学校でも成績優秀だろう。それに加えて容姿端麗では、さぞかしモテると思われる。もしクラスメイトだったら口も利いてもらえないかもしれない。それどころか「先生、三次君のセクハラが酷いんです!」との告発を受け、全校生徒の前で悪事をバラされ晒し首になるだろう。


「ラムってさ、学校で成績優秀だろ?」

「そんな事ないよ。私より優秀な人は沢山いるもん」

「ラムより優秀? もはやそいつらは天才じゃないの」

「三次ってば口がうまいね」


 照れながら頬をカリカリした。

 互いに人見知りしないタイプだが、昨日今日出会ったとは思えないくらい距離が縮まっている気がする。並んでいる姿はまるで恋人同士のようにも見える。これが心のカギを開放的にする夏模様なのだろうか。

 静かに湧き上がる期待に胸を膨らませていると、視界の隅にキラッと光るモノを見つけた。俺は猛ダッシュで輝くモノに飛びついた。


「やっぱり!」


 そう、中学生のお宝アイテム。エロ本である。

 何故かは知らないが河原を歩いているとたまに落ちている事がある。最近は晴天続きで雨が一滴も降っていない。ブツは新品のようなピンピン具合だった。


「こりゃ使えるな」


 激しく湧き上がる期待に股間を膨らませていると、冷たい視線が後頭部に突き刺さった。


「そういうもの拾ってどうするの?」

「あっ、いや。これは……」


 まるで汚物を見るような目つきで睨まれた。

 習性というのは怖ろしい。俺らはいつも「お宝探し」と言ってこの辺りを散策する。そして見つけ次第、ダッシュで駆けつけるのが日常になっていた。

 エロ本=パブロフの犬状態だった。

 友則なんぞ、上流の方まで探しに行ってズブ濡れで帰って来た。


「お前、どうしたんだよ」

「足踏み外して川に落ちた……」


 頭の悪い河童にしか見えなかった。



「男の人って毎日そんなことばっかり考えてるの?」

「毎日じゃないけど、まあ時々は……」

「イヤらしい」

「でもさ、ラムの星でも同じようなものだろ?」

「知らないわよ」

「男ってそういう生き物なんだよ」

「そうじゃない人も沢山いるわよ!」

「まだまだ子供だな」


 そう言って指をチッチッとした。その態度にカチンと来たのだろう。


「もう帰る!」


 瞬間で消えた。


 今日の所はこの本に免じて勘弁してやる。

 ところで、チージョ星にもエロ本ってあるの? 内容は痴女モノだったりして。





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