名残惜しいが
布団に入ったはいいが寝付けなかった。目を閉じると白く透き通ったミルクさんの狂おしいラインが脳裏に鎮座する。思い返す度に膨らみをチョップして正気を取り戻そうとするが、2秒後に再び正気を失う。ここで意識を失ってはいけない。我を忘れたら1箱じゃ足りなくなり、フロントに「お代わり」と意味不明の連絡をしてしまうだろう。
結局、明け方まで悶々として眠れなかったので、部屋を抜け出して屋上へ行った。
俺は屋上から見る町の景色が好きだった。
温泉街全体が見渡せるうえ、山間から少しづつ朝日が昇り始める。湯けむりを青白く染める太陽。気温差からなのか紫の空が町全体を包み込む。これが言葉では表現できない美しさだった。
薄暗い中、ミルクさんを思い出しながらボーっと空を眺めていると、次第に山の向こうが明るくなってきた。高層ビルなどない田舎町は、空が大きくて360度の大パノラマである。ゆっくり上ってくる太陽に照らされ、少しづつ青空が広がっていく。今日も暑くなりそうだ。
大自然の芸術を満喫して部屋へ戻ると、ラムたちは既に起きて着替えていた。
「どこへ行ってたの?」
「ちょっと朝日を見にな」
「これから朝食でしょ?」
「そう。昨日と同じ場所で食べるんだよ」
「何が出るの?」
「朝食もバイキングだから安心していいよ」
「へぇ~。地球のホテルって凄いんだね」
確かに朝も夜も好きな物がお腹いっぱい食べられるのは、ある意味で贅沢な事だと思う。特にココは「チンピョ、チンピョ。ムーケーゲー!」と言いながらポテトサラダを大盛りで5杯も食べていた。余程美味しかったのだと推測する。
三者三様に満足するまで朝食を食べ、荷物をまとめてフロントへ行くと、叔父さんが素敵な笑顔で立っていた。
「ミルクさん。温泉はどうでしたか?」
「はい。とても勉強になりました」
「それは良かったです。つたないホテルですがお役に立てて嬉しいです」
「こちらこそありがとうございました」
「良い温泉施設が完成するといいですね」
「今回学んだ事を生かして一生懸命に取り組みたいと思います」
「これ、何かの参考にしてください」
そう言ってペットボトルに入った温泉を手渡した。ミルクさんは何度も頭を下げて感謝の意を伝えた。
何だかんだ言っても経営者。やる事にそつがない。
「それじゃ、そろそろ帰ります」
「そうか。気を付けてな」
「はい。叔父さんも元気で」
別れの挨拶もそこそこに、叔父さんは俺の肩に手を回してきた。
「お前、昨日家族風呂入ったそうじゃねぇか」
「ま、まあそのう」
「どうだった?」
「何が?」
「何がって、とぼけやがって! ミルクさんの……」
言いかけた時、女将さんに後ろから脇腹を思いっきりつねられていた。
女将さん、ナイスです!
ドスケベ叔父さんに別れを告げ、宇宙船に戻りながら温泉街を散歩した。
せっかく地球に来たのだからお土産くらい持たせてあげたい。俺が大富豪のエロ親父なら「好きなものを買いたまえ」などと金に物をいわせて、「今晩、分かってるね」と強引に話を持っていくであろう。しかし俺はヒマはあっても金はない中坊だ。好きな物を買ってあげる金額がショボい。
「なんか記念になる物とかいる?」
「いいわよ。無理しなくって」
ラムが気を使って断ると、俺の気持ちを察してくれたのだろう。
「ありがとう宮本君。気持ちだけで嬉しいわ」
ミルクさんに慰められた。
ココは相変わらず自販機のボタンを押しまくっていたので、お土産がてらお金を入れてあげた。
「ほら、買ってみ!」
ガタン。
「おおっ、凄いですぅ」
「じゃ、もう一回」
ガタン。
「こ、心が豊かになりますですねぇ」
「じゃ、もう一回」
ガタン。
「ううっ、体内の血液がぁぁぁ」
こうやって付き合ってみると、オタク娘もまんざらでもない。昨日、風呂でチラッと確認したが将来期待できそうなタイプであった。
ミルクさんの血縁だから大きく成長しそうな痕跡が……。
飲み物を3本買って手土産とし、宇宙船へ戻った。
「三次はどうするの?」
「俺はこのまま家へ帰るよ」
「そう。分かった」
「帰ったらパパとママによろしく伝えてくれ」
「伝えておく」
ラムにギューっとされた。
ま、こんなもんだな。少女は。
「ありがとうございますぅ。楽しかったですぅ」
「楽しいのは温泉じゃなく自販機だろ?」
「はい。私の星でも欲しいですね」
「作ってみたら?」
「うーん。出来ますでしょうか?」
ココは本気で自販機作成を検討しているようだった。
「大丈夫だよ。その気になれば何でも出来るさ」
「分かりましたぁ~」
もぎゅとされた。
おっ、見込みのありそうな弾力。
「宮本君。本当にありがとう。色々勉強になったわ」
「いえこちらこそ。楽しませてもらいました」
「温泉が完成したら遊びにきてね」
「ミルクさんこそ、分からない事があったら来てください。案内しますよ」
「ありがとう」
ボヨ~ンと抱きしめられた。
た、たまらん。抱きしめられただけで体内の血液がぁぁぁ。
「それじゃ、色々ありがとう」
3人は宇宙船へ乗り込み、名残惜しそうに地球を後にした。
これで俺の役目は終わった。これから先、チージョ星に新たな施設が出来るかと思うと協力して本当に良かったと思う。何の取柄もない「人並み外れたバカ」だが、誰かの役に立てたのは温泉よりもサッパリして気持ちがいい。
これを今後の糧として頑張ろう。
「さて、俺も帰る……」
どうやって帰ったらいいのだろうか。ここは自宅から50キロ離れた温泉街である。車はなし。ママチャリもなし。という事は徒歩?
いくら体力バカの俺でも徒歩での帰宅は無理だ。再び温泉街へ戻り、叔父さんに事情を説明した。
「お前、計画性ってものが皆無だな」
「ま、まあ、そのぉ~」
「親父の子供の頃にソックリだな」
「……お陰様で」
「まったく!」
呆れかえった叔父さんはブツクサ言いながら家まで送ってくれた。
家へ帰ったら叔父さんにソックリな親父が出てきて、「お前、自転車のカゴ壊したろ!」と怒鳴られ頭を2~3発叩かれた。
母親に「昨日、どこへ泊まったの!」と詰め寄られ、「叔父さん家」と答えたら思いっきりぶたれた。
ついでに妹に「私の貯金箱からお金を取ったでしょ!」と難癖を付けられ、「盗ってねぇーよ」と蹴りを入れたらテーブルの角に足の小指をぶつけて悶絶した。
人並み外れたバカは、やっぱりバカだった。




